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ロスト シティ 完全オリジナル   作者: ルキア・ハルフォード
1/1

平常の戦争

ロスト イン シティ

『願い』

それは何に願うかによって意味合いが異なる。

『悪魔に願えば、歪な呪いと化す』

『天使に願えば、神聖な祝福と化す』

人は愚かだった。

天使の些細な祝福より、

悪魔の大きな呪いを求めた。

大戦より、

一国の王が願った。

『我に敵対する全てを滅ぼしてくれ』

悪魔に願えば、歪な呪いと化す。

悪魔の価値観が人とは違う、からだ。

天使は、人を知り、正しい祝福を与える。

時に光を。

時に心を。

時に命を。

時に和を。

悪魔は悪魔の価値観で人の言葉を理解する。

たとえ、それが本当の願いとはかけ離れていることでも。


崩壊2355年8月9日。

高度文明フェファイトは人を歪な屍に姿を変えた。

が、王は望まなかった。

唯一残った王は、地獄に身を投じる事を契約とし。

絶対中立神に一部分だけの運命改変が下された。

高度文明の中堅層以下の民だけ、生き返らせる。

そして、屍の呪いに対する力を僅かに持たせた。


改変から数百年。

文明が復興することはなかった。

日々、高度文明の遺産を消耗しながら生きる人間が残っただけ。

無論、神が王の契約だけで人が生き返った訳ではない。

天へと帰る事を条件に願いを聞き入れる天使を募った。

大多数の天使が天へと帰還。

地上は理不尽な悪魔と数少ない天使のみ。

悪魔に対抗する術は最早、残らない。


*探索者

原始時代、人は物々交換をしていた。

要は『金』だ。

『必需品』

『珍品』

一度、都市の中で探索をすれば使える物が手に入る。

が、屍に襲われる覚悟があるなら、だが。


そうでない者は都市の安全性が高い居住区で生きる為に、

探索者が振った『おこぼれ』を使って生きる。

『水』

『ガス』

『電気』

『食料』

『嗜好品』

生成可能な物は機械で生成して売り捌く。

利益の大半を探索者に持っていかれるけど。

「マスター・ロネアはいますか?」

数人のマスターが営む酒場で顔が広い看板娘に言った。

顔馴染みだけで無料でマスターを呼んでくれる。

覆面の少年は背嚢を懐に回し、奥のテーブルに座った。

数分すると、恰幅のいい数世紀前の商人風のマスターがいそいそと前の椅子を軋ませながら腰を下ろした。

「久しぶりですな、、、、ルキア?」

「合っているよ、、、、ロネア」

二人は視線を交錯させ、暗黙の闘いの後。

「情報と品、どっちがいい?」

先に降りたルキアが商談をぶつけた。

ロネアは懐から街で流通する通貨の一枚をテーブルに置いた。

商談開始。

「品切れなので、品を見せて欲しい」

「分かった」

背嚢から少し大きめの箱型装置を出して見せる。

「小型の濾過装置、太陽光発電パネルがあるから使える」

濾過装置。

街に流れる水の多くは衛生管理システムが死んだ後の水。

居住区の管理組織が秘蔵している貯水タンクも有限。

濾過装置は大変重宝される。

だが、ロネアは慎重だった。

「出所はどこですか?」

「情報代として銀貨2枚」

渋々、とロネアは腰の巾着から銀貨を出した。

受け取り、精緻な加工が入った真偽を見定めてから言った。

「ここは都市の18区、濾過装置があったのは反対側の5区」

ロネアは少年をルキアを一人の探索者として見ていた。

現にこれまで、街に齎した装置の数々は貴重品ばかり。

追加で銀貨を乗せて、促した。

「濾過装置自体はプラントを稼働させて作れた」

「プラント?」

「都市には幾つかの生産プラントがあるよね?

