事実はホラーよりホラーなり
上手くホラーらしく書けたでしょうか?
いよいよ、完結編です。
栄の下宿している部屋は、昔から母と泊まっていた、例の箱階段を上った二階部屋であった。
残念ながら、こんな夜は、脳が興奮状態なのか、なかなか眠れないのだ。
それでも、やっと、朝方になってフワリと眠りについたようだ。
ここは、幕末の京都? ……のようである。
それも、祇園のようなところで飲んでいた。
どうやら栄は、どこぞかの脱藩浪士のようで、長い間の流浪生活にやさぐれてしまっている。
今夜は仲間の一人が、どこからか飲み代を調達してきたようで、運良く宴の末席に紛れこめた。……どうせ、真っ当な出所の金ではないのだろうが。
それでも、飯にありつけるのは有難いことだ。しかも、酒が飲める。
暫くして、皆の気分が一様に良くなった頃、急に外が騒がしくなった。
「新撰組だ! 御用改めである 」
その声に、仲間達は慌てて脇差に手を掛けたが、……もう遅い。
酒が廻って足元がふらつき、まともに闘えそうになかった。
そういう栄も、元来、酒に弱すぎる性質なのだ。
それでも、必死に逃げようと応戦しながら外へ向かうが、全く歯が立たなかった。
新撰組の隊士の一人にがっちりとマークされ、全く移動することができない。
しかも、栄の振り上げた刃は、ことごとく宙を斬る。
もう絶対絶命だ!
ガツン! ……栄の振り下ろした剣先にやっと手ごたえがあった。
「何をしておる。わしは柱ではないぞ、……」
そう言うと、切れ長な目をしたイケメン隊士が栄を嘲笑った。
「あちゃ、 やっちまったぜ! ……フハハ」
さすがに夢だ。伯母のように、妙なところでボケをかましてしまう。
だが次の瞬間、栄は、一刀両断にされてしまったのだった。
……恐ろしく気持ちが悪く、今、思い出しても怖い夢だ。
変な話だが、栄は昔から妙に生々しい、ストーリー性のある夢を見る。
また時々、昼日中でも怖い話を聞くと、目を閉じて見開いた時に、一瞬、その登場人物の映像が、浮かび上がるように眼前に現れることがあった。
……どうやら、怖い話を映像的にイメージしてしまう傾向があるようなのだ。
それは、霊感等ではなく、どちらかというと、脳が何らかの目的で、そういう映像を映し出しているような気がした。
どちらかと言うと、〝暴走する想像力″という感じで、むしろ、精神的に問題があったらどうしよう? ……そんな風に心配しているぐらいだ。
『あの脇差の真中辺りにあった、丸くて赤い、血の様な錆は何だろう? 』
そんな疑問に突き動かされ、栄の脳は情緒不安定になり、こんな夢を創造したのではなかろうか、……そう思うことにした。
慶君のお通夜でのことである。
久しぶりに集まった親戚達と寿司を食べた。
「かわいそうやね。……まだ、二十七歳でしょ。これからやのにね」
慶君は、友達のお通夜に行った日の夜遅くに、仕事の都合で急いで家に帰る途中、乗っていた車がトラックと衝突して亡くなったそうだ。
嘘のような、本当の話なのである。
「そう言えば、あの刀はどうなったん? 」
何故か思い出した様に、親戚の美枝伯母さん(母の二番目の姉)が話題に持ち出した。
「あぁ、あれ、……やっと一週間程前に売れたんよ」
「えぇ? あんなおっかない品物売れたん! 凄いやん」
それ以前に、栄にとっては、まだあんな物騒な物を持っていたことの方が凄いことだ。
「骨董品屋、何軒も声かけて、長いこと掛ったけど、やっと売れたわ、……なんか肩の荷が下りたって感じやわ」
「そう言うたら、銘はいいもんやって言うてたねぇ、……」
「そうそう、あんなボロに見えるけど、よう切れるんよ! ……一度、慶君が遊びに来た時、あの刀を抜いて、庭で伸び放題になってる〝蘇鉄″の葉を切ったことがあってね。面白がって振り回したら、ちょっと、刃が触れただけで、バッサバッサ……って、よう切れてたわ」
「ひゃア、……怖い話やね。……何か、この家から出て行くついでに、慶君が連れて行かれたみたいやなぁ。……」
『やめろ、……止めろ、……ヤメロ! 』
思わず、耳を塞ぎそうになる。
背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
また、余計な想像力が膨らんで行く。……嫌な夢を見るかもしれない。
そう思うと、居たたまれなくなった。
思い出の中の慶君は、目が大きく、どことなく小動物のような可愛らしさのある少年だった。
家庭教師として教えていた頃には、勉強を教えるというよりは、なんとなく雑談が多く、学校での話を聞かされている感じだった気がする。
