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第二十六話 泥沼関係、混沌!

 小さな悪魔の逆鱗に、真琴は毅然とした様子で、ジト目で睨み返した。


「うん? 聞いてた? ボクとひまりちゃんは清きお友達になったんだ。それを近づくなとかキミが指図する権利なんてないよ」


「ぐっ………お前の場合は下心見え見えだってんだよッ」


「だとしたら何だい? ただのお友達のキミが、この子の恋愛事情まで口出しする必要があるのかい?」


「そ、れは………」


 ふふん、と真琴は鼻を鳴らして、


「妬いているのはキミの方だろ。チ・ビ・ス・ケ」


 ぐぬぅぅ〜っ! とアイスケは痛いくらいに歯を軋ませた。



「アイちゃんッ!!」



 ふと、舞い降りた兄の声。


 瞬間、神速で視界に飛び込んだ兄のユウキが、半泣きの目で抱きついてきた。


「に、兄ちゃん! 大丈夫か?」


「お兄ちゃんは平気!! アイちゃんは!? 怪我はない!? 痛いとこは!?」


「だ、大丈夫だって」


「あ〜会いたかったよぉ〜〜〜っ!! ああもっとその可愛いお顔見せてぇ〜〜〜!!」


「ふぐぅっ!」


 声も裏返るほど感極まったように興奮する兄は、体が潰れるんじゃないかくらいの強い腕力で抱きしめて、動物の親子みたいに頬ずりしてくる。

 それだけならまだしも、ぶちゅーっ! と唇がほっぺたに吸い付いてきて、公共の場でのいちゃつきを晒された。家だったら慣れっこだが、困ったような微笑を漏らす二人の女の子を前に、アイスケは何だか小っ恥ずかしくなってユウキの顔を押し返そうとする。


