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館を探索する話  作者: 猫宮蒼
三章 黒幕の館に強制的にご案内されました

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言い方一つで大惨事になる事もあります



 王国歴1005年 秋 某月某日 晴れ



 ――収穫祭。

 アーレンハイドで行われる祭りの中で恐らく最も規模が大きいものであろうそれは、天候に恵まれたその日盛大に行われた。人が多く集まる祭りは、その分トラブルも多いのだが少なくとも現時点ではそんなものも見受けられない。

 念の為にと配置されている騎士たちも、自分達が執務中だという意識が薄いのかそこはかとなく浮かれた雰囲気すら感じられる。


 そんな中、イリスは待ち合わせ場所にてモニカと合流していた。彼女が討伐隊として王都を出る前に会って以来である。たった数日合わなかっただけだが、随分久しぶりに思う。


「お久しぶりです、イリス」

「おかえり、モニカ。討伐の方は大丈夫だった?」

「えぇ、勿論ですわ。……ところで、イリス一人だけですの?」

 イリスの周囲に視線を巡らせ、問いかける、言うまでもなくワイズの事を聞いているのだろう。

「今年はお兄さんに呼ばれたからそっちに行くって」

「そう、ですか」

 てっきり色々言われるかと思ったが、イリスの予想に反してモニカの反応はあっさりしたものだった。まるでワイズがここに来ない事を事前に知っていたかのような……いや、考えすぎだろう。


「残念ですが仕方ありませんわね。イリス、早速行きましょうか」

「え、あ、うん」

 早く早くと言わんばかりにイリスの腕を引き、モニカは足早に進む。そんなに急がなくてもお店は逃げたりしないよと言いそうになったが、考えてみればモニカは騎士団長という立場上、こうした祭りに最初から参加したりする事はほとんどなかったはずだ。だからこそ、小さな子のようにはしゃぐのも仕方のない事なのかもしれない。


 そうしてモニカと色々な店を見て回る。

 収穫祭という名の通り、大半は食料関係の出店が多いが装飾品などを扱う店もある。少し食べてはそういった店を見て、また食べる。時折モニカが何かを考え込んでいたような難しい表情をしていたが、それも一瞬、すぐに元に戻りまたくるくると店を巡り。

 そうして、気付けばあっという間に太陽は西の空へと沈みかけていた。


「イリス、大丈夫ですか? 疲れてはいませんか?」

 出店のある場所から少し離れた公園のベンチに腰をかけ、モニカが問いかける。

「うぅん、私は大丈夫。モニカの方こそ……って、聞くまでもないか」

 元気一杯! と言わんばかりのモニカに聞くだけ無駄だろう。一体何処からそんな体力が……と思ったが、これでも騎士なのだから、そこらの一般市民より体力はあるだろう。外見にまんまと騙されてしまいがちだが。


「はぁ、わたくし、こういう風にお祭りに参加するの初めてですわ。騎士になる以前だってこんな風に外を歩く事はありませんでしたから」

「え……?」

「外に出る時は供をつけろと言われていましたからね。心配が度を過ぎて過保護なんて言葉では言い表せないくらいでした。……それに嫌気が差して騎士団に入ったんですのよ」

「へぇ、モニカの事だから何ていうか、一人でも多くの人を救いたいとかそういう理由で騎士になったんだと思ってた」


 イリスがそう言うと、モニカは僅かに眉を下げた。

「失望しましたか?」

「いや、そんな事は。むしろ普通すぎる理由でちょっと安心した」

 あまりにも清廉潔白すぎる理由か、もしくは凡人には到底理解できないような理屈でもって騎士団に入っていそうなイメージがあっただけに、その理由はとても普通の事のように思えた。


「そうですか。それは良かったです」

 嬉しそうに微笑むモニカの向こう側にある街灯に次々に明かりが灯る。まだ完全に日が沈んだわけではないが、魔導器の自動点灯によるそれらを見て、もうそんな時間なのかと今更のように気付かされる。一応収穫祭はこの先もまだまだ行われたりするが……流石にモニカと一緒だからとてあまり遅くまでいるわけにはいかないだろう。これから先の時間は酔っ払いも増えそうだし。そういう理由もあったからワイズと一緒の時もあまり遅くまではいなかった。

 それに収穫祭自体はあと二日ある。今日見て回れなかった店は、また明日見に行けばいい。

 そろそろ帰ろうか? とイリスが口にするより先に、すっとモニカがベンチから立ち上がる。


「……イリス、わたくし言うべきかとても悩んだのですが……」

 立ち上がり、まだベンチに腰をかけたままのイリスに向き合うように身体を反転させたモニカの表情が翳る。雰囲気からあまりいい話ではないんだろうな、という事だけはわかったが、モニカが何を言おうとしているのかまではわからずに、イリスはただ彼女の表情を窺うように見上げるだけだった。


「その……ワイズという方は、本当に信用できる方なんですの……?」


 その疑問はある意味当然なのかもしれなかった。むしろもっと早く言うつもりだったのだろう。恐らくはクリスから鍵の事もそれをワイズに伝えてしまった事もモニカは既に聞いているはずだ。だからこそ今日、本当だったら直接会って彼が信頼に足る人物かどうかを見定めようという思いもあったのかもしれない。

