01 いつもの一幕
「こんにちは、幽霊さん」
「あら、こんにちは…215で良いのかしら?それとも、個別名とかはあるかしら?」
「?。私は、姉の15って呼ばれることもあるけど個別名がそれかは分からないな…」
「そう…なら、人間と呼びましょうかね。私のことを見えたの君が初めてだし」
その日の夜、姉妹達には内緒でこっそり中庭に顔を出すと噴水の近くに変わらず幽霊さんが佇んでおり、こちらを認識するとニコッと笑って手を振ってくれた。
「幽霊さんて、本当に半透明で触れられないのね。でも、姉妹達がいうほど怖くはないわ」
「幽霊は別に怖くないわよ、何時だって人間が勝手に怖がっていただけだもの」
「そうなの?幽霊さんは物知りなのね」
先生達と姉妹達としか会ったことのなかった私は、外のしかも過去の存在であるはずの幽霊さんと会えて話せたことがとても子ども心を刺激して、色々な質問を幽霊さんにぶつけたが、彼女は嫌そうな顔など一度もせずニコニコ笑顔で知っている範囲で申し訳ないけどと付け足してから答えてくれた。
「てっきり、他の姉妹?も連れてくると思ったわ、あなたぐらいの子ってそういうものでしょ?十五歳かそこら辺でしょ?」
「そ、それは…幽霊さんは恐ろしい存在だから、まず私が確かめないと」
嘘である。幽霊さんという特別な存在を独り占めしたくて、他の姉妹達にはない私だけの特別にしたくて黙って来たのだ。
「そう」
見透かしているのか、興味がないのか幽霊さんは変わらない暗い蒼い目を少し細めて笑っただけだった。
「それより、もうすぐ夜が開けるわよ」
「あ、本当だ。また明日ね幽霊さん」
幽霊さんは止めることなく「また明日ね」と付け加えて見送ってくれた。
館に入れば、光を遮断するための一面の壁とその暗闇を照らす蝋燭が等間隔にゆらゆらと道を示す。
点呼までは時間があるが、あまりにも幽霊さんと話したすぎて薬を塗るのを怠ったので、火の球の光の破片に当てられた右の腕をカリカリと無意識に掻きむしってしまう。
「もう、姉の15番ちゃんどこいってたの‼︎先生、見つからないから心配して…あーそんなに掻きむしって‼︎」
「げ、先生」
「げ…じゃないです〜ほら、こっち来なさい軟膏塗らないと」
私達と違う、先が尖った耳を持った金髪の先生が近づいて来ていたが、ここはとても視認性が悪いので側にくるまで気づかなかった。
「先生達は、なんでそんなに目が良いの?」
「それは、大切な君達のことをよく見るためさ」
「ふーん…私も先生になったら目が良くなるの?」
近くの部屋で椅子に腰掛けて右腕に炎症止めの薬を塗って貰いながら。いつも気になっていたことを聞いてみたが概ね予想通りの返事が返ってきた。
私達はランプを持たないと歩くのもままならないのに、先生達は廊下の反対側からでも廊下を走っている私達を見つけては大声で注意する。
「先生はそんな簡単な意思じゃできないな〜なんていっても、此処にいる君達皆を守らなくちゃいけないからね!薬を塗るのをサボる悪い子も目敏く見つけるのも仕事なのさ」
「…あーい。ごめんなさーい」
「分かればよろしい!薬を塗らなくて苦しむのは姉ちゃんなんだから…さっ、皆のところに行こうね」
差し出された手を握って、歌を歌いながら皆で雑魚寝する大広間に向かう。
「あぁ、きちんといたのですね。良かったです」
「あっ、公爵さま‼︎」
大広間に行けば、何時もお仕事が忙しくて遊べない公爵さまが姉妹達に囲まれていた。
「もしかして…公爵さまにも迷惑かけた?…ごめんなさい」
「皆さんまだまだ子供ですからそういう日もあります。私達は先生ですから、君達を好奇心から守るのも役目です。とにかく、火の球に炙り死んでおらず安心しました」
幽霊さんとは違う束ねた白銀の髪を揺らしながら、赤い目をニコリと細めて膝を曲げて私と同じ視線に合わせて、頭をぽんぽん公爵さまは撫でてくれる。
反省の色が見えたからか、立ち上がるとざわざわとまだまだ元気な姉妹達に重厚な低音ボイスで指導する。
「さあ、皆今日はもうお休みの時間ですよ。明日のためにも早く夢の世界に旅立ちましょう」
「「「はーーーい」」」
「申し訳ありませんでした、大切な商品に傷がついてしまいました」
「あれくらいなら数日で治ります、時に気にすることも気に病むこともないです。あの頃の子供とはそういうものです」
寝静まった館の中で、蝋燭がゆらゆらと白銀の髪とその後ろに色とりどりの女性の吸血鬼が付き従う。
金髪の吸血鬼は一歩前に歩み出し、陳謝の言葉と共に軽く頭を下げるが、公爵はまるで問題ではないと謝罪の言葉を切り捨てることで、管理不足という失態を許した。
金髪の吸血鬼は、慈悲をありがとうございますと一言述べると先生の列に戻っていった。
「畏れ多い発言をお許し下さい、偉大なる我らがハイゼン公よ、その鏡は彼女達の物です…私達は映りませんが」
ダンス教室にあるような大きな鏡の前で立ち止まった公爵に、他の若い吸血鬼が質問をするが、公爵は答えるわけでもなくその吸血鬼を処罰するわけでもなくしばらく黙った後、彼女達の方を向き、無機質な声で告げる。
それは、彼女達にとって別れの合図でもあり、為さなければならない本来の目的でもあった。
「暫く留守にしますので、その間頼みますね」