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館を探索する話  作者: 猫宮蒼
二章 姉の代わりに森の奥にある館に行く事になりまして

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こういったサプライズは望んではいないのですが



「――それにしても、よくわかったね」

 ぴくりとも動かなくなった魚が両方とも確実に事切れているのを確認して、僅かに驚いているようにクリスが言ってきた。

「……ってことは、クリスはやっぱり気付いて……?」

「あぁ、確証がなかったから――いや、あいつらがここで働いていた誰かだというのは確定していたけど、それが誰なのかという部分まではわからなかったから、と言うべきかな。

 ……どうして彼らの名前がわかったのかを参考までに訊いてもいいかい?」


「ほとんど当てずっぽうだったんだけど……」

 正直な話、もしかして……とは思っていたが、まさか本当に当たるとまでは思っていなかった。

 確かな根拠があったわけでもない。


「ただ……元は人間だったなら、彼らは人間の言葉を理解できていた。にも関わらずこっちと接触した時、一言も言葉を喋ったりはしてこなかった。それはあの姿になった時に喋れなくなったか、もしくは最初から喋る事ができなかった……声を出す事ができなかったのはケインとリリー。だから、この二人なのかなぁ、って」


 千年祭が始まる前に他の邪魔者を消すような相談も筆談で行っていたようだしな……とは思ったが、これは他の声を出せる相手だったとしても、下手に誰かに聞かれる事を怖れて筆談という選択を選んでいただろう。メモさえ見られなければ誰かに気付かれる事もない。

 しかし、その割には相談に関するメモが極端に少なかったように思う。Wが握りつぶした可能性もあるが、恐らくは最初からいつどうやって決行するかを決めたのは筆談ではなく、声を出せない相手同士、事前に何かサインを決めていた可能性が高い。

 最初からメモを残さなければ、とは思ったが、あれももしかしたら何かの罠だったのかもしれない。他の四人に対する。どのみち、今更何をどう考えた所で詳細などわかるわけもないのだが。


「何はともあれ、これで終わったのですね」

「何を言っているんだい? これから次の部屋に行くに決まっているだろう」

 あまり大きな怪我をしたようには見えないが念の為、という事でモニカが治癒術を発動させたので、掠り傷一つない状態になったクリスがモニカの言葉に大袈裟に驚いてみせる。


「次の部屋……って、そんなもの、一体どこに……」

「地下の物置で見つけた鍵を使う部屋が、まだ残ってるよ」

「その部屋に行く方法、クリスはもうわかってるの?」

「あぁ、だからこそ、これから行くんじゃないか」


 小さく肩を竦めていたクリスだが、ここで話していても埒が明かないと思ったのだろう。ほら行くよと告げて、さっさと一人で歩き出す。

 そうして向かった先は、絵画部屋だった。


 地下へ行くために掛けてあった絵を外し、それとは別の三枚の絵画を飾る。

「これで恐らく道は開いたはずだ」

 半信半疑ながらも、そう言うクリスの後をついていって。


 一階の真正面にあった物置。地下へと続く階段が出現したのとは反対側に、同じように階段が出現していた。

「やけに中央に物が寄った物置だなぁとは思ってたけど、隠し階段があるならそりゃ物も置けないよね……」

 感心するべきなのか呆れるべきなのか。いっそ笑うべきなのかもしれない。

 恐らくは向こうの地下室と同じような構造だろうと適当に見当をつけていたが、階段を下りている途中でおもむろに足を止めたクリスの様子からして、どうやら多少の違いがあるようだ。


 階段の終着点、そこにはあちら側にはなかった扉が存在していた。

「もしかして、早速この鍵の出番かな……?」

 試しにそのままドアを開けようとしてみたが、ガチャンという音がして、押しても引いてもドアが開く気配はない。やはり早々に鍵の出番のようだ。


「これでようやく全部の鍵を使い切った事になるわけか……この先でまた鍵が出てこないとも限らないけど」

「もうそろそろ鍵探しにも飽きてきたし、勘弁願いたいものだね」


 扉を開けて進む。どうやらこちらの地下室は向こう側と左右対称の造りになっているようだ。部屋の数が向こうの地下室と違う、というような事はなかったらしく、然程広くはない地下室を見て回るだけならそう時間はかからないだろう。向こう側の地下室と同じように近くの部屋から見て行こうという事になり、まずは正面に見えるドアを開ける。



 この部屋を、どう呼べばいいのだろうか。研究室……そう呼ぶのが一番しっくりくるような気がする。壁に並べられているのは見覚えがあるケースだった。中身は入っていないようだがこれは……


