第三十五話 陰ながらの守護者
白塗りのリムジンはゆっくりと、学園周辺の道路脇に停車した。
窓越しから、神樹の幹の星屑まで目に見える距離だ。森ともそう遠くない。
煌家専用の長さ九メートルのリムジンは、純白なボディを光らせ、平穏な朝から太陽にも匹敵する煌びやかな存在感を放っていた。
「三十人、か」
鋭利な眼差しで窓を見つめて、凛は呟く。窓越しの、ダイヤの腕章に黄色い腰小旗を身に纏う、騎士たちを、刺すように見つめて。
「学園周辺で三十人。騎士は基本、三人一組で班が結成する。十の班が固めて警備を敷くとは異常事態だな」
一昨日と比べたら、倍以上の数だ。
騎士団は大っぴらにも、警戒を固めている。その理由は、凛もとうに知った話だ。本部で禁術が盗まれたことも、屍食鬼の事件のことも、そして騎士団の中に「協力者」が潜んでいることも、昨日の騎士会議が終わったのちに伏見の口から聞いた。
本来ならば、ひまりお嬢様を屋敷に留めておくべきことが、賢明の判断だと承知している。
だが今朝の彼女は言ったのだ。「もうひまりは、ぬくぬくとした鳥籠の中にはいられません。勇者の娘として、現実にも真っ向と向き合う義務があるのです」と。
いつものイタズラのあとのしどろもどろな言い分とはまるで別人だった。
あの時のお嬢様の目は、出陣する騎士そのものだったのだ。
あの目を見たら、凛は従う他選択肢はなかった。というより、他の選択肢なんて、とっくの前にお嬢様に投げ捨てられたのだ。
学校へ行く。それが、二人の当然の使命の如く、新鮮な日常へと身体に溶け込み始めている。
恐ろしい。同時に、お嬢様の成長に、感服した。
(あの心優しく芯の通った性格…………お顔立ちだけではない………お母様………いのり様にそっくりだ………)
亜麻色の髪。優しげだが照れくさそうな微笑み。ほんのりと甘い声。脳内に二人を重ね合わせただけで、目の縁が滲みそうだった。
あの冷徹な勇者様、理人様には似寄るとは言えないものの、満月眼という天性の血統が受け継がれている。
だが、お嬢様はまだ煌の才能を開花させていない。
だからこそ、危険は蚊のように付き纏う。
それも蚊とは桁違いの、害虫どもが。
ぐっ、と波打つ鼓動に拳を握った。
「凛様」
サングラスに黒ずくめの運転手、逆巻 弾が低い声を発した。
「ひまりお嬢様の下校時間まで、八時間はありますが…………」
「かまわない。ここで待つ」
「承知しました。凛様のお食事とお飲み物もご用意しておりますので、ぜひお召し上がりくださいませ」
ラウンドソファの前のローテーブルに置かれた重箱とマグカップを一瞥する。
「ありがとう」
そう一言だけ吐いて、凛はそびえたつ学園を再び見上げた。
窓ガラスが全面割れている。まだ修復できたとはお世辞にも言い切れない。
背中から肩にかけて縛った帯を緩めて、鞘に収まった大太刀を手に取り、強く握った。
(騎士が動こうが関係ない………お嬢様は………私の手で守り抜く………!!)