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第三十一話 調査部隊の王子と下僕

 飴玉の棒切れ。チョコレートの銀紙包み。クッキーの空箱。

 調査部隊会議室のゴミ箱には臨時隊長のお菓子タイム満喫の物証が山盛りだ。

 まさに今も、整列した隊員の前でパキパキと無機質な音を鳴らしながら、大きな板チョコをかじっているその男、黒野 バニラ。

 童顔で小柄の彼の口端についたチョコを、二メートル近い巨体の後輩が屈んで拭ってやる絵図は、「王子と下僕」とも思わせれば、「大きなお兄ちゃんと中学生の弟」に見えなくもない。と、おそらく九割の隊員が窺っていただろうが、別名「鬼畜王子」相手にそれを口にする向こうみずはここにはいない。

 しかし、魔法学生時代からの腐れ縁の後輩、柴 八太は、この重い空気の中沈黙に寄り添うほど消極的な男でもなかった。


「あのぅ………先輩…………屍食鬼グールの一件、突撃部隊に丸投げしちゃってよかったんすか? かなり手っ取り早い手柄になると思うんすけど………」


 屍食鬼グールの禁術の入手ルートは、裏サイトをハッキングさえすれば赤裸々に暴ける。特に情報処理能力に優れたオペレーターの多い調査部隊にとっては、赤子の手をひねるといってもいい得意任務だ。

 だが、数分前にバニラは、その案件を突撃部隊隊長の宝坂 鷹尾に顎でしゃくって押しつけた。ちなみに鷹尾は五つ年上の先輩だが、バニラの辞書に礼儀という概念は母の腹の中に置いてきたようだ。


 噛み砕いた板チョコを飲み込んでから、バニラはバチン、と反応を示すように小さな火花を鳴らした。


「手っ取り早すぎて興が醒める。生臭なまぐせぇ雑魚集団相手なんかとっととくれてやるよ」


 ひぇえ、と八太は顔を渋めた。


「代わりに魔法研究機関での過去の人工魔獣発明の詳細を暴くって…………あそこの人たち、息をするように嘘つきますよ? そこをバニラ先輩が尋問するって…………ああもう血祭りの予感しかしないっすぅぅ」


 ハッ、とバニラは鼻で笑う。


「安心しろ。ごうも……尋問は俺の得意分野だ」


「今拷問って言ったっすか!? 駄目っすよここ魔界じゃないんすからぁ!」


「尋問だってんだ。相手の息つく暇もなく攻めて、攻めて、攻めまくって、弁解の余地も与えねーで壁に追い詰められた小鹿みてーにビクビク震える怯え顔…………ぽっきり心折れてゲロった時の絶望に満ちた目…………ククッ、最高にそそる任務だなぁオイ」


「せんぱーい! 先輩って一応ヒーローっすよね!?」


「………………………ああ」


「いや今完全に自分の職務忘れてなかったっすか!? ドSモード満開のおぞましい脅迫状読み上げてたんすけど先輩!! っていだだだだだだっ!」


「うるせーポチ太。キャンキャン鳴き喚くな」


 バニラの上に伸ばした手が八太のほっぺたをつねって、そのまま餅のように引っ張った。


 この絵図も、調査部隊には恒例と化した光景である。


「バニラ隊長」


 一人の女性隊員が手を上げて発言する。


「柴くんの言う通り、研究者たちが暴走する危険性もありますが………」


「それこそ本望だ」


 はい? とバニラの言葉に隊員たちは目を瞠る。


「そもそもファイアドレイク誕生の研究は不可解な点だらけだ。あれほど大規模な上級魔獣を生みながら騎士団から報酬だけガッポリもらって、当の発明者本人も名乗りでねえ。今も生きてるか、死んでるかすら不明だ」


「やはり…………研究機関は今回の事件と関わりがあると………」


「十中八九な。奴らは胡散くせー笑顔の下に隠してんだろうよ、勇者サマも欺くぐれーの機密情報をな」


 にやり、とバニラの頬が歪んで、紫紺の双眸に狂乱な獣の如く光が宿る。


「だったら暴くだけだ。きなくせぇ研究所で攻めて、逆上して手が出たら現行犯で取り調べ室行きだ。逃げ場もなくして骨の髄までしゃぶって吐かせてやる」


 ごくん、と隊員らは固唾を飲む。


 そのあくどい笑みは、騎士というより、騎士の腕章を着飾った悪魔そのものだった。


 だが、最凶の彼の言葉にはやはり人の胸を突き刺し、そのまま心臓を鷲掴むような狂気的な圧があったのだ。


「っつっても令状なしでの強行突破はお堅い人界にはタブーだったな。あー、アポ取んのもめんどくせー………」


 バニラは天を仰いで嘆息し、もつれた絹糸を漁るみたいに銀髪を掻き毟った。


 同じくグシャグシャになった本日三個目の板チョコの銀紙を、山盛りになったゴミ箱に乗っかるように放り込む。


「まー………それと、一応言っとく」


「あいだだだだだだだっ!!」


 もう一度八太の頬肉をつねりながら、バニラは言った。


 誰一人とも視線を合わせず、笑うこともなく、怒ることもなく、ただ、淡々と。



「お前ら………今日は助かった」



 ぽかん、と周囲は口を開けて唖然とする。


 サディスティックな棘を纏う悪魔で王子で鬼畜なバニラの、視線を逸らす子供のような顔は、ただ単純に、「調査部隊隊長」としての面目を呈していたのだ。


 感謝とか、お礼とか、そんなまっすぐとした気持ちも感じさせない、ひん曲がった不器用な、「ありがとう」の言葉。


 だけどそれこそが、悪魔で騎士の、現隊長に似合わしい在り方だろう。隊員らの唇が小さく綻びる。


「せっ……せんぱぁい………」


 八太は感情を堪える大型犬のように体を震わせたかと思うと、


「せんぱぁぁぁぁぁい!! ツンデレっすねぇ!! 可愛いっすねぇっ!!」


 感無量を全身で表現するように号泣し、頭二つ分小さい先輩の体をすっぽり抱きしめて、銀色の髪の毛にスリスリ頬ずりした。いや、スリスリというより、ゴリゴリ。


「おいコラッ!! ポチ太離せ!!」


「八太っすぅ!! 先輩マジで可愛いっすねぇ!! えらいっすねぇ!! こんなにちっちゃいのに隊長に任じられて………あんなひどいこと言われてもお仕事頑張って…………いい子いい子っすぅぅぅ〜〜〜!!」


 柴 八太は、小さくて可愛いものに弱い。

 そして、熱を上げれば危険を顧みないほど冷静さを失う。 

 そういえばそんな向こうみずだったな、と隊員らは一歩、一歩後ずさりながら声に出さなくとも呆れただろう。


 バチンッ、とバニラの額に静脈と火花が浮かび上がって、


 本日二回目のスパーク音が、犬の悲鳴のような断末魔と一緒に響き渡った。


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