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プロローグ 始まりの狂詩曲《ラプソディー》 前編

 東京の中央に位置する神樹ヶ咲町(しんじゅがさきちょう)。その町の名を知らぬ者は、国を跨いでも、ゲートを越えてもいない。


 青々と茂った森に、天を突く巨大な神樹しんじゅがそびえている。花も葉も芽吹いていないが、幹は瑠璃色に輝き、まるで星を吸い込んだような無数の光に満ちていた。


 人は言う。それは曰く、神が生んだ世界初の生命と。また曰く、人界じんかい魔界まかいを繋げし禁断のゲートであると。そして曰く、人間、悪魔、ありとあらゆる生き物に魔力を与えし魔力の源であると。


 名を轟かせるのは神樹だけではない。悪魔が軍を持つように、人界には魔法使いの騎士が集う、魔法騎士団まほうきしだんが存在する。約二千年前に誕生した魔法使いのおさ、勇者が率いる騎士たちの誇りは、現在も変わらない。魔法だけでなく、魔力を利用した、悪魔ですら手の届かない最上級の科学を発揮させ、天敵の悪魔に対抗する武器や装備も生み出し、人知の超えた敵にも引けを取らない。


 その騎士団の本拠地ともされるのが、この始まりの町であるのだ。


 そんな魔法と科学が発展した神樹ヶ咲は、ありふれた力のあまり日々争いが絶えない。時には、獣型の悪魔、魔獣まじゅうが人里に降りて暴れ回ったり。時には、禁断の兵器や武器、魔導書、霊薬れいやくを巡って裏社会の人間による不穏な取り引きが生じられたり。そして時には、人と人、魔法を悪用した不幸な衝突が起きることさえも────



「すごいぞ! たんまりだ! 今回は当たりだったな! ハハハハハハッ!!」


 ショーウィンドーが破られた宝石店から、野蛮な笑い声が飛ぶ。

 八人の、男たち。顔は皆黒い布を覆って隠し、輝くダイヤ、ルビー、サファイア、店内の宝石を余すことなくひったくっては、手持ちの大きな革バッグに突っ込んでいく。

 悪意剥き出しの、見まごうことなき強盗集団である。それぞれの位置についていち早く盗っていく慣れた手つきからして、常習犯であることも目に見て分かる。


 その光景を目前に、体をロープでぐるぐる巻きに縛られ、口にガムテープを貼り付けられた女、男、子供たちがいた。店の従業員や客、十人以上はいる。幼い少女は恐怖のあまり、震える膝をテーブルにぶつけては前へ倒した。


「うるせえぞ! 大人しくしてろッ」


 集団の一人の男が手を振りかざすと、ごう! と紅蓮の炎が尾を引くように鞭打ち、硬質な音を散らして横合いの窓ガラスが破砕する。少女はビクッと肩を揺らし、目に涙を潤ませた。


「俺がその気になりゃ、この店ごと爆発させることもできんだぜ! まぁ慈悲深い俺らは善良な市民に手出しはしねーから安心しな!」


「いや、縛ってる時点で手出しはしちまってるだろーが!」


「ギャハハハハハハッ!!」


 下卑た笑い。

 ぎっちりときつく拘束された人々は、ただ震えて見ることしかできなかった。例え拘束がなくとも、魔法を有する危険な集団を前に抵抗するなど死に急ぐだけだと、その絶望に濡れる眼差しは語っていた。


「よし、そろそろ行くか。いくら防犯カメラぶっ壊したって、逆探知できねーほど騎士団はバカじゃねーからな」

 

 火属性の魔法を放った男がリーダー格のようだ。彼を先頭に、男たちがカメラレンズの破片を踏み砕きながら店から走り去っていく。


 人通りの少ない路地裏で、カランカランと宝石が揺れる音と乱れた足音を鳴らしながら、強盗集団は疾走する。鉄パイプの束を崩し、ドラム缶を蹴飛ばし、うたた寝していた野良猫が毛を逆立てて飛び起きた。


「おい邪魔だッ!」


 パニック状態の野良猫は、男たちの足の間をくねくねとスラローム歩行みたく回る。


「クソ猫がッ!」


 一人の男が殺意を滲ませた怒声を散らし、片足を振り上げた。

 