「ロイ・クラッズの館で見たのと同じ物のようだね」

 クリスがケースに近づいて、呟く。

「中身は? 入っていたりはしませんの?」

「いや、どれも空のようだ」

 入っていたらそれはそれでまた面倒な事になりそうなので、入っていないに越した事はない。


「これでここのWとロイ・クラッズに関与していたWが同一人物だという事が確定したわけか」


 薄々そんな予感はしていたが、たまたま前の館の持ち主の余興で出てきた名前とかぶっただけ説はここで完全になくなった。

 他に何か手掛かりになりそうなものはないかと探してみたが、どうやらこの部屋にはそういった物は存在しないようだった。この部屋にずらりと並ぶケースから、ロイ・クラッズの館にいたモンスターは恐らくここで創られたのだろうという事が推察できたくらいか。


 次に、向かい側の部屋のドアを開ける。

 そこは、ある意味簡素な部屋だった。ドアが開いて真正面にあったものは、イリスの目には巨大なオーブンのように見えた。しかし、こんな部屋にオーブン? と首を傾げていると、クリスが無造作にそのオーブンへ近づいて、取っ手を掴み引く。


「っ!?」

「え……っ」


 重々しい音とともにスライドして開いたそこから見えた物は、黒い塊だった。人の形をしている。


「焼却炉……?」


 あまり考えたくはないが、恐らくはそうなのだろう。悲鳴を上げそうになったイリスと一瞬理解が遅れたモニカとは違い、クリスは既にそれが何であったのか勘付いていたのだろう。あぁやっぱりな、とでも言い出しそうな表情で彼はそのまま何事もなかったかのように元に戻した。


 この部屋にあるのはそれだけだった。再びあの人であった物体を引っ張り出して調べる気にはならず、足早に部屋を出る。次に向かったのは、焼却炉の先の部屋だった。


 その部屋を一言で述べるなら、牢屋としか言いようのない部屋だった。

 牢屋の中には誰かが捕らえられている、というような事はなかったが壁には日付を示すかのように引かれた線やら赤黒い染みがそこかしこについていた。

 恐らくは捕らえられた誰かが最初のうちは掴まって何日目……といった風に印をつけていたり、どうにか脱出しようと無駄と知りながら壁を引っ掻き爪先から滲んだ血の跡なのだろう。


 どこかから攫ってきたというよりは、恐らくここに訪れた患者が被害者の大半だろうとは思うが、それにしたってそこかしこにある跡を見る限りここに閉じ込められたのは一人や二人ではないだろう事が窺える。


 部屋の隅に投げ出されているようにしてあった本を拾い、クリスが目を通す。

「……観察日記のようだね。被検体の名前は記されてないけどどうやらここは人体実験をして、数日様子を見るために閉じ込めておくための部屋として使われていたようだ。……読むかい?」

「遠慮しておきますわ」

「私も、いい」

「賢明な判断だ」

 断る事は想定のうちだったのだろう。知っていてあえて聞くのはどうかと思うが。

 ぱらぱらと流し見した程度のクリスが眉間に皺を寄せていたほどだ。ロクでもない内容だったのは見なくともわかる。そんなものをわざわざ聞きたいと思う程の好奇心など、イリスは持ち合わせていなかった。



 牢屋を出て、次の部屋へと向かう。最初に入った研究室の隣に位置するこの部屋が、この館の最後の部屋になるのだろう。研究室、焼却炉、牢屋ときて最後に一体どんなえげつない部屋が待ち受けているのだろうか――少々、どころかかなりげんなりしつつ、前を行くクリスの背を見上げる。隣を歩くモニカの足取りはどこか躊躇いがちだが、クリスは薄々気付いていたのか足取りに迷いはない。内心がどうかは知らないが、少なくとも表面的には。


 クリスが最後の部屋のドアを開ける。中でどんな地獄絵図が待ち構えていても叫ばないようにしようと事前に口を手で押さえていたイリスだったが、どうやらその必要はなかったようだ。

 隣の部屋同様、こちらも研究室のようだった。隣の部屋と違うのは、こちらの部屋にはあの魔物が入っていたケースが一つもないという事くらいだろうか。

 こちらの部屋は恐らく資料などを保管していたのだろう。重要な物の大半は当然引き払っているわけだが、元々、という事もあるのだろう。この部屋は酷く殺風景だった。


 だからこそ、机の上に丁寧に並べられている書類らしき物と、小さめではあるが凝った造りの箱は嫌でも目に入ってきた。

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