第二十二話 弱さと恥を知れ
ファイアドレイクの狙いは、自分だ。
横たわるユメカは、離れた方が安全と算段した。
ひまりは聖剣クラウ・ソラスを構えて、前方の群れに肉薄する。
右斜めに振るって、瘴気ごと吹き飛ばす。左斜めに振るって、煤を撒き散らす。
上下に振りかざし、頭を潰す。
光がなくとも、聖剣には瘴気を浄化する聖魔力が漲っている。
「!」
シャシャ! と死角からの闇討ち。
素早く剣を半回転させ、頭上の敵の喉を掻っ切った。
さらに前方から迫る舌を巻く鳴き声。
右足で地面を蹴って浮遊し、いなした。
着地と同時に、柄を握りしめ、一直線に刺突する。
切っ先が届いたのは、左の眼球だけ。
ゴゴゴ、と重い音が響いて、振り返ると、舌の上で瘴気玉を膨らませるファイアドレイクの群れ。
月詠さえあれば一発だが、ないものねだりでごねる暇などない。
己の無力さを少しでも縮めるためにも、群れに詰め寄り、聖剣を横にかざして群れの前を疾駆した。
瘴気玉は水風船が割れるように破裂して、舌の付け根も一緒に引き裂いていく。
剣を握る両手に重い痛みがのしかかった。
グッと歯軋りして、敵が見える視界の果てまで走る。
「はぁ、はぁ………」
汗が流れ、息が上がる。
ひまりは、目に映る光景に、恥じた。
群れは、最初の頃と比べても僅差でしか減っていない。
初めに斬ったのは数匹ほどで、不意打ちをかけたファイアドレイクへの反撃は、顔の一部に掠るくらいの、ギリギリの射程圏だった。
今なお、瘴気玉を潰しただけであって、群れを滅するほどの一撃すらまともに与えられていない。
心のどこかで恐れているのだ。この人外の敵に迫ることを。
ひまりは唇を噛み締め、剣を握りながら震える手を睨んだ。
『ひまり。お前は魔獣に狙われやすいうえ、未熟だ』
幼き頃に降りかかった、父の声が蘇った。
『お前は弱い』
(パパ………)
『強くなりたければ、自分の弱さを認めろ』
(そんなの、とっくの前に、分かってる………)
『目を逸らすな。己を見て、己の恥を知れ』
(………………ひまりは、弱い)
そうだ。剣を落として膝をついたあの時、父は言ったのだ。金色の光を纏う聖剣を突きつけて、勇者は言ったのだ。
悔しくて、悔しくて、今にも大声で泣き出しそうに震える自分に、英雄は言ったのだ。
『その恥から、学べ』
ひまりは再び、剣を振るった。
この震えは武者震いだ。そう自分に洗脳させて、もう一度肉薄する。
斬るのではなく、薙ぎ払う。
貫くのではなく、振り飛ばす。
道を開けろ! 前へ進め! 心の真ん中から叫んだ。
「はぁっ!!」
腹の底から、叫んだ。
背後の列に揺らめく黒い火。
本体を倒せば、終止符を打てる。
この身をもって、勝利してみせるのだ。
(弱くてもいい! 恥ずかしくてもいい!)
間合いを詰めて、クラウ・ソラスを右に捻る。
(でも、諦めたくない!!)
ザグッ!! と、聖剣は魔獣の心臓を一突きした。