 しかし思惑は外れ、ワイズは来なかった。ワイズにも事情があるのだからそれは仕方のない事だ、というのはモニカにも理解できている。


「うん、私は信頼できる人物だって思ってるよ」

 ワイズに兄がいたとかそういう事も知らなかったけれど、それでも普段接していたワイズは信用していい人物だと思っている。……それが演技で単なる外面のいい奴だ、という可能性はあるかもしれないが、イリスがワイズと知り合ってから今までの間、一切ボロが出ないなんて事あるだろうか。彼の人の好さが偽りであるならば、その時はイリスがどう足掻いた所で太刀打ちできるようなものではないのだろう。

 だったら、その時はその時だ。


 そんな風に思いながら、モニカの問いに頷く。


「…………わたくし、グレンに琥珀騎士団の名簿を借りたのです。団員数が最も多いだけあって、目を通すのは時間がかかりましたけれど……ワイズなんて名前の団員、どこにもいませんでした。

 イリス、貴女の言うワイズという琥珀騎士、一体何者なんです……?」

「え……?」


 一瞬モニカが何を言っているのか、イリスには理解できなかった。ワイズなんて名前の騎士は存在しない……? そんな馬鹿な。だとしたら彼は一体何だというのだ。


「沢山いるから見落とした、とかじゃなくて?」

「そう思い、わたくし何度も目を通しました。でも、結果が変わる事はありませんでした。偽名を名乗るにしても、出来すぎではありませんか?」


 モニカが言いたいのはワイズの名前の事だろう。ロイ・クラッズの館の事といい、森の奥にある館といいWと名乗る人物が存在していた。その館で得た情報から恐らく彼は王都にいる可能性が高い。Wという名称はもしかしたら自分の名前からとっているのかもしれない、という風にも考えられる。

 そうしてワイズの綴りはWから始まっている。それだけなら偶然で済んだかもしれないが、ワイズという名の騎士は琥珀騎士団に存在してはいないという事実。


 例え騎士団の制服を得てそこに入り込んでさも騎士のように振舞うにしても、団員数の少ない所ではすぐに見破られるだろう。その点琥珀騎士団は団員数が最も多い。一人くらい見知らぬ人間が紛れていても、他の隊の騎士だろうと同じ琥珀騎士ですら見逃してしまう可能性も高い。余程不審な存在でなければ。


 イリスはワイズの事を疑うつもりは微塵もないが、モニカからしてみれば疑わしい事この上ないのだろう。


「イリスの友人を悪く言いたくはありません。でも、ですが! 彼はあまりにも疑わしすぎます」

「ワイズがWかもしれない、って事? いくらなんでもそれはないよ。Wの関係者かもしれない、そう思ってる? そんなの有り得ない」

「どうして言い切れるのです!?」


 ベンチに座ったままのイリスだったが、ふぅと溜息を一つついて立ち上がる。今のモニカはどう見ても冷静じゃない。


「モニカこそ。モニカから見てワイズは確かに怪しいのかもしれない。けど、怪しいだけで決めつけるのは良くないと思う」

「でしたら! 他の根拠を示して下さいまし!!」


 すっかり感情的になってしまっているモニカの剣幕に若干押されつつも、イリスはモニカを宥めるように言葉を選ぶ。


「ワイズとはもう随分長い付き合いだからね。もし仮にワイズが琥珀騎士じゃなくて騎士団のふりをしている不審者だったとしたら……っていう事そのことがそもそもおかしな話になるんだよ。

 だってそうしたら、レイヴンたち漆黒騎士団はその不審者を数年にも渡って見逃してきた事になるもの。レイヴンは、そこまで無能じゃないよモニカ」

「あ……!」

 モニカの目が大きく見開かれる。確かに琥珀騎士団の数は多いが、だからといって身元の確認を怠るわけもなく。


 確かに琥珀騎士に紛れるのは簡単な事かもしれないが、琥珀騎士団は遠征討伐に駆り出される回数が最も多い所でもある。あの館で見つけた日誌の内容からWが館を空ける事はあってもそれは二、三日程度だったり長く空ける時があっても数か月も戻ってこない、なんてことはなかったはずだ。

 しかし遠征に出てしまえば長くて一月以上王都を出るなんて事はよくある話で。

 そうなるとWが琥珀騎士として潜むには少々、いやかなり無理があるだろう。

 ワイズの名前が琥珀騎士団の名簿にないのは、恐らく彼が偽名であるという証拠になるのかもしれないが、彼が琥珀騎士ではないという証拠にはならない。


(……単純に変な名前だから本名を名乗りたくない、ってオチもあるんだよなー)

 漠然とそんな事を考えつつも、上手く説明する言葉がみつからない。


「ごめんなさいイリス……わたくし、少し頭を冷やしてきます」

 どう言えば上手くモニカに伝わるだろうかと考えているうちに、モニカの中で何かの結論が出たらしい。こちらが声をかける間もなく、モニカは背を向けて走り去って行く。


「モニカ、ちょっと……!?」

 頭を冷やしてくる、のはいいが、これはある程度落ち着いたら戻ってくるという事なのだろうか。もし帰るなら今日の所は失礼しますくらいは言いそうなので戻ってくるつもりではあるのだろう。

 どうしたものかと思いつつ、ベンチに座りなおす。


 モニカの中で何がどうなって頭を冷やす事にしたんだろうか、と考えて、イリスはつい先程自分が言った言葉を脳内で反芻する。


 ――不審者を数年にも渡って見逃す程レイヴンたち漆黒騎士団は無能じゃない――


 何とかモニカを宥めようと、落ち着かせようと思って言った言葉。

 だがしかしそれは、ワイズを疑うだけでなくレイヴンたちまで疑っているという風に言っているのも同然ではなかっただろうか。


「……あ」

 言葉を選んだつもりで、もしかして最悪の選択をしてしまったのかもしれない。

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