この勢力圏には生産プラントが重なってないから意味ないけど。

他の勢力圏には生産プラントがあるから武器も作れる」

ロネアはルキアが銀貨を巾着に落としたのを見て取り、落胆した。

商談終了。

「濾過装置は買い取らせないよ」

そう言い残し、僕は背嚢に濾過装置を落とした。

商談の終わりのきっかけを作ったロネアを冷めた視線を諫めたルキアは帰路に着いた。

乞食の子供達がおこぼれを貰おうと必死に纏わりついてくる。

銀貨を一枚、子供達の目の前で落とした。

群がる隙を突いたルキアは子供達の包囲網を抜け出した。

子供の怒声が街に響いた。

何の加工もされていない銀貨。

精緻な加工がされた銀貨に価値がここでは宿る。


*安息

ルキアは教会跡地の地下室を家にしていた。

元々、倉庫だった地下室には電子ロックがあるので使いやすい。

複数の発電機が部屋の一角に置かれる中でルキアは戦利品をテーブルに並べた。

ケープを脱いだルキアは金色の瞳を微かに輝かさせた。

物を言わなかった発電機が一斉に稼働し、防音性が高い部屋に響き渡ったかと思うと、稼働したまま、音を発さなくなった。

いつしか、僕は本を手に夜を迎えていた。

屍の奇声が微かに聞こえる。


*遠征部隊

探索は常時携帯用の武器を持つ必要がある。

同業者との接触する時に欠かせない自己主張にもなる。

探索者は基本的に所属不明の人間と関わらない。

この鉄則は誰しもにも適する。

僕にも。

探索者としても。


前線基地の門を潜ったルキアは屍と対峙した。

いつもより少し殺気立っている理由も分かっていた。

銃声が響き、屍が倒れた。

混合独立探索者遠征部隊<ゴースト>。

その一人が目の前で姿を現した。

「ルキア、5分前行動は感心するがなぁ?」

スワローが首だけ出して言った。

「予定時刻には間に合ったと思うけど、、、、」

<ゴーストケープ>。

高度文明一級武装遺物。

自分に背景を映して透明化と果たす潜伏武装。

ルキアもまた<ゴーストケープ>を持ってきていた。

ケープを顔に被さる様に羽織り、スワローが端末を寄越した。

部隊の人間を表示する端末。

画面には周囲に数多くのマークがあった。

少なくとも50はいる。

先月の遠征よりは少し多い程度。

だけど、勢力組織からしたら十分に脅威。

電子音が周囲に響き渡った。

音源を感知した者が音源と反対の方向へ向かう。

端末でチャットが開かれていたので、挨拶を送った。

すぐに暇を持て余した探索者が返信してくる。

『独立でチャレイって言います』

『僕はルキア、今月から参加の子?』

『お誘いをリーダーから頂きまして』

『戦闘になったら隠れなよ』

『戦わなくていいんですか?』

『戦闘担当は僕だからね』

屍、同業者との戦闘は全てルキアに一任されている。

故に、ルキアがいないと担当を変える手間が増えるのだ。

『一人で、ですか?』

『いや?援護射撃担当がいるよ』

『いえ、前衛ですが』

『一人だね』

遠征部隊内の情報なら漏洩しても問題は余りない。

いっつも変わるから。

ルキアは端末に集中するチャレイを探すべく少し視線を張った。

少しだけ端末に触れる探索者の横に滑り込み。

「チャレイくん?」

「!?ルキアさん、、、、ですか?」

「ルキアでいーよー」

小声で会話を楽しみつつ、電子音が再び響いたのに気付いた。

パターン1、音源がいる建物に入れ。

音源がいる建物は都市の各区に渡る連絡橋用のタワーだった。

「建物内に屍はいない」

僕の一声で大半の探索者がケープを脱いだ。

ルキアもまたケープを脱ぎ、背嚢にしまった。

「部隊各位、これより階段で連絡橋階へ向かう」

リーダーが先導し、部隊が地獄の階段に足を踏み入れた。

ちなみに、連絡橋は34階にある。

つまり、ずっと階段だ。

熟練探索者が先導し、後ろを新参が付いていく形。

ルキアはチャレイと一緒にいるので後列だ。

「はぁ、、、はぁ、、、、」

10階に昇ったところで一旦休憩になった。

遠征部隊に呼ばれる探索者は鍛えた探索者が多いが、

やっぱり遠征部隊定番の階段地獄は堪えるらしい。

中には元気な少年もいるけど、汗が浮かんでいる。

チャレイは25歳で若いけど疲れ果てている。

「よし、行くぞ!」

リーダーの掛け声で部隊が階段を昇ることになった。

休憩を挟んだ為か、新参部隊は少し遅れを取っていた。

熟練部隊は次の休憩階に向かって昇り続ける。

「大丈夫?」

元気だった少年に声を掛けた。

「はい、なんとか」

「怒られたくなかったら足を動かして!」

少年に塩飴を渡したルキアは微笑んだ。

頑張る人間は嫌いじゃない。

子供なら尚更。

なんでだろう。

僕は少しずつ離されていく新参部隊を眺めていた。

その中で質問が飛んできた。

「怒られるってどんくらいですか?」

無駄口、とは言いたくないので答えた。

「先月だとね、、、、遅れた子は蹴り飛ばされてた」

割と本気で。

少し溜めた分、恐怖は伝わったらしい。

熟練部隊に追いつく為にスピードを上げる子供達は大人を置いて、無情にもさっさと昇っていった。

残された大人は7人。

20階の休憩階で20分の休みを貰った大人は足を解していた。

「ルキア、新参で有望なのはいるか?」

リーダーのラングレイが新参部隊を見下ろして言った。

ルキアは少し巫山戯た口調で。

「答えなきゃダメ?」

容赦なしの拳が飛んできたのを、片手で止めた。

「はいはーい、大人は全然無能!子供達は全体的にいいよ」

無能と言われたチャレイ含む大人組は沈んだ。

対して。

子供組は安心した様に安堵の溜息を吐いていた。

「ルキア、次の遠征で使えるのは誰だ?」

僕は塩飴をあげた子供を指した。

「体力的にはもう少し鍛えるべきかな。

でも、現状であの子が一番いいかもしれない」

ラングレイは溜息を吐き、熟練部隊側に戻っていった。

「ルキアさん」

塩飴少年が呼んできた。

「どうしたの?」

「ルキアさんは優しいんですか?」

熟練部隊側も目を剥いて、少年を見ていた。

「君、名前はなんだっけ?」

「シェル、です」

「シェル、君には優しくしようと思ってる」

硬直し、冷たい空気に包まれる中でラングレイが言った。

「部隊各位、予定を前倒しだ!次の休憩階は連絡橋階!

