除夜の鐘が煩いと言われたので、ゆでたまごの白身のようにコーティングした和尚
救急車のサイレンも聞こえないくらいの、車内の音楽の爆音。外を歩く人にも響くくらい煩いのは平気なのに、遠くから聞こえる除夜の鐘の音は我慢出来ないらしい。
由緒あるお寺の和尚は、彼らからクレームを受けて参っていた。
ここのお寺はもともとは破邪を司る神社でもあった。地域の住人のために、煩悩を払い、新年を迎えるにあたり無病息災を願い、幸運まで祈りを込めて鐘を鳴らしていた。
盛り込み過ぎだと言われる事もある。しかし、年に一度大晦日の夜にのみ鳴らすのだから、和尚も気合いが入っていた。
せっかくの好意も、不快に感じられては本末転倒。和尚の本意ではないので町内会の人達と相談した。
和尚の出した案は、鐘をゆでたまごの白身のようにコーティングする事だ。音が響かなければ迷惑にならないと。
真面目で優しい和尚の案に、集まった町内会の人々は和尚のセンスの無さに頭を抱えることになった。
人々から配信にする案も浮かぶ。しかしテレビ中継で見るのと大差ないと却下になった。
途方に暮れる人々は最近町の有力者となった、金星人のマヤ社長にも相談に向かった。
傘下の三日月商会には強面のお兄さんも多い。もっとも脅しや暴力に訴えるのはなし。和尚が悲しむし、それでは除夜の鐘を行う意義が失われるからだ。
マヤ社長は本社の技術を取り入れる提案を出した。集音装置を鐘のある高台へ取り付けて、散音装置を希望する家庭へと取り付けるのだ。
和尚の願う除夜の鐘の響きが各家庭にも響きわたる『やまびこ作戦』と名付けられる。
配信と同じじゃないかなと人々は思ったそうだ。だけど違う。これは生の響きも届けるスピーカーなのだ。
爆音クレーマーに対するあてつけにも思うけれど、音は各家庭内に留まるので迷惑にはならない。
和尚も願いが音に乗るならと承諾し、いよいよ大晦日の日を迎えた。
祈祷の言葉と念を込めて、和尚が鐘を打つ。
────ゴォォォォン
改心の音色が大きな鐘から響きわたる。煩悩などこの一打ちで砕け散らせてくれよう、それくらい力強く響いた。
和尚の鐘の一打ちが町の至る所に響きわたる。鐘の音は確かに響くのに、表には殆ど聞こえないのが不思議なくらいだ。
──ゴォォォォン──ゴォォォォン
和尚がゆったりとした間で鐘を鳴らす。
この日のために和尚が一年ため続けた祈祷の力は本物だった。
人々の煩悩や病魔や災厄は鐘の音を嫌がり、町の中で唯一安全な爆音クレーマーの家へ我先にと逃げ込んだのだった。
お読みいただき、ありがとうございました。この物語は、なろうラジオ大賞5の投稿作品となります。
投稿四十作品目は、大晦日に合わせたものとなりました。
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小説家になろうに関わる全てのみなさまへ、来年も良いお年となるよう願うばかりです。