 シュッ! と風を切る音。


「あ?」


 男の頬が切れ、ちょっぴりの血が滲んだかと思うと、


「ガァアアアアアアアアアアアアッ!」


 咆哮の如く断末魔を上げ、セミ爆弾みたく地面の上にのたうち回った。

 その隙に、野良猫は水道管の上へと伝って逃走を成功。


「誰だ!?」



 男たちが振り返った先、鉄橋の上で立っていたのは────三人の、少年少女だった。


 純白の制服に、まだあどけない顔つきは中学生くらいだろうか。パッと目を引くような異彩を放つ少年少女たち。


「わ〜! 頭も心も悪そうな人たち! こんなチンピラさんのためにもりもり食べ歩き放課後ライフを無駄にしちゃうなんてね~」


 黒髪姫カットの少女が言った。

 子犬のような丸くつぶらな瞳をぱちぱちさせ、むう、とほっぺたを膨らましている。サラサラの髪に縁取られた花のヘアピンがきらきらと光っていた。


「ほんっとムカつくわよ。今日は駅前にできた新しいアクセの店行くつもりだったのに」


  黒メッシュの入った金髪の少女が言った。

 ヤンキーを思わせる派手な髪色に紅色べにいろの猫目。シュシュでサイドに結び、クセもあるが艶もある手入れの行き届いた髪を掻き上げ、うざったそうに嘆息を漏らしている。手首にはラメのついた花柄のシュシュが巻かれていた。


「二人とも気を抜かないでよ。相手は強盗の常習犯。及び動物虐待未遂犯だからね」


 クリーム色の髪の少年が言った。

 綿菓子のようなふわふわした天然のパーマに、ふんわりと線を描いたような柔らかい顔立ち。だが階段の上から見下ろす目は刃のように冷たく、差し出した彼の親指には滴が垂れていて──悶え苦しむ男の頬についた色と同じ、漆黒の滴。


「安心しなよ、これでもかなり抑えた方だよ」


 すっ、と下目遣いでほくそ笑い、クリーム色の少年は親指を舐めた。


「ダメだ! 完全に気絶してやがる!」


「何だこのガキども!! 騎士団の使い手か!?」


「バカ言え、こんなガキが飛び級する時代は早々に終わってんだよ! あの制服、星ノ木学園(ほしのきがくえん)の生徒じゃねえか」


「魔法学校トップの名門校かよ……」


 不意打ちすぎる奇襲に男たちはざわめき、リーダーの男は轟! と掌から炎を浮かせ、睥睨した。


「何モンだテメェら。ただのガキじゃないようだな」

 

 灼熱の炎を見ても何一つ動じることなく、むしろ少年少女は薄ら笑いを浮かべた。


「俺たちはファミリーズ。家族だけのチームで、困っている人を助けるヒーローさ。仕事内容は主に悩み相談、浮気調査、揉め事処理、魔獣討伐、そして、君たちみたいな悪人退治もね」


「ああ? ……ファミリーズ、だと?」


「あれ、知らない? ご近所ではそこそこ有名なんだけどな。ま、強盗が趣味の君たちに近所付き合いもクソもないか」


「あァ!? 何だと!?」


 クリーム色の少年の嘲笑に、ナイフを持った男が肉薄しようとしたところを、リーダーの男が片手で制止する。


「でも今回は依頼ナシよ? 学校終わって先生からの説教も終わって、さぁ花のJC放課後ライフってとこに、アンタたちが警報ベルぶっ壊してるとこ偶然にも目撃しちゃったってわけ。ほんっと、どっちが災難なんだか」


 黒メッシュの少女が両手をぶらつかせながら言った。


「本当はね、即確保~! しちゃってもよかったんだけどね、証拠を押さえた方が報酬も増えるだろう! てココロちゃんが」


「は? 私言ってないわよ。逆にとっとと片付けたかったわよ」


「じゃあユウキくん?」


「俺じゃないよ。ほら、ユメカ。思い出してごらん。俺たちの中で特に金銭への執着が強い子といえば……」


「あー! 分かった! 言ったのは……」


 轟! 火炎の大玉が鉄橋に直撃する。

 錆びついた橋は瞬で爆破し、アーチのシルエットは火炎の赤に染め上げられた。ぐつぐつ、と鉄を焦がす音。残骸となった破片や粉がぽろぽろと崩れ落ちる。火の海はそれさえも飲み込んで、欠片一つ食べ残さず焼き尽くした。


