33 戻らないあの日の記憶
「!」
ヘリオは知っている気配に、反射的にその小娘から手を離し距離を取った。
先程まであれほど満身創痍だった筈の明香は口角を上げて、その両足で確かに地面に立っていた。
右腕を伸ばし、その手を軽く曲げると空気が収縮しその手の中に水が生成されて形を成していく。
そして、槍…いやこの場合はトライデントという名称の方が正確かも知れないそれを、掴むとぱんっ水から引き上げた新鮮な野菜のごとく水滴を撒き散らせながらこの世に顕現した。
それを見ていたヘリオは、現実主義者が幽霊を見たような、宇宙人否定主義者が宇宙人を見たような顔をしていた。
「…なんでお前がいる…なんで、お前が生きているんだ!マリアナ!」
「安心しろ、きちんと死んださ」
明香よりも青みがかった黒髪を靡かせて、マリアナは不敵に笑った。
手慣れたように、片手でトライデントを回すと、ふらりと立ち上がった旧友に矛先を向ける。
「それは、お前の方がよーーーーく知っているのでは?」
「なら、何故貴様はここに居るんだ!?あぁ、知ってるさお前も、あいつも、どいつもこいつも俺らを置いて勝手に死にやがって!今更、ノコノコ還ってきたのか?」
先程までの余裕は何処へ、本当に混乱しているらしく頭を押さえてふらふらしながらヘリオは呟く。
「あり得ない…あり得ないんだ、死者が生き返るなんて…神への反逆者で、神の最後の加工品な俺らであっても…それは…そんなのは」
「まあ、私も生き返った理由とか聞かれても?分からないけどね?」
明香と同じ顔のはずなのに、絶対的な強者の風格を漂わせてマリアナは目を細める。
「それより、来なさいよ」
「…なんだと」
マリアナは、トライデントで地面を叩くとその背後に無数の水の刃を一瞬で生成する。
「また、いつもみたいにコテンパンにしてあげるわよ。少しは強くなったんでしょうね?」
「…はっ」
『小僧の能力は、彼女と違いややこしいのぉ』
『また人間風情に負けた…しかも、こんな髪の抜けたジジイに…』
『髪は関係ないじゃろ』
『いてっ』
杖で叩かれた頭を押さえて、月光を反射する頭を見つめる…日光下なら更に眩しそうだな。
『また不敬なことを考えておるな』
『いてっ』
コツンと添える程度の杖だったが、つい痛いと口走ってしまう。
『ほら、もう一回じゃ。真祖たるマリアナにいつか勝つんじゃろ』
『…お前は、いいのか?』
立ち上がりながら、ジジイに声をかける。
『何がじゃ?』
『いや…だって、お前はマリアナの契約者だろ?自分の相棒に勝つって言っている若造の味方して』
ジジイは、その白い髭を撫でながらフォフォフォと笑ってから迷いのない目で俺を見た。
『彼女が負けることなどないから安心せぇ』
「『人形技師・パフォーマンス』!」
下僕の人形達を操る糸の塊を掴み、連れてきていた人形に対して命令信号を与える。
十数体の人間の下僕がマリアナに襲い掛かる。
(マリアナの偽物の可能性もある。
幻覚、催眠…吸血鬼が俺以外にいないという保証はないからな)




