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第三十三話 蝮の王子、襲来!

「お〜いベリー? ベリーちゃぁ〜ん? おいコラさっそくパンツ捲んな」


 公共の場でニヤニヤといちごちゃんのフィギュアを怪しい意味で堪能するベリーに、先輩の鷹尾はげんなりと呼びかける。


 えへっ、えへっ、と当の本人はブラまで手にかけている末期状態。


 はーっ、と鷹尾は深いため息を吐いた。


「そっかそっか〜、ギャルゲーオタクのベリーちゃんはリアルに興味ないからなぁ〜、もう合コンに誘う必要もないわけですなぁ〜」


「え!?」


 がばっ、と首がもげそうな勢いで振り向くベリー。


「あ〜あ、この事件が解決したら、祝いに女子大生との合コン開こうかってダチと話してたんだけどなぁ〜」


「女子大生!!」


「聞いたところスレンダーな美人モデルも参加するとかな〜」


「スレンダー!!」


 わざらとらしくも男の好物なキーワードを強調する鷹尾に、ベリーはまんまと食いついた。


「行きます行きますっ!! 僕は二次元も三次元もこよなく愛する雑食ですから!!」


「自分で言うねぇ」


 にひっ、と鷹尾は愉快げに笑う。


 二人が出会ったのも高校時代の合コンがきっかけで、女好きという同類な人種から、打ち解けるのにもそう時間はかからなかった。むしろ二人は爛れた生活方向へと急激に加速し、成人してからは、キャバクラやガールズバーにも共に足を踏み入れるなど、今や二人揃って女たらしの不良騎士という悪名を馳せている。

 ちなみに両者とも、一途のいの字も飲み込めない浮気性でだらしない腐った性根から、二十代半ばにして女の子にはフラれまくりの「どクズな男」のレッテルを貼られている。特に鷹尾は、二股がバレて大衆の場で往復ビンタされた経験も数知れず。


「まー、そういうことだ。お前もあんま気負わねーで、あとのご褒美のこと考えてやる気出していこーぜ」


「ご褒美………えへへ」


「上手くいきゃピチピチのモデルちゃんと仲良くなれるかもなぁ?」


「ピチピチのモデルちゃん…………へへぇ」



「何がピチピチだってぇ?」


 

 その、全神経が凍るような冷ややかに這い寄る声に、二人のにやつきがフリーズした。


「げっ………」


 鷹尾は青くなる。


 騎士団本部の廊下に、白衣の悪魔が出現した。

 全身を渦巻くドス黒い霧。ディアボロスに加えて蝮の一族アスモデウスの超猛毒の混じった瘴気を纏い、紅い眼球を剥き出した、天性の両統、ディアボロス家の次男、黒野 ラムの襲来だった。すでに瘴気に侵された壁が蝋燭みたいに溶け始めている。


「まっ、蝮の王子………」


 鷹尾はラムを二つ名で呼び、ベリーの肩に回した腕を秒速で引っ込める。


「ラム! 来てくれたんですね!」


 一方でベリーは弟を前にぱぁっと目を輝かせ、一目散に駆け寄った。


 ラムは兄を目前にすると、瘴気を背後へ払ってにこりと笑った。


「事情聴取する教員の中でお前が代表で来ると聞いた時は心配でしたが………来てくれてよかったです」


「もちろん。兄さんも大変な時なんだから、新薬のマウス実験の真っ只中で研究室から引きずりだされても殺意抑えて来たよ」


「ランちゃん〜〜〜〜! 何ていい子なんでちゅかぁ〜〜〜! えらいでちゅねぇ〜〜〜〜〜! あ〜〜かわいいぃ〜〜!」


「へへへ」


 ベリーはふやけたように笑って、愛弟の頭と顔をわしゃわしゃと撫で回した。


 その愛弟も満更でもない顔。


「相変わらずのブラコンっぷりだなぁオイ………」


 本部の廊下で大の男が二人、飼い主と愛犬みたく熱烈なじゃれあいを晒しているカオスな光景に、鷹尾は凍りついた苦笑を張り付け、忍足で後ずさった。


「あぁ、俺、先輩に挨拶してくるね」


 刹那、ラムは虚空に消えて、光速で鷹尾の方へと肉薄した。


 空間移動テレポート。その使い手のほとんどは宝坂一族だが、稀に加護を持たずとも会得する異才も世界では知られている。


 カッ、と紅く煮えた眼球が、瞼を裂けんばかりに瞠った。


「おいこのチャラ。テメェ毎度毎度兄さんをいかがわしい場所に連れて行くんじゃねえよ不良騎士が」


 奈落の底から這い上がるような低い声で、白衣の悪魔は名家の騎士に唸った。


 敵の心臓を睨み据えるような殺気膨れる眼差しに、鷹尾は笑みも崩れて身じろいだ。


「そもそもテメェのせいで純粋で可愛い兄さんがタラシになっちまったんだ。姑息な手使って手懐けて、どこの馬の骨かも知らない女どもと遊ばせやがって………」


「いっ、いやでもあいつも喜んでるし………純粋って歳でもねーだろ………それに俺は、あいつのことを冗談抜きで可愛い後輩だと思ってる───っ!」


 ひゅっ、と鷹尾の息が喉奥に張り付いた。


 その、首筋に、白衣の悪魔が紫じみた注射針を添えている。まるで当然の挨拶と言わんばかりの、躊躇ない動きで。


「勘違いしねえように言っておく。テメェがどれだけ手懐けようが、兄さんは俺のものだ。兄さんは俺だけのカナリアだ。俺の手の中でしか生きられないんだよ、可愛い可愛い哀れで弱い兄さんは………いひひぃっ」


 奇声にも似た上擦った笑い声を漏らした。

 それも一瞬。また、紅い目で鷹尾を見据える。


「それでも俺と兄さんの間に土足で踏み荒らそうってんなら…………この両統の猛毒で生き地獄味わわせてから殺してやる」


 鷹尾はしばし呼吸を止める。


 冗談めいた脅しではない。そのまま注射針を突き刺すことに何の躊躇いもない、濁りのない先鋭な殺人予告だ。


 瘴気を払ったのも、小声で話すのも、はち切れそうな殺意を僅かな冷静さで包んでいるのも、すべて、後ろで健気に首を傾げる兄のためだと、そう目の前の仇敵に知らしめるように。


「ラム? どうしたんです?」


 ベリーの子供のような問いかけに、ラムは注射器を白衣の裏に潜めて、まるで仮面が剥かれたようににっこり笑顔に変貌した。いや───この笑みを仮面と呼ぶのが、相応か。


「鷹尾さんに、兄さんのことよろしくって伝えておいたんだ。それじゃ兄さん、俺呼ばれてるから行くね」


 瞠目する鷹尾をよそに、ラムは廊下を闊歩すると、すれ違いさまに愛しい兄の額にキスをした。


 ははっ、と鷹尾は乾き切った笑みを浮かべる。


「ほんっと、やべー家族…………」


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