予定時刻は午後4時23分だ!時間厳守を芯とせよ」

熟練部隊は早歩きで階段を昇っていった。

「っげ!?残り15分しかねえ!?」

チャレイが数段飛ばしで階段を昇っていった。

それに続いて新参部隊も早歩きで昇っていく。

その中でルキアはシェルを離さない。

それどころか、外階段に出た。

「梯子があるから、こっちの方が早い」

シェルに登らせたルキアは時間を計算し、余裕があることを確認し、自分もまた登り始めた。


熟練部隊と連絡橋階で合流したシェルとルキア。

梯子を使うな、と言っていないから何も言わん。

と、外階段から現れた二人は休憩姿勢になった。

それから数分。

「叱責確定かな」

ルキアが予定時刻の超過を呟き。

シェルは水を呑んで一服していた。

最初に駆け上がっていったチャレイすら辿り着いていない。

リーダーは拳を鳴らして待っていた。

蹴り、、、、じゃないのかな、、、、。

ルキアは正直に気の毒に思った。

シェルは少し恐怖に震えている。

というより、シェルって12歳くらいなのに何で呼ばれたの、、、。

『お誘い』の経緯は幾らルキアであっても聞きにくい事項。

なんやかんやと考えている内に、荒い呼吸と共にチャレイが階段から休憩所まで倒れ込んだ。

そのチャレイの隣に静かに滑り込んだリーダーがいた。

「そこだと、邪魔になるだろう」

「ガッ!?」

蹴り飛ばされたチャレイは熟練部隊側によって応急処置される。

その後を追う様に追ってきた大人組が蹴り飛ばされていった。

流石に子供組には腹に軽く1発殴るだけだったけど。

伸びた新参部隊が耳だけ生きているのを確認したリーダーは今後の計画について説明した。

「連絡橋を7つ越えた後、全力で別の勢力組織圏内を突破し、

探索区域に潜伏する。大雑把の説明だが、要所で細かい計画を伝えるから今は大体を頭に入れておけ」

そこでサブリーダーのヘクトが立ち上がった。

「野営時の見張り担当を決める。

立候補に入りたい者は静かに手を挙げてくれ」

ルキアと他数人が手を挙げたが一割にも満たない数。

野営場所が特殊な為に少人数でも事足りる。

「今、手を挙げた者は野営時に自己申告してくれ」

話は終わり、と言う様にヘクトは下がった。

次第に休憩時間が終わり、準備に掛かる熟練部隊。

新参部隊も長い休憩時間でかなり体力を回復させたらしい。

「ルキア、先に行ってくれるか?」

「屍が居ればパターン4で報せる」

ルキアは連絡橋に飛び出した。

瞬く間に長い長い連絡橋を走り抜ける。

ラングレイはルキアの姿が小さくなったのを確認し、

部隊に号令を掛けた。


*屍と野営

一つ目のタワーに着いたルキアは屍の気配を感じ取っていた。

時頃合いに、屍が上から降ってくる。

「遅いよ」

普段使いのケープに屍の血と肉片が付着した。

電子音を発する量産型の発信機を一つ落としたルキアは次のタワーに向かった。

その後、背後から銃声が響き渡った。

電子音に気付いた部隊が交戦を開始したのだ。

交戦と言ってもかなり減っているので苦戦はしない筈。

タワーを走り抜けたルキアは目的地のタワーに続く連絡橋の中間地点で止まった。

ここ一帯を統べる勢力組織デアウェルスの部隊がいた。

ルキアはケープを脱ぎ捨て、<ゴーストケープ>を羽織った。

まだ起動していないケープはただの外套。

「所属は何処だ!」

ただ、ルキアには聞こえない。

静寂。

ルキアはケープを起動し、双剣を抜き放った。

即応した敵部隊が射撃を開始するが、

銃弾と悲鳴が飛ぶことはなかった。

逃げることも許さない連撃が少なくない部隊を壊滅に陥れた。

ただ一人、血に濡れたルキアが残ったまで。


「ルキア!」

ラングレイの声が連絡橋に響き渡った。

ゴーストケープを拭いて待っていたルキアは床に転がる死体を無造作に踏みながら迎えた。

「怪我はなさそうだな」

この時とばかりはラングレイも口数が減った。

死臭に満ちた連絡橋で送れてきた新参部隊が悲鳴を上げた。

普通なら全滅は有り得ない。

