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館を探索する話  作者: 猫宮蒼
二章 姉の代わりに森の奥にある館に行く事になりまして

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かくして彼らとの決着は幕を下ろしました



 二階へ着いたものの、魚達の姿は無かった。

 クリスの推測が外れたのだろうかと思ったが、そうではなく。

 真っ先に逃げた縦魚の方は見かけなかったが、少し遅れて逃げた横魚の方は天井に張り付くようにして移動していた。モニカが創り出した光球は足下から天井までそこかしこに浮いているが、それらが魚を照らし廊下に影を落としていたために気付く事ができた。

 するすると天井付近を滑るように移動し、向かった先は――



「まぁ、そうなるよなぁ……」

 反対側からやって来たクリスが当然だと言わんばかりに呟く。一階同様、二階で唯一鍵がかかっていなかった部屋――即ち、休憩室。

「ここなら隠れる場所もありそうですし、待ち伏せて奇襲攻撃を仕掛けるにはもってこいですわね」

「向こうもこっちが今まで以上に本気で仕留めにかかろうとしてるってのは気付いてるだろうし、逃げの一手で済まないと理解した以上は、全力で迎え撃つだろうね」

 すっとレイピアを引き抜くと、クリスはドアノブに手をかける。


「モニカ、君はイリスと一緒に入口付近で待機していてくれ。中へは私一人で行った方がいいだろう」

「え!?」

「わかりましたわ」


 イリスとモニカの反応は逆だったが、クリスは特に気にした風もなくそのままドアをそっと開け、するりとその身を滑り込ませていた。ドアが完全に閉まる直前、モニカがドアを押さえる。片目で覗けるスペースだけ開けた状態でそこにぴたりとモニカが張り付く。中の様子が気になるので、イリスも僅かに腰を屈めモニカの下から室内を覗き込んだ。


 休憩室の中もモニカの術のおかげで明るかった。飾られていたグラスが光球に照らされキラキラと輝いている。軽快な音楽と談笑する人々がいれば、ちょっと幻想的な休憩室として特に気にする事もないのだろうが、中にいるのは警戒態勢のクリスと、天井から逆さまに立っている縦向きの魚、そしてクリスと対峙するように向き合っている横向きの魚だ。これはこれで非日常的で幻想的といえるのかもしれないが、前者の想像と違い寒々しい空気すら感じられる。


「……どうするの?」

 あまり大きな声を出してこちらに注意が向くのは不味いと考え、そっと小声でモニカに問いかける。

「クリスの合図を待ちますわ」

 その問いに手短に答えると、モニカはそれ以上何も言わなかった。がしゃん、と何かが割れるような音がしてモニカにちらりと向けていた視線を室内へと戻す。クリスと向かい合っていた横向きの魚が、棚に保管されていたワインを一つ手にとり、それを叩き付け割った音のようだった。中から赤い液体が勢いよく零れカーペットを濡らす。

 ふわりと果実の香りが広がり――クリスが横に跳んだのはその直後だった。

 ワインの瓶を割り、それを武器として襲い掛かった魚から距離を取ったのだとイリスが理解したのと同時に、天井に立っていた縦向きの魚がくるりと身体の向きを変え床に降り立つ。音一つ立てずに着地したそいつの手には、恐らくこちらが鍵をかける以前に厨房から持ち出していたのだろう、果物ナイフが握られている。


 魚達の動きは、以前と比べると大分遅くなっていた。クリスの手にしているレイピアは突くという特性上、薙ぎ払ったりするのにはほぼ向いていない武器ではあるものの、やや強引に果物ナイフの一撃を薙いだり突き出されてくるワイン瓶をかわしたりと、今の所は二対一だが危なげなく応対しているように見える。以前のような速度であったならば、クリス一人では捌き切れないかもしれなかったが。


 弾き飛ばされた果物ナイフが、放物線を描きカーペットの上に落下する。すると縦魚は手近にあった椅子を持ち上げ、今度はそれをクリス目掛けて振り下ろした。

 魔導器の効果がほぼ無くなったからとはいえ、それでも頑丈すぎる椅子の一撃を喰らうわけにはいかないと身を捩ってかわした所を、狙いすましたかのようにワインを手にした横魚が襲い掛かる。


「っ!?」

 咄嗟に危ないと声を上げそうになったイリスは自分の口を手で押さえ、どうにか声を上げる事はしなかった。その一撃も何とかギリギリでかわしたクリスは無事だったが、マントが無残に引き裂かれている。マントだけで済んで良かった、というべきなのだろう。

 いくら餌が無くなって衰弱しているであろうとはいっても、向こうもどうやら死に物狂いで行動しているようだし、多少速度が落ちただけという状況で、このままずっとクリス一人で応戦しているのは少々無謀なように思えた。モニカはクリスの合図を待つ、とは言っていた。言っていたが、クリスの様子からその合図が出される様子はない。


 普段のクリスなら魔術の一つでも使って応戦しているはずだが、魔術を使う様子もないというのが気にかかる。今は使うべきではない、という事だろうか。確かにあまり魔術を乱発させて相手に警戒され再び逃げられてしまえば、追いかける事になるのだろうし、クリスとしては確実に二匹揃っている今ここで仕留めるのが効率がいいと考えているだろう。

