一つの疑問が解決して、一つの疑惑が深まった、そんな日の事。
王国歴1005年 秋 某月某日 曇り
本日昼 公園内にあるカフェまで来られたし
一体何処の果たし状だと思うような内容の手紙が届いていたのが今朝。差出人も書かれていないそれを無視しようかとも思ったが、こういった内容の手紙を出しそうな心当たりがないわけでもなく、イリスは公園内のカフェっていくつかあるけどどれの事だろう……? と思いつつも足を運ぶ。
呼び出したと思われる人物は、三つ目のカフェにいた。
「……やっぱりクリスか」
「おや、あの書き方しとけばレイヴンと間違うかなー、と思ったんだけど。何で私だと?」
「レイヴンなら差出人の所にちゃんと名前書くもん」
ひらひらと手を振ってこっちこっちと呼ぶクリスの向かい側の席に腰を下ろし答える。
「それに今討伐隊って事でアレク様とモニカ王都にいないんでしょ? じゃあ残るのってクリスだけでしょ」
「ふむ、どうやら詰めが甘かったか……」
わけのわからない所で悪戯スキル磨かないで頂きたい。とは思ったが言うだけ無駄なので黙っておく。
「それで、呼び出すなんて珍しいね。そういやこないだ真紅騎士の人に伝言頼んだけど、伝わった?」
「あぁ、聞いた聞いた。で、ちょっと館の方に足を運んでみたんだけど」
という事は本日の呼び出しはどうやらその事か。流石に足を運んで即取り壊してきました、という事ではなさそうだから、他に何か見つけたとかだろうか?
レイヴンが見落とした何か……こうしてわざわざ呼び出すくらいだ。もしかして、
「他に、まだ隠し部屋があったとか?」
「いや、以前からあの館周辺をうろついていたローブの人物についてだけど」
鍵の事があったため、思い当たるのはそれくらいだと思ったのだが、イリスの予想はどうやら外れたらしい。
「もしかしたらWかもしれない、って言われてたあの……!?」
「うん、まぁ結果的に違ったんだけどね」
あっさりと言われ、一瞬何を言われたのかを理解するのが遅れる。
「違った、って事は会って話した、ってことでいいの?」
「そうそう。倒した」
「倒した!?」
何でいきなりそんな物騒な方向に!? イリスのそんな当然の疑問にクリスはそうだなぁ……とややもったいつけたように話始める。
一旦は見て回った館であるものの、レイヴンと違いクリスは館の中の部屋を全てじっくり見て回ったわけでもない。鏡を運び出す時に部屋に入りこそしても、それだけで。だからこそ取り壊す前に一度、しっかり調べてみようと思ったそうだ。
あの魚達の邪魔も入る事がないのでじっくり見てきたようなのだが、その時にローブを着込んだ人物と遭遇したらしい。
そして倒した、と。
「話端折りすぎじゃないの?」
遭遇から戦闘に至る流れがまるでわからない。実は指名手配を受けていた人物だったとかいうオチなのだろうか。
「相手がバーバヤーガだったからね」
「バーバヤーガ……? 何、それ」
何だか最近聞き覚えのない言葉を耳にする機会が多いな、などと思いつつも復唱する。バーバヤーガだから倒した、というのであればこれもまた魔物か何かだろうか。
「魔女だよ。彼女らは基本的に森に棲むんだけど……どうやら新しい住処を求めてあのあたりをうろついていたらしい」
「魔女だから、って理由で倒したの?」
「まさか。言っただろう、バーバヤーガだからだって。ただ森に棲む魔女ってだけなら問題はないんだが……彼女らは人喰いでもあるからね。流石にそんなのを放置するわけにもいかないだろう」
あの館のあたりまで人が訪れるのは滅多にないが、その手前の泉があるあたりまでは人がそれなりに訪れるのだ。そこで人を攫って……と考えると人喰い魔女を放置しておくわけにもいかない。
「だからこそ、Wかもしれない説は残念ながら外れたわけだ。一応知らせておこうと思ってね」
「そうなんだ……」
何て紛らわしい。いや、魔女からしてみればそんなの知った事ではないのだが、そんなタイミングで訪れてしまったために退治までされたのだから、運が悪いとしか言いようがない。
