第七話 中学生はゴシップ好き
転校生の少女、ひまりが名を名乗り、上品なお辞儀をしたあとで、教室は夜の森みたいにざわめいた。
「煌」の姓。それを知らぬ者は世界を隈なく探してもいない。
満月を閉じ込めた瞳が、その血統を明明と証明していた。
「皆さん、もうお気付きでしょうが…………」
百合子先生がひまりの肩に手を添える。
「ひまりちゃんは勇者、煌 理人様の娘さんですわ。しばらくは町外れにいらっしゃいましたが、この度、皆さんと同じクラスメイトになりますの。仲良くしましょうね」
百合子先生は幼稚園の先生みたいに優しく言うが、生徒らはまだ驚きを隠せていない。
特に、悪魔の四つ子は凍った人形のように瞬きもせずに硬直していた。
「ひまり、ちゃん…………」
「あっ……アイスケくん!」
ひまりがアイスケを見た途端、まるで飼い主を見つけた子犬みたいにぱあっと目を輝かせた。
「まぁ! アイスケくん、お知り合いでしたの?」
百合子先生が目を丸くして、クラスメイトもアイスケに視線を集めてざわついた。
「まー、ひょんなところで出会って………」
さすがにシャドウの件については極秘なので、アイスケは笑って言葉を濁す。
「はい、ええと………」
ひまりは突然言い淀んだように唇を結んで、ぽーっと熱で火照った子供みたいに顔が真っ赤になる。
あっ、あぅ、としどろもどろに唇を開いて、
「アイスケくんは…………私の、初めての人なんです!!」
教室の全員が噴いた。
かぁっ! とこっちも釣られて赤くなる。
「アイスケ!! どういうことだよ!?」
「あんな可愛い子と………」
「アイスケのくせに生意気だぞ!!」
「魔性の幼児めっ!!」
「うるせ──────っ!!」
堰を切ったかのように次々と声が沸き上がった。
中学生のゴシップ好きはズルズルと後を引くのでかなり面倒くさい。というかアイスケのくせにって何だ。心を抉るほどの差別発言じゃないか。
そしてユウキ。殺気と共に瘴気まで振り撒くのは危険極まりないからやめてくれ。
「どっ、どういうことですのアイスケくん!?」
百合子先生まで切羽詰まってるし。
「いや、みんな、違うって、誤解しないで………」
「責任逃れする気か!?」
「だぁ────っ! 違う!!」
ヤケクソになって髪を掻き毟る。
こてん、とひまりは小鳥のように首を傾げた。
「ですよねっ、アイスケくん?」
「へ?」
「初めての、お友達ですよね!?」
「あ…………」
刹那、教室の張り詰めていた空気がふやけたものになる。
「だろうと思ったけどね………」
「ね〜?」
姉たちは察したような顔で頬杖をついている。
それはともかく、ビキビキとツノを怒張させる兄の怒りは如何して収まるのか。
「な〜んだ、友達かよ」
「はは、ウケる」
「やっぱりな」
クラスメイトたちもしらけた笑みを浮かべる。
やっぱり、の一言で片付けられるなんてそれはそれで不本意だが。
「先生も安心しましたの………」
百合子先生もほっ、と息をついて、改めてひまりの方に目をやった。
「アイスケくんの隣の席が空いてるので、ひまりちゃんはそちらに座ってくださいの」
「はっ、はい!」
ユウキ。般若の形相で彼女を睨むのも勘弁してやってほしい。
確かに隣の席とはあまりにベタな展開だとは思うが。
なるほど。朝から謎の存在感を放っていた隣の椅子のチャイルドシートは、ミニマムサイズのお嬢様への気遣いだったのか(人のことは言えないが)
「し、失礼します」
数多の視線を四方八方から浴びながら、ひまりは遠慮がちに席に着いた。
アイスケはそっと囁く。
「パパから許可が下りたんだね」
「はい………何とか」
「凛さんは?」
「ついさきほどまでずっと一緒で………何やら、悪い虫がつかないよう見張り続ける言ってとついてこようとしていたのですが………さすがに教室までは無理なので、校内の来客室で待ってもらっています」
「はは………相変わらずだね」
「はい。こんな綺麗な学校に虫なんていないでしょうに」
「あ、そういう意味じゃ………」
「ふぇ?」
相変わらずなのはひまりの方もらしい。
それが却って、安心した。
またこの子に、友達に再会できたことに、胸が躍った。
嬉しいと叫びたいのを、本当は必死に抑えている。
「それがひまりちゃんの聖剣か………」
白い剣を見下ろして、アイスケはごくりと固唾を飲んだ。
この子の夢が、最初の大きな一歩を踏み出したのだ。
「似合ってんじゃん」
「ありがとうございます」
照れくさそうに頬を染めるひまりは、その後ろの般若と、ジト目で見る二人の少女と目を合わせた。
にこっ、と爽やかに微笑む。
「お兄さん! お姉さんも! よろしくお願いしますね!」
「だから貴様にお兄さんと呼ばれる筋合いはなあああああああいッ!!」
般若の沈黙が破られ、口から噴火の如く怒声が飛んだ。




