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第三十四話 体育館裏で美人なおねーさんと…

 ファイアドレイク襲撃の事件から、二日後。ドワーフ大工の渾身の魔法により、窓のステンドグラスは荒らかに抜けているものの、全校舎に敷き詰めていた光沢のある白い壁と床は、そっくりそのまま元の姿を取り戻した。校庭の木や花も消し炭のまま、まだ完璧なる修復まではしばしかかるようだが、校舎の構造は頑強な出来で、人はおろか悪魔が多少暴れようとも問題ないと、ファミリーズの四つ子組が協力のもとで得た検証で、出校が決定した。ちなみに目にお金マークを浮かべるように期待満々の四つ子が得た報酬は、食堂の余り物のグリーンピース五百グラムだった。末っ子は生まれて初めて転校を考えた。




 朝、校門に入ったところで、「アイスケ〜、体育館の裏の方で、美人なおねーさんが呼んでたぞ〜」という同級生の耳打ちが、恐怖の始まりだった。

 四つ子の兄姉には適当に誤魔化し、甘酸っぱい青春の妄想に酔いしれながら弾む足取りで向かうと、二メートル強の大太刀の切っ先を鼻先に当てられ、やらしい笑みもフリーズした。


 体育館裏で美人なおねーさんと二人っきりのシチュエーション。語弊はないのだが、凶器もセットなんて毛頭聞いてない。


 正しく言えば、美人な鬼執事 (聖魔法使い)と二人っきりというホラーチックなシチュエーションが今、目の前の現実に。


 煌家の鬼執事こと、霧崎 凛に鬼の眼光で大太刀を突きつけられ、アイスケはあわわと慄いた。


 もう「悪魔の瘴気か?」と疑うくらい、禍々しい殺気のオーラが半端ないのだ。


「あっ、あのー、ひまりお嬢様は………どちらに?」


「お嬢様ならボディガードと共に車にいらっしゃる」


 勇気を振り絞って尋ねてみると、凄みのある声で即答された。


 は、はぅ、とアイスケはケージを叩かれたハムスターみたく身震いする。なんで朝からこんな寿命の縮む思いをしなくちゃいけないんだろう。今朝の占いのラッキーアイテムの納豆なら泣き泣きリュックに詰め込んできたのに。くさいだけで幸せも早々に逃げ去っているではないか。こんなことならユウキ(護衛)を連れてくるべきだったのか。いや、それもそれで、物理的ないざこざの予感がするが。

 などと、苦笑の裏で悶々としていると、凛の方から唇が開いた。


「さきほど、教師に言われた」


「はい?」


「今日からは、下校時間までは保護者の付き添いは不要だと」


「まぁ、それが学校ってやつですからねぇ」


 ザグンッ! と大太刀がアイスケのスレスレで横切り、大地を砕いた。


「ひゃいいいいいいいいっ!」と頭からつま先にかけて戦慄が走った。


「解せぬッ!! あれほどの魔獣の襲撃もあったあとで、まだ魔法も未発達なお嬢様がこんな素性の知れない者どものッ、特にあんな危険種の不良まで含めた集団にたった一人で放り込まれるなど!! 私の手の届かぬ範囲にお嬢様がいらっしゃるなど〜〜〜!!」


 頭を抱え怨念深く絶叫する鬼を前に、アイスケはひくひくと片頬を引きつらせた。

 何だか恐怖を一周回って哀れにも見えてくる。


「おい、あの危険種のじゃじゃ馬はどこだ?」


 殺意満々にギラつく下目遣いで問われ、アイスケはギクリと背筋が凍りついた。


「あっ、あーっ、真琴は猫みたいにフラフラしてるヤツだからなーっ、登校してるかどうかも分かんねーやぁ! あはは………」


 冷や汗だらけの蒼白な笑顔で誤魔化すのがやっとだ。


「そうか…………もしまたお嬢様に近づくようであればその忌々しい手足を削ぎ落とそうと思っていたが…………」


 刀の平地をなぞるように撫でて、鬼は淡々と宣戦布告を語っている。


 どうやら我が幼馴染の真琴はおぞましい敵を作ってしまったようだ。まぁあの挑発的な態度と言葉遣いからすれば自業自得だろう。あろうことか、この美人な鬼さん相手におばさん呼ばわりしていたし。


