表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
館を探索する話  作者: 猫宮蒼
三章 黒幕の館に強制的にご案内されました

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

99/139

閉じ込められました



 まずここは一体どこなのだろうと考える。

 それ以前に、どうしてこんな所に? その疑問はすぐに浮かんできた。

 確か自分はモニカを探していたはずだ。その後会った記憶はない。

 誰かが背後にいるなーと思って、何となく振り返ってみようと思って。


 そして多分、殴られた。


 何故自分が殴られなければならないのか、という疑問はあるが今それを考えても解決はしないだろう。

 そこで気を失ったという事実は変わらないのだから。

 ……ではここは、その殴ったかもしれない相手の家か、もしくは通り魔的犯行により気絶していた自分を親切にも運んで介抱してくれた人の家か……考えるまでもなく前者だろう。

 親切で介抱する人間は、わざわざ棺桶の中に寝かせたりなどしない。蓋をされていないだけマシなのかもしれないが、そういう問題でもないだろう。

 敷き詰められた花は枯れもせず萎れてもいない。つまりはそう時間は経っていないと思われる。何の花かはわからないが、王都周辺で見かけた記憶はない。もしかしたらそこらに自生しているものなのかもしれないが、イリスにはよくわからなかった。

 ただ、どこかで嗅いだような匂いなので、イリスの記憶にないだけできっとそこらに生えているものだろう。


 自分が寝ていた棺桶から視線を外し、ぐるりと室内を見回してみる。

 室内は簡素と言っていいだろう。棺桶がなければ普通の一般家庭の一室だと思う程には。

 棺桶の近くにテーブルがあった。その上には棺桶に敷き詰められている花がいくつか置かれ――


「……文字?」

 花はともかく茎がいくつも並べられ、どうやらそれは文字を表しているようだ。そしてもう一つ、花とその茎以外に缶切りが置かれていた。


「命綱」

 茎で表現されているそれを読み、口にして。

 缶切りを手に取る。どういう事だろうか。

 考えてもわからなかったが、一先ずそれをしまおうとして――


「っ!?」

 そこで気付く。着ている服が変わっている事に。

 モニカを探していた時に着ていた服ではない。シンプルな白いワンピース。それに今更気付いたが、髪を結えていたリボンもなく髪もそのままだ。見回してもリボンもイリスが着ていた服もこの室内のどこにも無さそうだ。

 唯一残されているのは下着と、首から下げていた――森の奥、狂人の館で見つけたどこのかもわからない鍵。

 夏ならともかく今の季節には少々季節外れな気がするワンピースに、一体誰が着替えさせたんだ……とげんなりする。次いで、今更ではあるが寒気がしてきた。室内は日当たりこそ良好なものの、あまり暖かいとはいえない。

 身に着けているのは下着とワンピースだけで、靴もない。靴下すらも。足の裏からひんやりとした床の温度が伝わってくる。


 窓の近くに水差しが置いてあるのが見えた。

 近づいて、それを手に取る。水そのものはいつ用意されたものかわからないが、何となく匂いを嗅いでみてもおかしな匂いがする事もなく、指に一滴垂らして舐めてみてもおかしな味はしない事から普通の水だろう。

 どれくらい気を失っていたのかわからないが、水分は補給しておくべきだろう。少しだけ口にする。

 その時に窓の外から見える風景にようやく意識が向いた。


 この室内にある家具や調度品の数は少ないのでわからなかったが、ここはどうやらどこかの屋敷であるらしい。

 窓の外から見えるのは、恐らく中庭だろう。もっとも、今は人の手が入っていないのか随分と寂れた様子であったが。

 窓を開けようと試みたが、窓は押しても引いても開く様子がない。諦めて窓に張り付くようにして外を見る。少し離れた所にチラッとではあるが、城が見えた。


「アーレンハイド城だ。って事は、一応王都の中かここ」

 それもどうやら、王都北区。位の高い貴族などが多く住む地区だ。


 ……自分を殴った相手がここに連れてきたのなら、厄介な事になったなと思う。

 もしたまたま殴られて気を失っているのを介抱するべく連れてきたのが、偏屈な変わり者の貴族であの棺桶もその人の趣味ですというオチならいいが、そうじゃない気がひしひしとする。