なのに、一人残さず全滅に追い込んだルキアは何者だろうか。

「武器は譲るから、あと野営担当を回して?」

ルキアはタワーの中央に集められた銃の山を指しながら、

淡々と話を進めていく。

ラングレイの指示下から離れた野営担当は簡易ワイヤートラップを反対側の連絡橋とエレベーター、階段に張り巡らした。

「ルキア、全部殺したのか?」

ヘクトが苦渋の表情を浮かべ、聞いてきた。

答えはもう分かっているのに。

「銃を向けてきたから、殺したよ」

正当防衛を主張するルキアに感情の渦がヘクトを襲った。

「デアウェルスの所属はいないから、いいんじゃない?」

「ネオラ、、、、」

援護射撃担当のネオラがヘクトを慰めていった。

僕はケープを背嚢に入れ、何も言えずにいるシェルを迎えた。

「シェル、躊躇したら殺される。これは覚えて」

シェルは恐怖に押し潰されかけていた。

新参部隊はある程度の探索者。

だから、屍を殺すのに慣れても。

人を殺すのには慣れていない。

ルキアはシェルを慰める様に撫でた。

二人の間には埋められない差があった。

ヘクトはシェルを殺人の領域に引き込みかねないルキアを睨んだ。

ルキアはラングレイに視線で伝えた。

即応したラングレイはヘクトを殴り飛ばした。

熟練部隊は驚かない。

ヘクトの情は仲間を殺す。

部隊がタワー内に入ったのを確認した野営担当が入ってきた連絡橋にワイヤートラップを張っていく。

ラングレイは部隊に声を掛けた。

「部隊各位、今日は遠征初日だが明日は早いからな」

ラングレイの言葉と共に熟練部隊側は全速力で寝床を確保した。

新参部隊は取り残されたまま。

「寝床確保は遠征の醍醐味だからな!」

ラングレイは詰めてもらった場所に身を潜ませて言った。

残ったのは、寒い外階段側の壁と死体が転がる連絡橋側。

それと、ワイヤーが張り巡らされた危険な連絡橋側。

新参部隊の大人組は静かに死体の撤去作業に取り掛かった。

ワイヤーが張り巡らされた連絡橋側に死体を押しやり、寝袋に身を包む形で死臭と血を回避した。

必然と残るのは寒い場所のみ。

子供組は転々と場所を変えざる得ない。

ルキアはシェルを掴んだ。

「ルキアさん?」

「ちょっと来て」

防寒ケープを背嚢から出したルキアはシェルに被せた。

防寒性に優れたケープの中でシェルは驚いていた。

何故なら、外階段の前でも寒くないからだ。

熟練部隊側は見張りが話し合っていた。

視線を送ったルキアに気付いた見張りは頷いた。

二つの警戒要所に絞られた中で見張りは交代制を選んだらしい。

僕はまだ、震えるシェルに小声で聞いた。

「寒い?」

「少し、、、」

ルキアは背嚢から魔法瓶を出し、コップに注いだ。

湯気が立つコップの中には茶色の液体があった。

「飲んでいいよ」

シェルに渡したルキアは静かに口に運ぶシェルを眺めていた。

「!?」

シェルは驚いていた。

温水の上にチョコレートが溶かされていたからだ。

探索者でもチョコレートを口に出来ることは滅多にない。

このチョコもまた、ルキアが生産プラントを持つ他勢力から買った嗜好品の一つだ。

ただし、かなりの高価だ。

まぁ、いっつも電気製品を売り捌く自分からすれば微々たる物。

「欲しかったら、言っていいよ」

シェルはそれでも寝付けなかった。

ルキアはシェルを包み込む様に座り直した。

次第に舟を漕ぐようになったシェルは寝ていた。

僕は次第に警戒心を強めながら、シェルを抱いていた。

愛しく見える、というのは生存戦略でかなり有利だ。

ルキアにとって、シェルは愛しく感じる子供だった。

第三者から見れば、大人な子供と子供な子供が一緒に寝ている、

大変、微笑ましい光景だ。

ただし、それを口にすることはないので、ある意味、シュールだ。

口にしたら、ルキアの心を読んだラングレイの蹴りが飛ぶから。

ラングレイの蹴りは熟練相手でも痛い。

というより、蹴られて痛くなさそうにするのが異常者だが。


夜は何もルキアの感知に引っかかることはなかった。