「いいかアイスケ! こうなった以上不本意だが、私に代わって、お前にお嬢様の露払いを命じる!!」


 ビシッと大太刀の切っ先を指差すようにアイスケの額に突きつけ、凛は命じた。


「つゆ、はらい?」


「そうだ。この学園内でお嬢様につく悪い虫は、お前が一匹残らず叩き潰せ!!」


「そんな無茶な………」


「やれッ!! 悪魔の底力見せてみろッ!!」


「ひぃっ!!」


 シュッ! と頭上を切った大太刀に、アイスケは半泣きな悲鳴を上げた。


 そんなこともお構いなしで、凛は毅然とした態度で続ける。


「いいか? これほど危険極まりない状況の中でも、お嬢様は学園生活を楽しみにしていらっしゃる」


「あ…………」


 あの、食堂での満面の笑みが頭に浮かんだ。

 あの童心に帰るような天真爛漫な笑顔は、きっと今までにもない喜びの表現。

 自分にとっては当たり前の日常でも、あの子にとっては、何もかもが初めての冒険なんだろう。


「正直私は入学自体反対だった。お父様………理人りひと様も許可されたが、実を言うとまだ様子見といったところだ。もしここがお嬢様の身を滅ぼすような危険区域と見なせば………私は無論、理人様も易々と見過ごすわけにはいかない」


「………………」


 確か、ひまりが父からの許可が下りたと聞いた時、彼女は「何とか」と、苦笑を漏らしていた。あの小さな笑みに混じった「苦」は、彼女自身も覚悟しての顔だろう。


 それもそうだ。あの子は魔獣に狙われやすい特殊体質だけじゃなく、「煌」という姓を持つ以上、悪魔も含めたこの世のよからぬ外道に、金銭目当ての賞金首狩りや、騎士団を敵とするテロリストや反逆者の魔の手がいつ伸びてくるかも分からない。現に今、不穏な事件は起きている。


 そして何よりあの子は、未熟だ。


 凛は、アイスケの苦悩の色に染まった表情をまるで見透かすように見下ろし、静かに大太刀を鞘に収めた。


「それでもお嬢様はおっしゃった。星ノ木で、強くなりたい、と」


 アイスケは目を見開き、顔を上げた。


「あの時のように心の闇に囚われぬように、そして囚われた人々を助けられるように、強くなりたいと。ご自身の光で、人々を照らし、笑顔にさせる。そんな勇者になりたいと、今まで見たこともなかった強い眼差しでおっしゃったのだ」


 武者震いのような感極まった震える拳を握って、凛は言った。


「私は、そんなお嬢様の夢を、あれほど強い意志で固めた夢を、無下にはしたくはない。お嬢様が望む道を、私の光で照らして差し上げたい」


 小刻みに震える肩を、己の手で強く抱いて、凛は述べた。


「お嬢様を笑顔が、私の生きがいだからな」


「凛さん………」


 やっぱり凛さんは凛さんだ、と、アイスケは胸の内で呟いて、安心するような、誇りに思うような、そんな輝かしい気持ちになった。


「…………と、いうわけだ」


 感動モードは名残惜しくも終わりのようで、凛はいつもの険しい表情に戻り、ビシッと今度は人差し指をアイスケに突きつけた。


「お前には、お嬢様の露払い、さらに、お嬢様が学園生活に早くも馴染み、笑顔で満喫できるよう、学園の案内役も命じている。いいな!」


「はっ、はいっ…………て、即答しちゃったけど」


「何だ?」


「何で、俺なの?」


 きょとん、と首を傾げると、凛の方まで、ぽかん、と呆然に目を開いている。


 自分は確かにひまりと友達になったが、凛のいう露払いなんて役割を果たせるほど、屈強なボディガードでも手練れな魔法使いでもない。大変不本意だが、真琴の言う通り、最底辺のDランクである。

 一昨日言い渡された学園案内役も、ラム曰く凛の希望、いわば彼女からの指名だ。


 本当に、そんな大役を自分が引き受けていいものなのか。


「へ?」


 何だか、いつの間にか殺気のオーラが収まっているような。


 凛の顔が、熟したリンゴのように赤くなっているような。


「っ、る、か、ら………」


「ん? 何て?」


「お、まえにはっ! 恩がある、からっ…………ほ、他の連中よりはっ、信頼、でき、る………」


 耳まで真っ赤にして、眉を下げて、ふやけそうな緩い表情を隠すように猫みたいに顔に手を当てて、凛は辿々しく言葉を紡いだ。


 にっしっし〜、とアイスケは息を漏らして笑う。


「凛さん照れるとか〜わいぃ〜ねぇ〜」


 ブチッ、と鬼のこめかみの静脈が怒張した。


「馬鹿にするなぁぁあああああッ!! 貴様は黙ってさっさとお嬢様をご案内しろぉぉおおおお!!」


「ひぎゃああああああああっ!! 仰せのままにぃぃぃぃぃっ!!」


 再び抜かれた大太刀を前に、アイスケはガチ泣きの悲鳴を上げた。


 そういえば占いで、ハメを外すと落とし穴に嵌るとか言ってたな、と思い出して。


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