謎の日本刀
古い家には、古いならではの事件が、……
ちょっと怖い話をゆるく書いてみました。
京都の大学で、学生生活を始めた頃の話である。
伯父さん(美緒さんの旦那さん)も高齢になったので、家業を畳むことになり、そこで、町屋の大掃除を手伝うことになった。
すると、今まで触れていなかったいろいろな場所から、沢山の不思議な物が出て来たのだ。
その中でも、取分け謎だったのは、濃紺の風呂敷に包まれていた日本刀である。
皆がおったまげて、声も出ない。……そんな感じだった。
「どないしょ? ……こんな気味の悪い物、いらんわ」
それは、美緒さんが、開けずの箱箪笥から見つけ出したものだった。
恐る恐る、風呂敷を開くと、そこには白木の鞘に収められた刀が入っている。
「これって、不燃ゴミの日に、出したらあかんやろか? 」
おい、おい! ……思わず突っ込みそうになった。
第三者が聞けば、そこそこ面白い会話なのかもしれない。しかし、その時は、誰もが心に余裕がなかった。
とにかく、このまま放置するわけにはいかない。
そこで、凄く気持ち悪くて嫌だったが、美緒さんの強っての願いで、栄が検分することになった。
というか、若者なら祟られたとしても、暫くお迎えが来ないだろう。……とのことで、振られたのである。
それは、太刀と言うには短く、おそらく小さい方、脇差という感じの物であった。
後から、いろいろと調べたのだが、脇差の刃渡りは一尺(約30センチ)以上二尺(約60センチ)未満らしい。太刀は時代によって、長さが違ったようだが、だいたい平均80センチはあるものらしい。
いよいよ、鞘から刀を引き抜くにあたっては、さすがに緊張した。
時代劇の世界でもあるまいに、日本刀を抜くなんて、……まさか、そんな日が来るとは思ってもいなかったからだ。
初めて持った刀は、思いの外、ずしりと重かった。
この大きさでも充分重く感じるのに、昔の武士は、これ以外にも、もっと長い鉄の塊をもう一つ腰に差していたわけで、……今とは、体力的に違っていたのかもしれない。
思い切って引き抜こうとしたら、刀の反りが邪魔してなかなか抜けなかった。
だが、手こずりながらも、やっと刀身が現れたのである。
「いやぁ、……何かこれ汚れてるなぁ! それに、もう、ほとんど刃と鎬の間もあらへん」
美緒さんは、さらりと言ってのけたが、思わず身震いした。
つまり、この刀は実際に使い込まれ、何度も研ぎなおされた結果、刃文さえ見えなくなるほどチビっているのだ。まるで、斬ることだけに特化した、ヤバイ物のようだった。
我々が美術館などで見る刀は、もちろん観賞用に飾ってあるだけあって、刃文や刀の反りも健在な物がほとんどだ。
だが、目の前の刀は、散々使われてきた感が半端無いものだった。
「これ、誰が家に持ち込んだんやろう? 」
そう言うと、家の人達は、皆、頭を抱えてしまったのである。
それから数日経って、学校から帰ってくると、美緒さんから呼び止められた。
「刀のこと、警察に相談しに行ったら、えらい怒られたわぁ……! 」
美緒さんの話だと、どうにも考えあぐねて、警察署に〝物″を直接持って行ったらしい。
まぁ、警察に相談しに行く。……という選択は間違ってないだろうが、実際、刀を持参したのはまずかった。
確かに、外目には判らぬよう、風呂敷で厳重に包んでいたらしいが、ママチャリの駕籠に乗せて持っていくのは、……絶対やってはならないことである。
「こんなん、直接、持ってきたらアカンやん! ……ほんまにヤバイ人が持ってきたら、逮捕もんやで! 」
と、警察の人に怒られたらしい。
「あっ、そうや、言うの忘れてた。……それって、伯母ちゃん銃刀法違反やで! 」
栄も、肝心のことを美緒さんに説明するのを忘れていた。怒られたぐらいで済んでよかったものだ。この時の事を思い出すと、警察の方々に感謝の気持ちで一杯になる。
では、こんな風に突然、降ってわいたように、押し入れから銃砲刀剣類が出て来たなら、どうすればよいのか?
まずは、これらの危険物に、戸籍のような『銃砲刀剣類登録証』があるかを確認しなければならない。……が、もしないのであれば、警察に事前に連絡してから、指示を仰ぐこと。
それから、『発見届出済証』を出してもらい。それを持って、教育委員会が各地方で行っている〝鉄砲刀剣類登録審査会″で実際、物を審査してもらわなければならないのだ。
そして『登録証』が発行されてから、やっと、家で保管するなり、売却することができるようになる。
ちなみに、所有するのが嫌な場合は、警察に頼めば、廃棄処分もしてくれるらしい。だが、文化的価値があるものや、骨董などは、売った方が良いとの話だった。
「まさか、こんな気味の悪い物が、売れるとは思われへんけど」
そう言いながら、伯母は審査会に出かけて行ったのである。
「こりゃ、相当に古いねぇ! ……もう、関ヶ原の頃には使われてたんとちゃうかな。
……それに、よう、使い込んでるねぇ、刃が無くなりそうになるまで研いであるし、
……ちょっと、〝錆″も出てるから、最近まで使ってたんとちゃうかな? 」
「……?! 」
伯母夫婦は思わず絶句したらしい。
「結構、吸ってるかも知れんね」
「はい? 」
伯母は、いつものように、思わず突っ込んでしまいそうになったそうだ。
「まぁ、幕末ぐらいまでは使ってるやろね。……この研ぎ方やったら」
よく話を聞くと、越前の名工の作で、それなりの価値があるものらしかった。
だが、二人共、疲れ切った顔をして帰って来たのを覚えている。
そう言われてみれば、刀の鎬の辺りに丸い形をした赤い錆があった。
……これは、もしや、血錆ってやつでは?
思わず、身震いする。
幕末には、京を跋扈していた志士達が、よく座敷などで斬り合いになったらしい。
そういう時には、むしろ太刀ではなく、小さめで機能的な脇差が使われた。太刀は長い分、建具や柱に引っ掛かって小回りが利かないからだ。
「鑑定してくれはった人、……お爺ちゃんやのに、髪の毛を肩まで伸ばしてて、時代劇に出てくる〝先生″って感じの人やったわぁ、……ウフフ」
と、いつもの調子で、美緒さんは面白い事を言ったが、ちょっと笑う気分にはなれなかった。
そして、言わんこっちゃない! ……感受性の強い栄は、その夜、とんでもない夢を見たのである。
続きを、間違えて独立させてしまったので、上げなおしました。
お騒がせしてすみません。