一般市民かつ非戦闘員なので魔物の名前だけ聞いてもピンときません
王国歴1005年 秋 某月某日 晴れ
「ウォーター・リーパー?」
「えぇ、どうも大量発生したらしくて。急遽討伐に行く事になりましたの」
公園にて、出会い頭に二言、三言と言葉を交わしているうちに最近の近況へと移り、聞き覚えも馴染みもない言葉を不思議そうに繰り返すイリスに、モニカは深刻そうに頷いた。
討伐、という部分でそれがモンスターであるという事はわかったが、それが一体どんなものであるのかまではわからない。何となく水辺にいそうだという事くらいだろうか。イリスにもわかる部分は。
「他の地域でもタラスクスの目撃情報が出たらしくて、琥珀と白銀で討伐隊の編成が済み次第出発、という事ですわ」
モニカの表情から察するに、とりあえず厄介そうなものだというのはわかった気がする。
「えぇと……気を付けてね」
「大丈夫です。ウォーター・リーパーの方にはグレンが、タラスクスの方はアレクが直接指揮をとるみたいですから。わたくしはグレンと一緒の隊ですので、余程の事がない限りは前線に立つような事にはならないでしょうし」
「え、でも騎士団長直々にって……クリスやレイヴンとかは?」
「流石に団長が一斉に王都をあけるのは問題があるでしょう。今回は収穫祭に間に合わせるために短期で決着をつけるための編成みたいですから」
「あ、そっか……他の騎士がいるとはいえ団長クラスの人が全員出払うのは問題ありすぎるよね」
急な討伐という状況に、動揺していたようだ。イリスが行く事はないのだが。
「それでですね、イリス。今回の討伐が終了したらわたくし、少しの間お休みを頂けそうですの。珍しく収穫祭に時間が取れそうなんです。ですからよければ収穫祭、一緒に見て回りませんか?」
先程までの深刻そうな表情とは打って変わった表情で言うモニカに、まだ動揺していたのか収穫祭……と繰り返すように呟いて。
「えぇと……」
「もしかして既にどなたかと約束してしまいましたか?」
「多分、ワイズと一緒に見て回る事になると思うんだけど……」
明確に約束はしていない。というか、かれこれここ数年、英霊祭も収穫祭も大抵一緒に行動するのはワイズだった。最初と次の年くらいは事前に約束して見て回った記憶があるが、それ以降は暗黙の了解のようにお互い特に何を言うでもなく約束をするでもなく、当たり前のように一緒に行動していたから恐らくは今年もそうなるのだろう。イリスはそう思っている。
「ワイズ……琥珀騎士団の方、でしたか」
「うんそう」
ワイズが琥珀騎士団団長と一緒に行動しているところは見た事がないが(それ以前にグレンを目撃する事がイリス自身、あまり無いとも言える)、他の騎士団団長と接するのはどこか避けているような部分があるのでさてどうしたものかと考える。自身が所属している団長ならともかく、他の騎士団の団長と関わる機会は確かに一般の騎士ならそうないだろうし、気まずいというか肩身が狭く感じるものなのかもしれない。実際過去、人喰いの館に行った時にイリスを目撃していたが、同行していた騎士団長の姿を見て声をかけることをしなかったくらいだ。
尊敬してはいるが、積極的に関わりたいとは思わない――恐らくそれがワイズの騎士団長に対する感想だろう。
「あの、その方がよろしければ、でいいんです。一緒に同行できませんか?」
「うん、一応ワイズに聞いてみるよ」
――それが、数日前の話である。
聞いてみる、と言ったものの中々ワイズと遭遇する事がなく、更にはその間に討伐隊が出発。これはもしかしてワイズも討伐隊に編成されてるんじゃないだろうか、などとイリスが思い始めた頃だった。
公園のベンチに腰をかけ、すぐそこで売っていたであろうクレープを齧っているワイズを見かけたのは。
「見かけないからてっきりワイズも討伐隊に編成されたのかと思ったのに!」
「? いきなりどうした。一口食べるか?」
差し出されたクレープを遠慮なく口にして、隣に腰をおろす。ちなみにクレープはハニーマスタードチキンだった。