 それとも……単に魔導器の機能を抑えたから下手に魔術を使って建物に被害が出る事を考慮しているだけだろうか。しかしクリスならばその辺の威力調整も上手くやりそうな気がしている。



 とにかく、相手の隙をついて攻撃する、つもりなんだろうなというのはわかるが、二匹の魚は動きこそ鈍くなっているとはいえお互いの連携プレーが上手かった。クリスが隙を突くよりも、先にこちらが不意を突かれるのではないかとさえ思ってしまう程に。

 モニカへと視線を向けると、彼女もまた難しい顔をしていた。恐らくは、今のこの状況はあまり思わしくない展開なのだろう。どうにかして、隙を作る事ができれば話は違ってくるのかもしれない――が、今のクリスの様子ではその隙を作る事が難しいように思う。


 何か、何かで彼らの注意を一瞬でも逸らす事ができれば。

 しかし下手な事をしてあいつらがこちらに襲い掛かってくるような状況になるのは不味い。あえて一人で注意を引き付けているクリスの行動が無駄になるような真似はできない。

 それでも何かないかと考えて。


 ふと思い出したのは、この館で散々あちこちで見かけたメモと、レイヴンの言葉だった。

「……もしかして」

「イリス?」

 ぽつりと口から出た言葉に、モニカが訝しげにこちらを見下ろしてくる。確証はない。クリスももしかしたらこの考えに至っている可能性が高いが、いかんせん確証がないために口に出していないだけなのかもしれない。だが、もし当たっていたとすれば――


「モニカ、ちょっとだけ、あいつらに聞こえるように声を出しても大丈夫かな?」

「えぇ!? それは……」


 一体何を言い出すのかと言わんばかりな反応だが、即座に却下はされなかった。駄目です、と言おうとしているものの、迷いがあるのか何度か口を開いては閉じ、やがて――


「……何か、考えがあるのですね?」

「この状況を打開する事ができるかどうかはわからないけど」

「……わかりました。万一駄目だった時はわたくしがどうにかします。その時はイリス、貴女はここから離れて下さいまし」

「う、うん……」


 どこか諦めたように告げるモニカに頷いて、イリスは一先ず立ち上がる。中途半端に屈んでいたため腰から背中にかけて地味に痛い、が今はそんな事を気にしている状況ではないだろう。

 音を立てないようにして、ドアをもう少しだけ開ける。先程まで片目でしか見えていなかった室内が、両目で見渡せる程度まで開く。中の状況は相変わらず、どころかいつの間にやらクリスに不利なものとなっていた。クリスが手にしていたレイピアは、イリスが何やら考え込んでいるうちに魚に奪われたらしく、縦魚に動きを押さえられ横魚の手によって今まさにレイピアが突き刺さらんばかりの勢いだ。

 どうやら悩んだり迷っている暇はないらしい。


「ま、待って! ケイン、リリー!」

 背後でモニカが息を呑む音が聞こえたような気がする。けれどそれ以上にわかりやすい反応を示したのは、魚達の方だった。びたり、と音がしそうな勢いで急停止し、それからこちらへと視線を向ける。白く濁った目と、充血し真っ赤に染まった目がイリスを凝視していた。

 逃げた方がいいのだろうか、と撤退の二文字が脳裏を掠めた直後、何やら動いたものを無意識に視界におさめてしまったため、イリスは逃げるタイミングを完全に逃す。

 動いたものは、クリスの手だった。レイピアを手にしていた横魚の手を取るように、そっと掴む。そして――


「モニカ!!」

「っ! シャイニング・エッジ!!」


 クリスが出した合図にすぐさま応えるように、モニカの声。モニカが術を発動させるべく詠唱していた様子はなかったが、そもそもその必要がなかったらしい。室内を照らしふわふわと漂っていた光が、形を変えて魚達へと襲い掛かる。同時に、その場にいたクリスにも。


「クリス!?」


 ざくざくと容赦なく突き刺さる光の刃に魚達も慌てて逃げ出そうとするがどうやら遅かったようだ。自分の身体を押さえていた縦魚の方もいつの間にやらクリスの片手が伸びていた。拘束自体は緩やかすぎて魚達は気付いていないのかもしれない。自らに刺さる光の刃に意識が向いているのか、振り払う様子もない。


「サンダーストーム」


 更に追撃をかけるように、クリスが魔術を発動させた。降り注ぐ雷。そっとクリスが掴んでいた手を離す。ぐらりと身体が大きく揺らいで魚達が倒れるのは、その直後の事だった。二、三度びくんと身体を痙攣させていたが、最後に一際大きく痙攣したかと思うとそれきり動かなくなる。


「一時はどうなるかと思ったけど……まぁ上手くいったかな」

 ふぅ、と息を吐き出し、レイピアを拾い上げるクリスはモニカの術を魚達と一緒に喰らった割に、ちょっとそこらで派手に転びました、程度の負傷しかしていないようだった。それを目にして、騎士団長クラスの人間は軽く人外の領域に足を突っ込まないといけないんだろうか、とイリスが悩んだのはここだけの話。

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