今から誤解を招きそうな予感がひしひしとします
王国歴1005年 秋 某月某日 快晴
夏も終わりを迎え、周囲の景色が徐々に秋らしくなってきたある日の事。
イリスは公園で久々に見かけた友人に声をかけた。
どこかへ向かう途中だったのか、足早に過ぎ去ろうとしていたその友人はイリスの声に足を止め、周囲を見回し――ようやくこちらに気付く。
「何だ、イリスか」
「久しぶり、ワイズ」
もしかして今忙しい? と問うとワイズはゆっくりと首を横に振る。する事がないから部屋に戻って本でも読もうと思っていた、と返され用を邪魔したわけではないと知り安堵する。
「……そういや、あの館の件どうなったんだ?」
「一応、全部の部屋は見てきたよ」
「そうか……こっちはあれ以降あの館について詳しい情報はなかったからな。あまり役に立てなくて済まない」
「いいよ、むしろ詳しく情報が得られるようなものじゃなかったみたいだし」
詳しい情報を知らされようものなら、むしろその情報源を深く追求したい。
「ふむ、イリスは今暇なのか?」
「そうだね。今日の用事は全部済ませた」
お互いが暇で、話のネタもある。となれば次に取るべき行動は決まったようなものだった。
――あの館についてはある程度どころかモンスターが出る事までワイズに話していたので、特に話をぼかす必要はないだろうと考え館であった出来事をほぼ伝えたのだが。流石にモンスターの正体が元は人間だった、という部分は言い難いものがあった。
「診療所と見せかけて実は研究所だった、って事か? 今まで行方不明になった者もそこで実験体にされた可能性が高い、と。……それ普通に事件じゃないか」
「うん、だよね。その黒幕っぽい人の行方はわかんないままだし、公にするには微妙だしで、アレク様とかクリスとかレイヴンあたりが水面下で調べてるっぽいんだけど、手掛かりとかそういうの掴んだ感じでもなさそうなんだよね」
そもそも手掛かりを掴んだところでイリスにそれを知らせてくれるかどうかも微妙なところだが。恐らく彼らなら、全てが片付いてから事後報告で済ませてきそうな気がする。
「そうだな、証拠らしい証拠も無さそうだし、他の騎士団を調査に駆り出すには現段階では無理がありそう……となると単独で水面下で調べるしかなくなるか」
「もしかしたらその黒幕か、それに関係する人物が城の方にいる可能性があるってクリスが言ってたよ」
そこまで言って思い出す。W(もしくはその関係者)が身近にいる可能性もあるから気を付けろと言われた事を。
ふとイリスがワイズを見ると、彼は何だかとても微妙な表情を浮かべていた。
「なぁ、それはボクに話してもいい内容なのか?」
「え、あー、うん、大丈夫なんじゃないかな。ワイズだし」
「城の方って事は騎士団に所属しているボクも含まれてると思うんだが……それ以前にボクだからって理由になってないだろう」
「うーん、でも、ワイズは大丈夫だと思うんだよね。根拠とか何もないけど」
あえて言うなら女の勘? などと言うと鼻で笑われたが、女の勘が駄目なら野生の勘とでも言おうか。
「その無条件の信頼はどこから出てくるんだか……」
「時間をかけて考えたらそれらしい理由が出来上がるかもしれないから、無条件って言い切るのもどうかと思う」
「自信満々に言い切る内容でもないだろう」
それらしい理由をわざわざ考える時点で無条件もいいところだ。イリスに視線を向けるワイズの眼に呆れの色が浮かんでいるのが見て取れて、あぁやっぱり? と乾いた笑いを浮かべる事になる。
「そういや館で余興の景品って事で何かちょっとお値段高そうな庶民じゃ到底手が出せない感じのブローチ貰った、って事になるのかな? 姉さんが帰ってきたら見せるつもりなんだけど、そのブローチが入ってた箱、二重底で下から鍵が出てきたんだよね」
「鍵……?」
流石にいつまでもそんな目を向けられるのは居た堪れないので、やや強引に話題を変えようと試みる。あっさりと話に乗っかってきたワイズに、そう鍵、と頷き返して、これ、と懐から鍵を取り出す。ブローチの方は値打ち物っぽい感じがするので家に置いたままだが、鍵は何となくクリスあたりに遭遇したら見せようと思って持っていたのだ。
「それもその館の鍵、とかじゃないのか?」
「ううん、行ける部屋は全部行ったし、あれ以上更に隠し部屋なんてないはずだし、どこの鍵かわかんないんだよね」
ちょっと見せてみろ、と言われ鍵を渡す。何かの花のような模様が刻印された鍵は、あの館の鍵とは見た目からして明らかに違う。