「それで? 何でまた隠し部屋があったと思ったんだい?」
自分の話が済んだからか、思い出したかのように先程のイリスの発言を拾い上げてくる。それはある意味当然の流れとも言えた。
どう切り出したものかと考えて、結局言うより直接見せた方が早いと思いイリスは懐から鍵を取り出す。ワイズにしばらく持っておいてくれと言われていて良かった……そうでなければ家に置いたままで話を切り出してその後もう一度現物を見せるという流れになり、ある意味二度手間になるところだったのだから。
「研究室で景品の箱見つけたよね。あれ二重底でそこから出てきたんだけど」
「だからこその隠し部屋、か。しかしこれ、あの館の鍵とは随分見た目からして違うね」
「うん、ワイズにも見せたんだけど、これどこか他の館の鍵じゃないか、って」
「……ワイズにも見せたって」
すっと表情が僅かに険しくなったクリスに、イリスは内心であぁやっぱりなーと思いつつも口を開く。
「クリスが何を言いたいかはわかるけど、ワイズはWと関係ないと思うよ。上手く説明はできないけれど」
「上手く説明できないからこそ問題なんだけど……まぁ済んだ話を蒸し返すつもりはないからそれはいいよ。それで、そのワイズは他の館の鍵だろうって? どこの館の鍵かまではわかっているのかい?」
「ううん、この鍵に刻まれた模様をどこかで見た記憶はあるけど、それがどこだったか思い出せないって。思い出したら案内するって」
「こっちとしてはそのワイズってのと面識がないからかもしれないけど、そういう部分がやけに怪しく聞こえるんだよね。あの館の事を狂人の館だという情報くれたのだってその彼だろう?」
クリスの言う事も一理ある。もしかしたらモニカもそう思って、だからこそ収穫祭で彼と会おうとしたのかもしれない。となると、収穫祭にワイズが参加しない事でまたいらん疑惑が生じるわけか。考えるだけで頭が痛くなってきそうだ。
「それならイリス、一つ約束してくれないか。ワイズがその鍵を使うであろう館の事を思い出して案内するという時になったら、その時は私じゃなくてもいい。アレクでもレイヴンでもモニカでも、他に誰か一人、連れて行く事。いいね?」
「……うん、わかった」
「よし、それならその鍵の事とワイズに関しては私の方から他の三人に上手く伝えておくよ」
「クリスが上手くっていうと何か火に油注ぐんじゃないか、って不安になるんだけど……うん、ごめん」
素直に思った事を口に出してしまったが、失言である事に変わりはないので謝っておく。だからそこでやたら爽やかな笑みを浮かべるのは止めてもらえないだろうか。ますます不安になってくる。
「さて、それじゃ私はそろそろ行くとするよ。お使いも頼まれてるからね」
「お使い? クリスが?」
「冬になると魔術研究とかそういうのでどうしても篭りがちになる人が増えるんだよねぇ……で、そうすると食事もマトモにとらない奴が出てくるから、今のうちに備蓄食料として缶詰買い溜めしておこうかって事になってるんだ。
この前ウィリアムもその買出しに駆り出されてたよ。見かけなかったかい?」
「いや……ウィリアムさんはここ最近見かけてすらいないけど」
時折父の口から彼の名前が出ているのでイリスがタイミング悪く遭遇していないだけなのだが、そこまで説明する必要はないだろう。クリスも何となく世間話程度に彼の名を口にしただけなので、ふぅんと適当に相づちを打って席を立った。
「じゃあ、また何か進展があれば連絡するよ」
「今度はちゃんとした連絡でお願いしたいんだけど」
「ははは、何を言っているのかな。ちゃんとした連絡だっただろう」
一歩間違えば果たし状にしか見えない無いような挙句差出人不明の手紙のどこがちゃんとした連絡になるのかを問いたかったが、イリスが口を開くより先にクリスは軽やかに立ち去ってしまう。
「……まぁ、仮に言ったところでちゃんとした答が返ってくるかどうか微妙だし……いっか……」
自分に言い聞かせるように呟いて。
それからイリスも帰路についた。
――収穫祭間近となったある日の事である。