*遠征二日目

遠征の最初の正念場。

『朝食』

最高の状態を目指す為に午前10時から行動を開始する。

して、全体起床が午前6時。

計画の概要説明。

武器の整備。

次の野営時に関わる担当議論。

そして、持参の食料で栄養補給。

ルキアは熟練部隊を後にし、新参部隊の輪に入った。

殆どが同じ様な保存食料だった。

味。

食感。

見た目。

何に秀でるかは個人で異なる。

多くは生産プラントで販売される戦闘糧食。

一番、気にかけていたシェルも戦闘糧食だった。

「ちょっと、聞いてもいいかな?」

口火を切ったルキアは相手の様子から了承を得た、と考えた。

「探索の収穫はどうするの?」

凍り付く輪。

最も、触れてはいけない話題だ。

それが軽い気分でも。

「だんまりかぁ、、、、僕は収穫を独占するよ」

「どういうことですか?」

ルキアに食いついたのはロアという男だった。

年齢は20代前半。

チャレイと同年代の探索者で礼儀を弁えていた。

ラングレイに少し反抗心を見せるタフな男。

「僕の場合はみんなから貰ってるからね」

言葉に偽りはない。

この遠征部隊はルキアが居て、成立している。

そう言っても過言ではない、と熟練部隊の総意でもある。

というか、正面から言われたからかなり堪えた。

その時の彼等の暴走は部隊の極秘扱いになっている。

だけど、配当は貰ってる。

シェルまで意味が分からないといった感じだった。

チャレイは少し理解したらしい。

「なるほど、ルキアさんだからそうなるんですね」

熟練部隊側は少し警戒していた。

部隊の極秘兼若気の暴走を。

「あんまり深く詮索すると、ラングレイの本気の蹴りが、、、、」

「ルキアぁ?俺が何だって?」

怖い。

怖い怖い怖い。

今でもいるけど、東方の不良ポーズのラングレイが隣にいた。

まぁ、怖いとは思えないけど。

ルキアは務めて明るく返した。

「いやぁ、探索の収穫話してたらね〜」

「何故、俺が出てくる?」

「君の爆弾発言を教えてあげようかなと」

座った態勢から床に手をついて、蹴りを飛ばしたラングレイ。

蹴りはルキアに当たることはなかった。

「どこに蹴ってるんだい?」

シェルに被さる様に座っていたルキアがいた。

シェルも驚いているので事前に言えば良かったと反省。

僕は連絡橋から見える外の景色を見た。

ただし、シェルを抱いたまま。

「ルキア、シェルがなんか氷像になっているぞ?」

「氷像見たことあるの?」

「冬に見たな、、、千年冬季はいつ来るかわかるか?」

千年冬季。

一度、その冬が来て仕舞えば、遠征は終わる。

というより、悪魔の仕業なんだよね。

超常気象を起こす代わりに人の成長を止める。

悪魔は極寒で苦しみ自殺を図る人間を求める。

だけど、成長が止まれば、動ける人間は動けるまま。

冬だから、かなり厳しいけど。

「ん、、、、分かるよ」

「遠征に被るか?」

「というより、二日後の夜に暴風雪と一緒に来る」

探索区域に潜伏する期間は千年冬季が来れば長くなる。

一ヶ月に1日だけ、その1日の数時間だけ温度が上がる。

だけど、一年ごとに数時間は数十分にもなる。

最後は全くない。

「今なら戻れるか?」

「いや、アルフェウス勢力組織の大規模武力衝突が帰りのルートと日程に被る」

アルフェウス。

都市でも悪名高い武力組織。

他の組織から食料と必需品を略奪しては生きる。

悪魔の配下とも呼ばれる。

悪魔の配下、悪魔の眷属は少し恩恵がある。

不老、再生。

だが、恩恵を受けた時の身体で不老。

再生も恩恵を受けた時の身体まで再生。

「若造共に僕がやられるとでも?」

「お前も子供の内だよな、、、、、違うのか、、、?」

華麗に無視し、僕は重ねて言った。

「悪魔の総数は増え続ける一方、探索区域でも見られるかもな」

ラングレイは黙考の後、部隊に告げた。

「部隊各位、これより部隊は旅団単位で動く。

全8部隊編成による現地合流作戦を決行することにした」

遠征部隊は65名。