「……この模様、どこかで……」
「え、知ってるの?」
「……どこかで見た記憶はある、が悪い。思い出せない」
イリスに鍵を返し、ワイズは思い出せないと言いつつ頭をがしがしと掻いた。
「ただ、それも多分どこかの屋敷の鍵だと思う」
「うん、何か妙に凝った作りだし、そこらの民家の鍵ではないよね」
これでご近所さんの家の鍵でした、とかいうオチならちょっと本気で突っ込みを入れる事になりそうだ。全力で。
「考えられるのは三つ」
やや考え込んでからそんな事を言うワイズに、イリスは三つ? と反射的に繰り返す。
「一つ、その箱に鍵をしまった事を忘れてそのまま今回の余興に使用した。
一つ、その鍵を使う場所へ来いと誘っている。
一つ、それも景品として考えるなら、その鍵を使う館も景品に含んでいる」
「……最後は、流石にないんじゃないかな……」
事故物件としか言いようのない館を押し付けられたとはいえ、館は館だ。今ならもれなくもう一つ館がついてくる! なんてお菓子のオマケならまだしも、流石にそれは規模が大きすぎる。二つ目も前の館の持ち主――エル爺さんがWであるというならありそうだが、姉が館を譲り受けてから既に二年が経過している。館を譲った直後ならさぁここまで来てみるがいい! というノリで待ち受けていたかもしれないが、二年も経過していれば向こうも、あ、これ完全に忘れてるわ。とかいう気持ちで待つ事などしないだろう。
「一番目が一番現実的かなぁ……」
もしこれが重要な鍵なら、館を譲った直後とはいえ姉に何らかの形で連絡を取りこの鍵について伝えているだろう。しかしそれらしき事はなかったようだし、しまった事を忘れてしまう程度の――その程度の鍵なんだと考えるのがしっくりくるような気がする。
「……何にせよ、あの診療所にあった鍵だし、その館繋がりと考えるべきなんだろうな。鍵に刻印された模様についてはこっちで調べておこう。診療所について話しを聞いた相手にもこの鍵について尋ねてみれば、何かわかるかもしれない」
「……だったらこの鍵、ワイズに渡した方がいい? 模様とか説明するのに現物あった方がいいんじゃないの?」
「いやいい。覚えた」
再び鍵を渡そうとしたが、それをあっさりと断るワイズにイリスは一瞬言葉を失くす。
覚えたって……花っぽい模様が刻まれてるとはいえこれ、結構細かい模様なんですが……そう口にしたかったが、あまりにもあっさり言われたので言うタイミングを逃し、そうなんだ……と返すのが精一杯だった。
「イリスはしばらくその鍵、持っていてくれないか」
「何で?」
「それがどこの鍵かわかったらちょっと確認しに行きたい。色々と興味がある」
「うん、わかった」
「……いいのか?」
「何が?」
「いや……いい」
あまりにもあっさりと即答したイリスに拍子抜けしたような表情を浮かべつつも、ワイズはそれ以上深く聞いてはこなかった。それじゃあ早速その鍵に刻まれた模様について調べてみる、と言うワイズに、イリスもそれじゃあ、と手を振って見送って。
ワイズがいなくなってから気付く。
もしかして今のをクリスやらアレクやらモニカあたりに言ったらややこしい事になるんじゃないだろうか、と。
ハッキリと言葉に出してはいないが、あの館について知っていたりしたワイズの事を若干疑っているような、疑うまでいかなくても不審には思っていそうなあの三人(レイヴンが内心どう思っていようが表には一切出していないので除く)にこの鍵の事を知らせるにしても、ワイズにも話したと言えば恐らくほぼ確実に苦い顔をされるだろう。
ワイズがこちらを気にしてくるのは単に友人だから、という他に、思えば彼はイリスがロイ・クラッズの――人喰いの館に行ったのを一度は目撃しているわけだし、情報を混同していた狂人の館にもイリスが行った事実を聞いているからだろう。直接ではなくとも間接的に関わっている以上気にはなるだろうし、そこにきて今回のこの鍵だ。
一度くらい直接確認してみたいという好奇心が沸いたとしても、イリス自身はおかしな事だとは思わないが、彼らはどうだろうか。考えすぎてW(もしくは関係者)が上手い事誘導しているように受け取ったりしないだろうか。
どう転んでも説明するのに相当言葉を選びそうという部分だけは揺らぐ事ない事実のような気がする。
どちらにしても、ワイズの言う通りこの鍵はしばらくの間身に着けておいた方がいいのかもしれない。
運良くさらっと説明できそうな状況になった時に現物があるのとないのとでは、大分違うのだから。




