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02 海底へ手を伸ばして

 公爵さまが長期出張に行ってしまったある日、いつものように幽霊さんの所に行き話していると、困ったように戸惑うように質問を投げかけてきた。

「ひとつ、聞きたいことがあるのだけれども…うーん」

 幽霊さんからの質問に目を輝かせて、返事をする。

「私に答えられることならなんでも、あ、でも知っている範囲でだけど!」

「そう…なら、聞くわ」

 初めて出会ったあの日から一度も動かなかった幽霊さんは、一歩ぐいっとこちらに近づくと怖いほどの笑顔で問いた。

「人間、吸血鬼のことは好きかい?」

「え、う、うん…先生達のことは好きだよ?」

 なぜ、いきなりそんなことを聞いてくるのだろうか?先生達が好きだ、優しくて、ダメなことをしたらきちんと怒ってくれる私達を脅威から守ってくれる先生。

 正直、吸血鬼が何なのか知らないが、先生達は吸血鬼って呼ばれる存在らしい。

先生達が好きだから吸血鬼も好きだ。

 なぜそんなことを聞くのかと首を傾げていると、幽霊さんは噴水の縁に腰を掛けて足を組んでこちらを見つめる。

 ここには存在しないはずの幽霊なのに、サラサラを重力に沿って落ちる髪は確かにここにこいつはいるぞと突きつけてくるようにも見えた。

「ひとつ、偽りの幸せの中で幸せのまま死にたいなら…大好きな先生達の元へ帰るとでしょう。私は此処を立ちます。お別れです。偽りの幸せのまま幸せの一生を終える資格を君は持っているのだから」

「なに…を、いって…」

 幽霊さんは答えない、そしてその光を通さない瞳が嘘を言っていないということだけは子どもながらに理解した。

「帰らないのかしら?正真正銘、この先は地獄よ。君はこの箱庭で幸せに死ぬ権利と地獄を見る権利両方を持っているの、私と出会ってしまったあの日からね」

 恐ろしい幽霊は、にこやかに指先一つ動かさずに私を恐怖のどん底へ突き落とす。

 震える足をふらっと本能で動かし後退しそうになる。

(それでも)

「…そう、それが君の選択ね。覚悟の詰まった良い黒い眼をしているじゃない」

 訳が分からず、心の底から込み上げる恐怖で震える足を抑えて、幽霊さんの目を真っ直ぐに見つめ、逆に一歩前に踏み出す。

 なんとなくでしかないが、ここで帰れば一生後悔する気がしたのだ。

 それに。

「先生達が好きな気持ちは本当だもの」

「…ははっ、そうだな…そうね。彼女達の貴方達に対する愛情は本物だったと私も思うわ」

 一瞬砕けた口調に戻った幽霊さんはすぐに聞き慣れた言葉に戻ると、立ち上がりこちらに手を伸ばす。

「お手をどうぞ、共犯者になるかも知れない人間よ、地獄までのエスコートならお任せを、この世で一番私が得意なことですから」

 触れることが出来なかったはずの幽霊さんの手を取れば、引っ張られるように中庭から歩き出す。

「ど、どこに行くの!?」

「それは勿論、この箱庭牧場の外よ!今日はたいようが隠れるほど雲が厚いのに雨が降っていないからね。この日をずっと待っていたの」

 手を引かれて、いつも先生には近づいてはいけないといわれていた、高い壁の根本までやってくる。

 出っ張りひとつない、私達を外から守ってくれている壁である。

「さあ、口は閉じることをおすすめするわよ、明香(あすか)

「待って、それもしかしなくても私の名前?」

「ええ、そうよ。初めて会ったあの日からもし、君が地獄を選択したらこの個別名をあげようと思っていたの。日本人っぽいようだし丁度いいと思って」

「地獄の中でも、君の明日がいつまでも美しく笑えるように…てね」

 幽霊さんは、そういうと手を握り締めるとまるでまたぐかのように、壁を軽々と飛び越えてしまう。

 空を飛ぶ感覚と、ふわりとした感覚に悲鳴を叫ぶことも出来ずに幽霊さんの腕にしがみ付く。

「そうだ忘れていたわ。私の名前はマリアナよ、よろしくね」

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