 単なる世間からちょっとずれたお人好しな貴族なら、何か迷惑なことに巻き込まれたかもなぁで済むかもしれないが、そこはかとない悪意を感じる……気がする。そもそも缶切りを用意して命綱とか、意味がわからないがイリスをここからそう簡単に出すつもりはないのだろう。

 殴られた頭の方は今はそう痛んだりしないが、一体どれくらい寝ていたのだろう。身体が少々軋むような気がする。


 窓の外から見える空の色はすっかり青く、朝もしくは昼になっているのはわかる。

「……モニカどうしてるかなぁ」

 結局あの後家に帰ってしまったのかもしれないが、向こうもこっちがモニカの発言に腹を立てて帰ってしまったと思っているかもしれない。そうじゃないのに。


 室内を更に見たが、この部屋にあるのは棺桶とテーブルの上にあった缶切り以外に気になる物はなかった。

 いつまでもここにいても仕方がない。

 自分をここに連れてきたのが殴って、拉致った相手なのか、それとも趣味の悪いお人好しな貴族なのかはわからないが、まぁ勝手に人の服を着替えさせるような相手だ。まさか貴族様直々に着替えさせるなどという事はないだろうし、使用人の一人や二人はいるだろう。そう思いたい。


 命綱、そう称された缶切りからしてここに連れてきた相手はそう簡単に帰してくれるつもりはないのかもしれないが、だからといってここで大人しくしているつもりもない。

「帰らなきゃ」

 言い聞かせるように呟いて。


 ぎゅっと缶切りを握り締め、イリスは部屋を出た。



 廊下は薄暗く、そして少しだけ埃っぽかった。人の気配は無い。

 しんと静まり返った廊下には一応絨毯が敷かれていたが、その絨毯もやけにひんやりとしている。靴とまではいかなくてもせめて靴下は欲しかった……そう思う。

 足の裏から背筋を駆け上がるようにしてやってきた寒気に身体をぶるりと震わせ、イリスはさてどうしたものかと口の中で呟いた。


 自分をここに連れてきた相手はわからないが、自分に危害を加えてここに連れてきた人物ならば何を言うでもなくさっさとここを出て行っていいだろう。しかしもし、万が一助けてくれた相手だとするならば勝手に出て行くのはどうだろうか。いや、助けたとしても性格に難がありそうな気がするので関わらなくてもいいんじゃないかな、とは思わないでもないのだが。


「まぁ、お礼はまた後日、とかでもいいか」

 この屋敷の場所さえわかっていれば、後でレイヴンかクリスあたりにでもこの屋敷の住人について聞く事はできるだろう。人里離れた場所でもないし、足を運ぶだけならそう難しい事ではない。


「よし、まずはとっととここから出よう」

 先程窓の外を見た時にわかった事は、ここは四階建ての屋敷で、イリスが今いるのは四階だという事。

 ここから出るならばまずは一階へ向かわなければ。

 左右に伸びる廊下を見るも、どちらに階段があるのかはわからない。しかしただ突っ立っているだけだと、足の裏からくる冷えのせいで身体が震えそうになるので特に考える事もなくイリスは右へと走り出していた。



 あっさりと階段を見つけ、下の階へと向かう。三階も四階同様薄暗く、人がいるような気配はない。そのまま更に下へと進む。二階も一階も、やはり薄暗く人の気配はない。


 これだけ大きな屋敷なら、使用人がいてもおかしくはないのだが……廊下に薄っすら積もる埃を見る限り、もしかしたら今はもう使用人はいないのかもしれない。

 とりあえずあっさりと玄関らしき場所へと到着して。


「……うん、薄々そんな気はしてたけど」

 扉を押して、引いて。びくともしないその扉を前に、イリスは深々と溜息をついた。


 確実に、ここに閉じ込められた。それが確定した瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 閉じ込められた主人公が窓から見た景色で、自分が四階にいると知ることができるのか気になってしまいました
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