一部隊だけ9人になる。

新参が13人。

熟練が52人。

万が一、光線状態に入っても集結すれば大戦力となる。

全員が銃を武装し、ゴーストになれる。

「ルキア、ヘクト、ラングレイ、パルス、チャオナ、メルウィン、カイロス、ファトォに集まって部隊を構成する」

ラングレイから部隊が構成され、ヘクト、ファトォと表立った探索者に集まる新参もいる。

一応、僕はシェルを離さなかった。

なんか、震えてるけど。

ルキアの下に集まったのは、殆どが援護射撃担当の探索者。

メイリーン。

ネオラ。

イール。

ゲオルカ。

フェランド。

シェル。

チャレイ。

ルキア。

前衛と中衛、後衛とバランスが良く取れた部隊構成だった。

新参の中衛には期待できないけど。

友軍誤射はやめてほしい。

「ルキアさん」

腕の中から慌てた声が聞こえた。

「ん?」

「トイレに、、、」

ルキアから解放されたシェルはトイレに向かっていった。

「隊長、我々の行動ルートの確認を」

「大抵の敵は僕が片付ける。

僕に付いてくればいいよ、、、、」

ルキアは背嚢からゴーストケープを取り出し、羽織った。

ルキア隊は前進し、連絡橋を渡った。

他の部隊もそれぞれの行き方で動き始めていた。


ルキア隊は連絡橋を前進し、地上に降りていた。

そこで目にしたのは、混合勢力独立遠征部隊。

所属はまばら。

だけど、見ない顔だった。

「所属を聞いてもいいか?」

「独立だから、意味ない」

ラングレイの遠征旅団に匹敵する数を従えるリーダーに言った。

「独立にしてはかなり整っているなぁ?」

「先に行かせてもらう」

ルキアが銃を1発上空に撃った直後。

ゴーストと化した部隊が独立遠征部隊の両脇を抜けていく。

様々な驚きが重なる。

一つは、消えたこと。

一つは、後ろに現れたこと。

一つは、半数が斬り伏せられたこと。

ゴーストから現れたルキアの双剣は血に染まっていた。

その場に、ルキアの部隊はいなかった。

ルキアを置いて、離脱した。

背信ではない。

ルキアの感知圏内に、夥しい数の屍がいたからだ。

あえて、ルキアは双剣で音を鳴らした。

引き金は動く物。

ビルの上から、ビルの中から。

屍が獲物を喰らう為に走り寄ってきた。

皮を剥ぎ、肉に噛み付く音。

ルキアに襲いかかった屍は肉となり屍に食われた。

捕食者と餌と観察者。

ルキアは双剣を仕舞い、ゴーストケープをオンにした。

その後、合流したルキア隊はとあるビルの一室にいた。

「予定外の遭遇だったけど、大丈夫?」

メイリーンは疲れ果てる新参二人を心配していた。

返答はなかった。

「隊長、遠征の死亡率はわかりますか?」

ゲオルカだ。

最も、慎重を求める理論派の探索者。

「千年冬季の一撃で死ぬのがどれくらいか、、、」

「私は経験がないのですが、、、、厳しいですか?」

率直に、と言いかけてやめた。

「生きてから考えて」

「では、率直に、気温がどれ程に?」


「一撃で気温がマイナス5度になる」


ーーーー生存確率が天文学的希望の域を超えていた。

ゲオルカは端末に何事か(多分、遺言)を打ち込んだ。

「それじゃぁ、、、、僕は、、、」

いつの間にか、回復していたシェルが言った。

確かに、そうなる。

大人でも耐えられない温度の急低下。

「万が一、そうなる時は天使にでも祈ればいいよ」

古より伝わる祈りの対象。

『祈り』が純粋であれば、叶えてくれる。

「あぁ、天使に願うのか。

だが、それは最後の手段でもあるから気軽に願うなよ」

ネオラがシェルを諭した。

そう、天使はたくさんの願いを叶えない。

叶えない、だ。

叶えられない訳でもない。

見ず知らずの人間を助ける程、天使に感情がないわけでもない。

「補給も兼ねて、、、、メルダ勢力組織の街に行こうか」

ラングレイは千年冬季も兼ねて隊を分けている。

多ければ、多い程。

問題が生じる。

が、少数であれば事を大きくしなくて済む。

こういう計算だ。

ルキアが言ったメルダとは探索者の街である。