わりぃがこれ以上ガキのお喋りには付き合ってられねえな」


「おいおい、善良な市民には手を出さねーんじゃなかったのかぁ?」


「大人を小馬鹿にしやがる生意気なクソガキは善良とは言わねえよ」


「ハッ、可哀想なガキ共だな。ヒーローごっこに憧れたまま人生終わるなんてよぉ」



「ごっこ、じゃないよ」



「!?」


 誰もがその声に振り返る。そこは確かに、焦土と化した場所だった。鉄さえも燃え、辺り一面黒焦げで、消し炭しか残っていないはずだった。

 だが、黒煙を掻き分け現れた少年少女は、炭どころか傷一つついていなかった。

 いや、それはもはや少年少女、とは言えない風貌。

 頭には天を突くような湾曲のツノ、口元には鋭く光る牙、腰から生える先端が矢印の長い尾。その常識を超えた身体を包む、黒く淀んだ霧。

 男たちは息を止めて見ていたが、少年少女が一歩こちらに踏み寄ったことで、深い戦慄が走った。


「こっ、こっ、こっ、こいつら………悪魔だぁ!!」


 黒い霧は、滲み出る悪魔の魔力、瘴気しょうき

 三人の悪魔が、目を紅く光らせる。


「ファミリーズの破壊担当! 長女の黒野くろの ココロ! 今欲しいものはルイ・シャンネルのショルダーバッグ!」


 黒メッシュの少女が拳を振り上げると、その華奢な手からビキビキと黒い筋が凄まじく浮き上がって、


「アンタらぶっ倒して報酬ガッポリ! ポーチと財布も頂くからマジありがとね!」


 弾丸の如く黒い拳が地面に突き刺さると、重い銃声にも似た爆音と共にコンクリートが微細に粉砕され、地形を変える勢いで飛散した。


「ぐッ、うわあああああッ!!」


「ぎゃあああああああッ!!」


 足の踏み場が崩された男たちは、クラッカーの紙吹雪みたく宙を舞いながら吹っ飛ばされた。

 階段の手すりにつかまり難を逃れた輩もいる。その脱兎の如く逃げ去る背中を見て、姫カットの少女が「きゃははっ!」と愉快げに笑った。


「次女の黒野 ユメカ! 食べることがだ~いすき! ココロちゃんと遊ぶのもだ~いすき!」


 一目散に逃げる敵を前に、少女はぴょんぴょんと足を弾ませ、ややのんびりと肉薄する。


「特にね、お肉が大好きなんだ! 牛肉も豚肉も鶏肉も好き! あ、安心してね、ニンゲンさんのお肉は食べたことないから! かじったことはしょっちゅうあるけど!」


「呑気なこと言ってないで、さっさと仕事しろユメカ!」


 けらけらと牙を見せて笑う姫カットの少女、ユメカに、黒メッシュの少女、ココロが怒声を飛ばした。

 男たちとの距離も遠ざかり、余裕の色を取り戻した薄い笑みで振り返る逃走者もちらほら。


「は~い。えっとね、ユメはね~」


 言葉のあとにカリッと唇を噛むと、黒い滴が滲んで、小さな口に含むと、ユメカは風船のように大きく頰を膨らました。

 ブシュ! と小さな口から大量の墨色すみいろのスライムが発射される。二十メートル先にいる男たちに難なく命中し、頭の天辺から満遍なく降りかかった。


「うわああああああ!! 何だこりゃ!?」


 粘り気のあるスライムは手足に纏わりつき、ねちょねちょと全身に覆い被さる。


「くっ、くそ!」


 もがけばもがくほど、その肢体にねっとりと絡みついていく。指一本さえも、もつれた糸のように絡まって動かない。まさに捕らわれた蜘蛛の巣状状態。


「くっ……うあぁっ………!」


「なんっ………だ、これ!」


 やがて身動きを完封された男たちは、顔だけは出しているものの、体が張り付けられるように地面と融合してしまった。


「ファミリーズの捕獲担当だよ~! ぜ~ったい逃がさないよ~! えへへっ」


 腹を空かせた子供のように、ユメカはペロリと舌なめずりした。

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