それに、教えると言っても、まだ中学一年生のことである。簡単な英語や、数学のほんの始まりの部分を教える程度で楽勝だった。
……むしろ、良昌叔父さんにバイト料をもらうのが、申し訳なかったぐらいだ。
慶君の部屋へ行くと、大好きなアイドルや、アニメのポスターが貼ってあって、今時の中学生の間では、こういうものが流行っているのか、……と、知ることができて新鮮だった。
ある日、社会の勉強のついでに、歴史好きな栄は、慶君に、自分の父方の田舎に伝わる話を聞かせた。
それは、父方の本家が、関ヶ原の落人が隠れ住んだ山村にある。……という言い伝えだったが、
「なぁ、……何となく、ロマンがあると思わへんか? 」
栄がそんな風に言うと、慶君はイタズラっぽく、
「……どちらかと言うと、めっちゃ怪しい話やと思うけど! 」
と笑った。
その時の、少年らしい屈託のない笑顔が忘れられない。
思えば、既に大人になっているはずの慶君の顔が、栄の中では、今もその頃のままで凍結されている感じなのだ。
言わんこっちゃない。……また、栄の想像力が暴走した。
通夜の食事の後、また、遺体が安置されている部屋を訪れると、何かしら気配がする。
……のような気がして固まった。
誰かが見ているような、……一瞬、慶君の遺影と目が合う。
すると、前に見た時よりも、何故だかもっと微笑んでいるような気がして悲しくなった。
翌日、慶君の葬儀の日は、凄く暑かった。
そろそろ、市中では祇園祭の用意が始まる頃だ。当然、蒸し暑い。
そんな、ムシムシとした湿気を纏いながら、慶君の葬儀がしめやかに行われたのだった。
葬儀場が家から近場にあるからか、沢山の人達がお別れにやって来る。
それに、慶君が若いせいもあるだろう。学校時代の友人達が次々と来ては、本当に悔しそうに、悲しそうに見送ってくれた。
今までは、年老いてこの世を去る人の葬儀にしか参列してなかったので、何とも言えない切ない気分になる。
また、慶君の両親、叔父さん夫婦の憔悴は目に余るものがあり、……だんだん、栄の心も悲しみの中に沈んでいくようだった。
やがて、気怠いような読経の声が響き渡り、人々が次々と焼香を行う。
誰の葬儀でも、自分の番が来るまで待っている間は、一番緊張する。
栄は、何とか作法通りにやり過ごすと、ペタリと椅子に座り、気が抜けてしまった。
遠くからまるで呪文のように、眠りを誘う読経の声が聞えてくる。……一瞬、思考が停止した。疲れて眠ってしまったのかもしれない。
こんな時に、どうして眠くなるのだろう。……そう言えば、僧侶の読経の声は、脳にアルファー波を引き起こす。……何か、そんな感じのことを聞いた覚えがある。
やがて、チーン、チーン……と、鉦の音が響いた。読経も終わりにさしかかったようだ。
生前の慶君の履歴が読み上げられる。いよいよ、最期の時が来た。
「これより、魂は極楽へと旅立つ……! ……喝!!! 」
お坊さんが、大声で叫んだ。すると、一瞬にして眠気が吹き飛ぶ。
……慶君は、もう本当に旅立てたのだろうか? とにかく、彼があの世で幸せに暮らせますように!
そんな風に思いながらも、現実に引き戻されたのだった。
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北都 栄 は再た京都駅に立っている。
慶君の葬儀も滞りなく終了し、明日からの仕事の為に、急ぎ京都を去るのだ。
今回の京都訪問は、あっという間に終わってしまい、後は辛い仕事の日々が待っているだけである。
ホームを歩くと、沢山の外国語を話す人達とすれ違う。さすがに、京都は日本の大観光地だ。子供の頃には、こんなにインターナショナル化するとは思わなかった。
あぁ自分も、もう一度ここに住んで、……この王城の都で暮らしたい。
ふと、そんな気持ちに襲われる。
だが、栄は、新幹線に乗った。
乗れば、京都での悲しい思い出も薄れ、また今まで通りの現実の時間が流れていくはずである。……そう思ったからだ。
やがて、発車のベルが鳴ると、新幹線は滑るように駅を離れた。
やれやれ、弁当でも食べて、ビール飲んで寝ようか、眠ってきれいにリセットしよう。
……そう思い、ビールの缶をプシュリと開ける。
窓の外を見ると、ゆっくりと、ビルの谷間から五重塔が顔を出し、そして見えなくなっていく。
すると、何故だろう。……栄の視界も曇り始めたのだった。
どうも、最後までありがとうございました。
Dadicated to the memory of my precious friend.