 だが、力で兄に勝てるわけもなく、全身を抱き枕みたいに揉みくちゃにされていると、フッ、と頭上から影が落ちてきて、


 凄まじい足蹴りでユウキが吹っ飛ばされた。


 やっと体が解放されたかと思うと、背中と膝裏を抱えられ、今日で二度目のお姫様抱っこをされてしまった。

 燃えるような赤髪が視界に広がる。

 幼馴染の不良少年、緋色だ。

 相変わらず目つきの悪い無表情でこちらをじっと見つめている。


「ひーくんも………無事だった?」


「問題ない。もっと早く駆けつけたかったが、小舅の小言がうるさくて長引いちまった。悪いな、アイスケ。嫁のピンチだっていうのに………俺は………」


「いや、嫁じゃないからそこは責任感じなくて大丈夫だよ」


「そうか………やはり式を挙げてねえから不安にさせちまったな………」


「いや、そうじゃなくって………」


「十八歳になったら南国の無人島で式を挙げよう。毎朝俺のためにトロピカルジュースを作ってくれ」


「作れねーよ! えっ、何、そのままそこで住むの? 嫌だよ無人島で暮らすの。餃子食えねーじゃん」


「餃子か…………なら無人島にコックのおうさんを雇えばいい」


「誰!? さいさんなら知ってるけど………」


「昔に父親が雇っていた中華コックの王さんだ。今年で九十七歳になる」


「超老人じゃん!! えっ、いや、その三人で無人島に住むの!? カオスだな! もう餃子どころかサバイバルの中王さんの介護に奮闘する日々になるよ!?」


 ザッ! と地を蹴り上げたユウキが、緋色に右ストレートをかました。


 その間でボールみたいに跳ね上がったアイスケは、再び兄にキャッチされて抱かれる。


「ふっざけるな………アイちゃんも王さんも俺のものだ!!」


「えっ、いいの兄ちゃん!? 王さんの介護快く引き受けちゃっていいの!?」


「アイちゃんが望むなら、俺は老婆でも老爺でも引き受ける。それがアイちゃんのためなら!!」


「いや、俺そこまで王さんに思い入れないよ!? ………ってか知らねーよ誰だよ王さんって!?」


 緋色がゆらりと立ち上がって、犬猿の二人は目から火花を散らすよう睨み合った。


「お前に王さんの何が分かる!?」


「うるさい! アイちゃんも王さんもトロピカルジュースも俺のものだ!!」


 頭上で飛び交うアホの会話に遠い目になるアイスケ。


 ひまりは、愛されているのだと微笑んでいたけれど。愛って、人も悪魔もこんなに馬鹿にさせるものなんだなぁと、しみじみと感じてしまった。



「お嬢様ぁぁぁあああああああああああっ!!」



 疾風の如く勢いで走り来た、燕尾服の女。


 アイスケは、げっ、と思わず声を漏らした。


 嵐を呼ぶような、そんな不穏な予感が脳裏に過ぎったのだ。


 ひまりを強く抱きしめた、彼女の世話係、凛のすごい剣幕を見て。


「凛さん!! 大丈夫ですか!?」


「それはこちらの台詞です!! お嬢様こそお怪我はありませんか!?」


「はっ、はい! ひまりはへっちゃらです。たくさんの人が助けてくださったので………」


「遅くなってしまって申し訳ありません………その……」


 凛はバツの悪そうな顔になる。


「教師とはぐれた初等部の児童を、避難させていたところで………」


「え………」


 ひまりは目を丸くした。


「も、申し訳ありません! 本来ならば、お嬢様を優先すべきでしたのに………その………」


 凛はもごもごと心苦しそうに口ごもる。


 ぽかん、と呆気に取られたように口を開けるひまり。


「その子たちを………凛さんが助けたんですか?」


「は、はい………さきほど教師に引き渡しました………」


 凛は憂鬱そうに視線を落とした。


 傍らで聞いていたアイスケも、ちょっぴり驚いた。


 凛は、常にひまりを第一に考え、ひまりに害をなすものは、容赦なく斬り捨てるような、そんなあるじに一途な従者だ。

 その従者が、無関係の子供を先に手を差し伸べたという。

 よほど切羽詰まった状況だったのだろうか。

 アイスケは、長身なのに縮こまるようにして小さく見える彼女の背中を呆然と眺めた。


「…………凛さん、えらいです」


 しょぼくれた飼い犬のようにうつむく従者とは反対に、主のひまりは目を輝かせた。


「凛さんはいつも、ひまりのことばかりで………嬉しいですけど、ひまり以外の人には、興味がないのかなって、ちょっと、心配でした………」


 と、ほんの少し母性の含んだ眼差しで、ひまりは凛の赤茶色の髪を撫でる。


「でも、凛さんは目の前の困っている人を助けてあげた。やっぱり凛さんは優しい人です! 今日の凛さんは、学校のヒーローですよ!! なので、もっと誇りに思ってください!」


 英雄を見上げるように、ひまりはキラキラと満月眼の中の星屑を輝かせた。


「私は………お嬢様だけのヒーローです…………お優しいのは、お嬢様の方です………」


 一瞬涙を堪えたように目を瞑り、凛はひまりを胸に抱き寄せた。


 優しい力で抱擁する二人は、主従であり、血は繋がらなくとも、同じ環境で育った家族でもある。


(やっぱなぁ、あの二人を引き裂くことなんて、誰にも………)



「ねぇ、このおばさん誰?」



 二人の抱擁を引き裂く、毒牙のような言葉が響いた。


 は? と凛は凍てついた眼差しで、ネコミミの少女の方へ振り返った。


 声もすでに殺気が孕んでいるというのに、鬼の標的にされた真琴はふふん、と呑気に鼻で笑っている。


「あっ、あの………この人はひま……わっ、私のお世話係の、凛さんですっ!」


 このピリピリ張り詰めた空気にもひまりの頭はお花畑のようで、にこにこと、むしろ自慢げに紹介をした。


「お世話係………? ひまりちゃん、お金持ちなのかい?」



「無礼な! この方は、百二十四代目勇者 きら 理人りひと様の一人娘、きら ひまり様でいらっしゃる!」



 唖然と聞き返した真琴に、凛は刃物をかざすように言葉を振り落とした。


「勇者…………煌………」


 真琴は、一瞬表情を曇らせる。


 それは驚くだろう。自分が助けて惚れて口説いた小さな女の子の正体が、人類最強の勇者の娘と知ったのだから。


 それはもう、己の失態に後悔して真っ青になって弁解────するわけがないのだな、この少女は。


 むしろ、その瞳の光は燃えていた。


「これは失礼しました。凛さん、と言いましたね?」


「………何だ?」


 鬼執事に対して執事を真似た口振りで、真琴は言った。



「ボクはひまりちゃんに惚れましたっ。いずれ、勇者の娘さんをいただきに参ります」



 は? と凛はまたもやフリーズする。


(ま、真琴お前──────っ!!)