「討伐……あぁ、あれか。ボクは基本王都の見回り中心だから」
「そうなの? 何だっけ、ウォーター・リーパーとえぇと、タ……タラ」
「タラスクスな。あまりこの地方じゃ見ないはずなんだが、まぁたまにある話だ」
「名前だけ聞かされてもどんなやつなのかさっぱりわかんないんだけど」
ウォーター・リーパーはともかく、タラスクスとか名前を聞いてもどんな姿かたちをしているのか想像もつかない。
そんなイリスの思いが露骨に顔に出ていたのだろう。ワイズはかすかに苦笑を浮かべた。
「ウォーター・リーパーは平たく言うとカエルにコウモリの羽がくっついたようなやつだな。基本的に水中に棲息してるんだが、肉食だし人も襲う事があるから大量発生すると被害がシャレにならない。
タラスクスも見た目はワニとそう変わらないな……足が六本あるけど。更に毒持ちだから不用意に近づくのはまずい。足が六本あるワニだー、なんて珍しがって近づく奴がたまにいて、そういう奴が被害に遭った話は過去何件か聞いたな、そういえば」
「足が多かろうが少なかろうがワニにわざわざ近づくとかないわー」
ワイズの説明でモニカ達が討伐に出たモンスターがどういうものなのか、何となく理解したが、それ以上にその被害にあった人の話の方が衝撃だった。見た目からして危険だろうに、何故近づく。
「あぁ、そうだ。そんなことより、今年の収穫祭なんだけど」
「あぁ、そうだ。今年の収穫祭なんだが」
二人の言葉はほぼ同時だった。本題を思い出したイリスの方が若干早口だったため、言葉を発するタイミングも同時なら終わるタイミングもほぼ同時だった。
「討伐から戻ってきたら休み貰えるからって、モニカが一緒に見て回らないか、って」
何だ? と視線で続きを促されたので先に言葉を続けたのはイリスだった。
「あぁ、それなら二人で見てくればいい」
「いや、ワイズもよかったら一緒に、って流れになってたんだけど……」
「その事なんだが、今年は兄に呼ばれていてな。そっちに行かないといけなくなった。だから今年はのんびり見て回る余裕はなさそうなんだ。……悪い」
「ワイズお兄さんとかいたんだ……」
むしろそっちに驚いた。思い返してみると、食べ歩いたり祭りなどで一緒に行動したりしてはいるが、お互いあまり込み入った話などはしていなかった気がする。何となくそうなんだろうな、と推測する事はあっても面と向かってそれが事実かどうかを確認するまではいかないというか、お互いが無意識のうちに暗黙の了解化してしまったというか。
「あぁ、言ってなかったなそういえば。一応上に二人いる。前は三人だったんだが」
「そうなんだ……」
前は三人という事は、誰かが亡くなってしまったという事か。流石にそこを深く聞く気はないため、相づちだけを打ってそれ以上は何も言わなかったし言えなかった。
「だから悪いが今年はボクは不参加だ」
「あ、うん。それじゃ仕方ないね」
モニカ残念がるだろうなぁ……などと思って。
その後ワイズと別れてから、本当に残念なのは自分の方ではなかろうか、とふと思う。
ワイズを紹介しつつ、ついでにこの前館で見つけた鍵についても説明すれば、スムーズに話が進んだのではないだろうか。そう思ってしまったから。
本人のいない場所で話題に出すよりは、本人がいた方が話が早い……かもしれない。その結果ワイズが物凄く気まずい思いをするかもしれないという部分は否定できないのだが。
危うく我が身可愛さに友人を人身御供にする所だった。鍵の話はどのみち討伐隊として既に王都を出ていってしまったモニカやアレクに話すのはできないし、クリスかレイヴンあたりに遭遇できたらそちらにする事にしよう。
……遭遇できるかどうかは激しく運のような気がするが。
何せあの館から戻ってきて以来、レイヴンやクリスと会う機会はほぼなかったと言ってもいい。一度だけ、姉の手紙の返事を伝えるべく連絡をしようと思ったが直接会う事はできず、とりあえずそこら辺歩いていた真紅騎士に伝言を伝えてもらったくらいだ。ちゃんと伝わっているといいのだが……




