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第二十九話 不穏な風

昨日さくじつの午後一時三十二分に、星ノ木学園にて上級魔獣ファイアドレイクが出現した。同日の早朝、本部の禁書庫に何者かが侵入し、禁書が盗まれている。同時に、学園と本部の防犯システムも破壊され、今現在、犯人の痕跡も見つかっていない」


 マイクに口を寄せ、氷室は淡々と議題を述べる。


 どのような窮地にも狼狽の色を見せない。冷静を衣服のように纏う彼は、新米から古顔の騎士たちにも一目置かれる存在だ。


「昨日の夜までに集積した情報を、部隊の隊長らが報告しろ。まず、突撃部隊隊長、宝坂ほうざか 鷹尾たかお


 「はい」と、榛色はしばみいろの髪と瞳の若い男が、列の先頭から一歩踏み出した。


 ボディスーツ越しからよく伝わるような、筋肉質で猛々しい風貌だが、表情に締まりはなく、雄壮が空回って遊び人のような放埒も感じさせる。


 だが、天性血統、宝坂一族は、先祖代々煌一族に仕える時空間魔法の手練れ。鷹尾は、魔法使いの中でも指折りの由緒ある名家の次期当主候補との声も挙がる侮りがたい男だった。


「まぁ、これは皆さんもご存知でしょーが? 同じく昨日の午前に、B地区にて屍食鬼グールの禁術が放出されましてね。ま、指一本でも食われる前に俺がぶっ潰しときましたが、これまた術者が捕まらなくてですねぇ」


 小型マイクから、鷹尾の鷹揚とした声が響いた。


 司令塔から見下ろす氷室が眉をひそめる。


「悪魔の変種、屍食鬼グールか………しかし、全国の支部でも盗まれた報告は上がっていないが」


屍食鬼グールはマニアもわんさかいます。おそらく裏ルートで手に入れたものかと。禁術を用いて無差別に人を狙う………今回の事件との同一犯の可能性が高いですねぇ。それも、半日にも及ばない短時間でこれほど大規模な被害からして、複数のテロ組織が関わっているかと…………だよなっ? ベリー!」


「鷹尾先輩!! そこは僕に振らないで下さいっ!!」


 ガサツに後ろを振り返った鷹尾に、ベリーが母親のような叱咤を飛ばした。


 ゴホン、と上の氷室は低く喉を鳴らした。


「同一犯と断定するにはまだ早いが、その裏ルートは即刻洗い出せ。突撃部隊は、調査部隊と組んで主にテロ組織の解明を心得よ」


「はいはい」


「先輩!! はいは一回です!!」


「はぁ〜い」


「ハァ…………」


 名家の騎士の後ろで、魔王の子が頭を抱えるという、何とも混沌な光景が大衆の場で晒されていた。


 鷹尾は悪びれる様子もなく、怠惰なあくびをする。


「次。警備部隊隊長、海凪みなぎ まもる


「はい」


 水竜の形態をした鍔の聖剣を携えた、聖騎士の守が潔く返事をした。

 普段より一層心根の生真面目さが顔に滲み出る守は、司令官も含め、上層部からの信頼も厚い。

 

「昨日の早朝、午前六時十七分、この本部の防犯システムが何者かの手により破壊されました。警備室の騎士らは、催眠術の魔法にかけられ、無傷で眠らされたと、伏見ふしみ隊長から聞いております」


「催眠術………ヒプノミラーか? 伏見ふしみ しのぶ


 ボディスーツも鎧も拒絶して、一人白衣を羽織りげっそりとやつれた男、伏見ふしみ しのぶ


 その死んだ魚のような目からは想像できないが、彼こそが第三次魔人戦争だいさんじまじんせんそうで何度も生死の狭間を駆けて生き抜いた、回復部隊隊長だ。騎士と同時に医師免許も持ち合わせ、かつて戦争時代、数多の心肺蘇生を成功させてきた「神の手を持つ者(ゴッドヒーラー)」の異名を持ち、その名は最も悪魔に嫌われていたという。


「おねんねしちゃった人たちの全身を診ましたけど……ちなみにボク夜勤続きで昨日が唯一の休息だったんだけど…………脳のACC(前帯状皮質)が急激に抑制されてただけで、たんこぶ一つできてませんでした。残念ながら事件時の記憶も吹っ飛んじゃってるけど………幻術にかかるほど大脳にダメージは見られなかったですし………ヒプノミラー、またはヒプノシス持ちの犯行かと…………ああ、もちろん、一ミリの魔障もなかったので、悪魔との関わりもないでしょうねぇ………」


 ぼそぼそとほぼマイクの力量に頼って喋る伏見は、最後にちらりとベリーの方へ目をやった。


 目が合ったベリーは戸惑いがちに、ぺこりと小さく頭を下げる。


 氷室はマイクに近づき、打ち据えるように言い放った。


「警備部隊は町の警備体制を一層厳重に敷くよう。特に星ノ木学園周辺を怠るな。あそこには今、ひまり様が通われていらっしゃる」


「はっ!」


「それと各警備室に、ヒプノシスに強い念力(サイコキネシス)持ちの隊員を配置させるように」


「承知!」


「回復部隊も町の巡回に人手を足すように。それと伏見。お前はしばらく病院勤めは休職し本部に残れ」


「え、やだ」


各々(おのおの)、体調管理を徹底するように」


「いや、ボクの体調が心身ともに危ういんですけど………」


「勇者様が不在の今、神樹ヶ咲の安泰は我々の手にかかっている」


「お〜い、怜ちゃ〜ん、聞いてるぅ?」


「黙れ伏見」


 同期の甘えた声も光速で散らす氷室。


 どこか、張り詰めた空気に不穏な風が吹きつつあった。


 声はなくとも、皆目線だけでざわめいているようだ。


 垂れ込める雨雲のように暗い表情の騎士たちに視線を巡らせ、司令官の氷室は一人の男に目を止めた。



「そろそろお前の意見を聞こうか…………調査部隊臨時隊長、黒野 バニラ」

 


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