 アイスケの心の制止も届かず、真琴はほくそ笑んで、


「今のうちにお嬢様離れの覚悟をしておいてくださいね、世話係のおばさん?」


(あぎゃぐぉあぁあぁあああああああ!!)


 アイスケは心の中で奇声を上げる。


 頭上では兄と緋色がまだ王さんだのトロピカルジュースだのマンゴー食べ放題だのほざいているが、それどころではなかった。


 鬼執事様のこめかみに癇癪筋が走り、わなわなと小刻みに震えてながらひまりを地へ下ろし、大太刀の柄を掴むと、


「貴様ァァァァァアアアアア!! この煌家の執事に盾突くだけでなくお嬢様まで手を出そうとはッ!! 貴様こそ八つ裂きにされる覚悟はできてるんだろうなぁぁあああああっ!!」


 シュッ! と高速に居合斬りした大太刀は、真琴の笑みのあとにくうを切った。


「!?」


 風に掻っ攫われた真琴は、凛の背後でイタズラに微笑んで浮遊する。


「風速………! 貴様、危険種の風斬一族かッ!!」


「うん? 怖気付きました?」


「黙れ!! 危険種ならば容赦はいらん!! 絶対斬るッ!!」


 シュッ! シュッ! と二回空を切ったあとに、凛は回転してから斜めに突き上げた。


 ザッ! と真琴のフードが裂かれた。


 黒髪を逆立てながら、端正な顔を晒された少女は唇を一舐めする。


「やるなぁこのおばさん………気を緩めてたら首が飛びそうだ! ははっ」


「おばさん言うな!! 私はまだ二十七歳だッ!!」


「アラサーじゃん」


「殺すッ!!」


「りっ、凛さん!! 真琴さん!! やめてくださいぃぃぃっ!」


 ひまりの悲痛な叫びも届かず、終わったはずの戦場に二人の猛速な争いが開戦してしまった。


「あっ、アイスケくぅぅぅん!! どうしましょうっ!!」


 涙を潤ませたひまりが、兄の腕に抱かれるアイスケの方へ駆け寄って、その小さな足首をぎゅうっと握った。


 無人島での新婚生活の妄想をぶつけ合っていた残念な二人の男が、その現実に目を瞠る。


「何だこの女! 馴れ馴れしい………しかもアイスケも満更でもないような顔………」


「女狐めっ! 離せっ! アイちゃんを惑わすなっ!」


「ふぇぇぇん!! アイスケくぅぅぅん!!」


「ええいすばしっこい!! 待てこの危険種がっ!」


「あっはは〜! こっちだよ〜おばさんっ」


 すっ、と、アイスケは乾いた喉に息を吸い込んだ。



「おうちに帰りだいいいいいいいいいいいいいい〜〜〜っ!!」



 その悲惨な光景を前にしたココロが、ドン引いた顔で呟く。


「めっちゃくちゃ修羅場…………あの占い、ほんっと、当たるわね…………まっ、私にそれほど害はなかったけどっ」


 その背後から、牙を剥いた大食い悪魔が飢えた目を光らせて────


「ご飯足りない足りない〜っ!! がぶうっ!!」


「いっだああああああっ!! もおぉ〜っ!! やっぱマジ最悪ううううう〜っ!!」


 ガブガブと妹ユメカに頭を丸かじりされた姉ココロは、今日一番の悲鳴を上げた。



「誰か臭豆腐ちょうだああああああああい!!」



 ラッキーアイテムは常に持ち歩くべし。

 四つ子が、予想も裏切るほどの波乱な一日で学んだ教訓だった。



お読みいただき、ありがとうございます。


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