探索者の成れの果て。

秘蔵してきた商品を売り買いしたり、補給を担う街。

一見、何もないビル群に入ったルキア隊は中心近くで止まった。

「ルキアさん、何処に、、、、」

チャレイが何もない、広場で聞いてきた。

「チャレイ、君の下」

「、、、、、、、は?」

チャレイの足場が下に開いた。

重力も健在なこの惑星で足が抜ける感覚は貴重だが。

それは、純粋に落下している訳だ。

悲鳴と共に落ちていったチャレイは多分、下の新参専用クッションに落下した筈。

見れば、壁に梯子を取り付けられている。

熟練側は手慣れた様子で下に入っていく。

元々、シェルターだった場所を改造した地下街勢力メルダ。

地下街を拠点とする為に、武力衝突では籠城戦で幾度の戦いに勝利している歴戦の探索者がいる勢力。

基本的に中立と言われる勢力だが、独立の探索者とは友好を結ぶ傾向がとても強い。

「ここでは、、、、何が通貨なんですか?」

「決まってない」

シェルは困惑気味に店頭の商品を見た。

値段が無い代わりに、価値を示す紙が貼ってある。

「自分が持っている物との物々交換、かな。

安心して、シェルの分は出すからさ」

シェルを寄せる様に手を回したルキアは、武装状態の各位を見た。

「補給していくけど、チャレイを任せられる人いる?」

「こいつ、いいもん持ってるから問題なくね?」

イール、、、、。

「いいもんって、、、、!」

「私が担当するわ、、、、合流は地上で」

チャレイの首を掴んで行ったネオラに続いて、補給を開始する面々。

「シェル、いこうか」

「はい、、、、」

街の店順は新参から熟練と、組織で決められている。

最初は手狭な店から少しずつ大きくなる。

そして、戻る。

最初は、個人で使う物から。

生活用品。

必需品。

武器。

衣類。

装備。

食料。

飲料。

ちなみに、飲料は大変危険性が高い。

なので、自殺願望者が求めて来るくらい。

中々、興味が惹かれる物を見つけられないシェルに付いていくルキアは背嚢を漁っていた。

一応、ゴーストケープは中に入れているので求められない。

シェルもまた背嚢に貴重品を入れている。

「ルキアさん、食料の見分け方が分からないです、、、」

筋肉と威圧感が凄い店主の食料店だった。

「店主、聞くけどいいかな?」

「なんだ?」

「安全な食料はどれ?」

店主は陳列棚から数個の食料パックを出して見せた。

「選んでいいよ」

「おいおい、これはかなり高いぞ?」

「店主、メルダに目を付けられたい?」

ルキアの瞳は全てを見透かしている様だった。

彼の視線は店主の首に下げたプレート。

メルダの刻印に似た物。

「餓鬼の言葉を信じる馬鹿がいるかよ」

シェルはルキアの顔を思わず見た。

が、以前と変わらない表情。

慈悲があれど、目には冷酷な光が宿っていた。

「メルダの御前で好き勝手やられては困ります」

ルキアの隣に現れた黒服の男はそういった。

シェルは男が着る服に見覚えがあった。

ゴーストケープ。

ゴーストスーツ。

ゴーストシリーズの装備。

男は硬直した店主にスタンガンで気絶させた。

スタンガンを持った手で陳列棚を破壊していく。

「ローラン?」

「失敬、ルキアさん。

食料パックでしたね、、、、こちらでご用意させて頂きます」

ローランが手招きで誘導してくる。

素直に従ったルキアにシェルも続かざる得ない。

「さっきの人は誰なんですか?」

「店主は違反者、ローランは取り締まり兼相談役」

「ご紹介に預かり、ローランと申します。

ルキアさんの、、、、どういったご関係で、、、、?」

「僕が個人的に気に入った子」

「納得しました」

会話の速度に追いつけないシェルが唯一理解出来たのは。

『ローラン』だった。

「食料パックをどのくらいですか?」

「どのくらいまで出せるの?」

そう言う時、ローランは決まって困った風になる。

手持ちの端末を操作した末、ローランは言った。

「二人分を二週間分なら出せますよ」

「対価は?」

「情報をください、、、千年冬季の具体的な時間を」

ルキアは耳打ちでローランに言った。

シェルにも聞こえない早口で。

緊迫した表情になったローランは端末を素早く操作した。

「食料パックはご用意致します。

ですが、追加購入は控えて頂きたい」

「追加購入で、この子が欲しいのがあったら別ね」

「了解致しました」

ローランが走って奥に入っていった。

広場で待たされることになったルキアとシェル。

姿勢が、、、、。

一見、微笑ましい光景だが。

当のシェルは硬直していた。

シェルに抱きつく形で座るルキア。

抱きつかれたシェル。

限りない好意を感じるシェルは黙考の末の硬直だった。

だが、硬直もルキアによって解されかける。

「ルキアさん」

「んー?」

「何でもないです、、、、」

シェルは直前で質問を取り消した。

「シェル〜」

「なんですか」

「千年冬季は地獄だよぉ」

割と真面目な話題になったので気を引き締めた直後。

「ご用意致しました。ルキアさん」

「ん?」

「一応、水分補給に困らない様にゼリーになっています」

ルキアはシェルに半分渡して、背嚢に入れた。

ローランと世間話を交わした後、地上に戻った。


地上では2人以外全員が準備を完了していた。

だが、チャレイが何故か憂鬱状態だった。

ネオラを見ると、気の毒そうにチャレイを見た。

「それじゃぁ、ビルを伝っていくよ」

ルキア隊は近くのビルに入り、連絡橋を渡っては探索区域の方角を目指す方針にした。


*ラングレイ隊跡地

連絡橋タワーから降りたラングレイ隊は壊滅した。

待ち伏せしていた探索者狩りの奇襲攻撃に直撃したからだ。


*遠征三日目

ビル群の連絡橋を渡り続けたルキア隊は野営後、本格的に雲が覆われて始めた都市を眺めた。

千年冬季が始まる前に一度、暴雨が降る。

暴雨が終わった後、一度、日が見える。

だが、それで終わり、だ。

雲を抜けるタワーはない。

「隊長、千年冬季の生存確率は?」

「天使が最盛期でさえ、60%だった」

それだけに冬季は恐ろしい。

元々、冬に近付いた時期に時空結界を張るのだから。

「部隊の生存確率は?」

「未知の領域、といってもいい」

ネオラはそれで質問を辞めた。

代わりにチャレイが入ってきた。

「他の部隊はどうなるんですか?」

「信号弾があっても、、、、いかない」

反論しようとするチャレイを押さえたネオラは悲痛だった。

ラングレイの思惑が今の全てだからだ。

ラングレイ隊も自殺願望者ではない。

生きる気はある。

そして、他の部隊も同様。

信号弾が上がっても見て見ぬ振りをするまで。

「屍として襲ってきたら、雪の墓で朽ちるだろうな」

屍といえど、極寒に耐えられる訳では無い。

一撃、を耐えて残る屍は80%。

人とはかなり異なる存在ゆえに。

ルキア隊は連絡橋を渡り続け、とあるビルの一室に隠れた、

「明日の朝は早い、全力で探索区域に急行する」

了解、と返答がまばらに返った。

そして、ルキアはシェルに抱きついた。

シェルは未だに抱きつかれている理由が分からない。

そして、突き放す理由もないのでされるがまま。

ルキアはおもむろに背嚢を漁り、1本の瓶を出した。

熟練の面々が一斉に瓶を見た。

中にはコップを用意する者も。

「醸造酒だ。呑みたい奴は並べ」

ルキアは並ぶ熟練の面々に少しずつ酒を振る舞った。

振る舞われた酒を愛おしく、そして、味わい深い酒をゆっくりと

喉に落とした。

シェルには呑ませなかった。

ルキアもまた、呑まない。

背嚢に戻したルキアはシェルに言った。

「千年冬季を乗り越えられたら、、、、振る舞うよ」

それで火がついた熟練側は気休め程度の防寒ケープを羽織った。

「千年冬季の時刻は午後7時16分だ。5分前に設定すればいい」

雨音が激しくなる中で、彼等は最後の安息を味わった。



時折、投稿致します。

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