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館を探索する話  作者: 猫宮蒼
二章 姉の代わりに森の奥にある館に行く事になりまして

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ミッションスタートです



 鏡を全て撤去する、という作業に移ったイリスたちが合流したのはそれから二十分後の事だった。

 割れた破片を片付けるだけのイリスたちは早々に作業を終わらせ、今度は館内を言われた通りモニカの術で照らしていって。

 途中何度か鏡を運んでいくクリスとすれ違いはしたものの、向こうも順調に鏡を運び出しているようだった。

 イリスが預けっぱなしにしていた鍵を使い、鏡を運び終えた部屋は鍵をかけているようでもあった。

 後で説明すると言われたものの、クリスが何をしようとしているのかさっぱりわからない。


「――それで、ようやくちゃんとした説明をしてくれるのかしら?」

 モニカも同様だったのか、作業を終えエントランスにて合流した直後の言葉には多少の棘が含まれていた。


「その前に一つ。モニカ、君があの絵画部屋で待機していた時、魚達は現れたのかい?」

 明かりが消えてしまったため本来ならば目の前も見えないような暗さであるはずの館は、モニカの術で大小様々な大きさの光の球が浮かんでいるため、魔導器が動いていた時と同じくらい明るい。だからこそクリスの表情はハッキリと見えた。


「……えぇ。現れましたわ。けれど……見た目が少々、その、以前見かけた時と違っていました。縦になっている方の魚は目が赤く充血していましたし、横向きの方は目に白い膜が張ったようにどろりと濁り――どちらも以前にも増して異様な雰囲気だったという事だけは断言できます」

「そうか。それで?」

「掛けられていた絵を見て驚いていたように思います。その絵を外そうとして、わたくしそれを阻止しようとしたのですが……魚の手が絵に触れるとじゅっという音がして、気付いたら横向きの方が悶絶して……縦向きがそれを引っ張って逃げていきましたわ」

「ふむ……なるほどね。そうか……」


「んもう、一人で納得してないで、ちゃんと説明して下さいまし!」

 とうとう痺れを切らしたモニカが実力行使に出る直前、クリスは両手を小さく上げ降参の意を示すようなポーズをとる。それから「推測もかなり含まれているが」と前置いて、彼は言葉を続けた。



 最初は気のせいだと思った。しかし鍵のかかっている部屋に入り込んだり、逃げているのを追う途中、一階から二階へ、二階から一階へ向かう時に高確率で見失っている事から奴らがただ素早いだけではなく特殊な移動方法を使っているのは間違いがないだろう。

 その特殊な移動方法が――鏡の中に入り込み、他の鏡がある部屋へ移動する、という事。

 食堂で鏡に魚の影がよぎったように見えたのは気のせいではなく移動中だったのだろう。館のどの部屋にも大体鏡が置いてあったのは、恐らくは移動用に、という事だったのだろう。

 鏡であるなら割れていても問題なく移動できるからこそ、階段途中の割れた鏡はそのまま放置されていた可能性が高い。



 推測ばかりのためか「~だろう」で終わるのは仕方がないのかもしれない。

 しかし……

「鏡の中を移動、ってそんな事できるものなの?」

「限られた空間の中ならね。流石に世界中どこにでもある鏡の中を自由自在に、とはいかないだろうけど。あいつら館の外には出られないのは以前見た通りだと思うが、そのかわり館の中なら鏡を使って好きに移動してたと考えると、階段の所で見失ったり鍵のかかってる部屋に入り込んでいたりしていたのも説明がつく」


「……もともと鏡の中に入り込む魔物がいるというのは聞いた事がありますけど……その話とは相当あの姿はかけ離れていると思うのですが」


「だろうね。けど奴ら恐らく合成獣だろうし。そういう能力を持っていてもおかしくはないんじゃないかな。……そもそも、ここにはあのWがいたんだから」


 Wが関わっていたというだけで多少の無茶な理屈も納得できてしまうのは何故だろう。しかしあの魚達が合成獣だというのは恐らく事実だと思う。Wの犠牲になった存在と考えるべきなのか。


「だからこそまずはこの館から鏡を撤去した。鏡の中に入り込まれてしまったら、こっちは追いかけようがないからね。ついでに部屋の鍵もかけたから、部屋の中に逃げ込まれる事もない。行ける場所はあくまで廊下だけだ」

「それならまぁ……わたくしたちだけでも追い詰める事ができるかもしれませんわね」

「そうだね。前にあいつらの餌と思しき液体も処分したし、仮に水だけ飲んで持ち堪えていたとしても必要な栄養は摂取できず、今なら動きも多少鈍っているだろう。だが」

「だが……なんですの?」


 そこで一度言葉を切ったクリスの表情はそこはかとなく暗い。

「鏡を全て撤去するまでの間、一度も奴らと遭遇しなかったのが引っ掛かる。てっきり阻止するべく襲い掛かってくるか、鏡を持ち運んで移動している途中で鏡から出現して奇襲攻撃を仕掛けてくるかすると思っていたんだけど……」

「向こうも何か企んでいる可能性があるという事でしょうか?」

「恐らくは」


 企むと言われても、あの魚達の今までの行動を思い返してみるとあまり大した事はしてこないように思う。少なくとも、命の危険を感じるような展開は想像がつかない……が、それは彼らの食事を処分する前までの話だろう。誰が鍋の中身を捨てたのかを見ていなかった魚達ですら、あの時いたメンバーの誰かがやったという考えにはなるはずだ。そして、張本人が今まさにこの場にいる。張本人であるクリスを直接狙うかどうかはわからないが、あの時その場にいたのはレイヴンとイリスだ。レイヴンは今この場にいないが、あの三名の中で最も狙われる可能性が高いのはイリスだろう。

 今のところ運良くと言うべきか、勢いよく突進してきた時も何とか避ける事ができたし怪我の類はしていないが……明確に意志を持って狙って攻撃されるような状況になった時、無事でいられるかどうかはわからない。


 そんな事を考えて、何となく背筋がざわりとしたような気さえして。イリスは思わず周囲を見回した。全ての部屋の鍵をクリスがかけた今、お互い行ける範囲は館の廊下のみだ。イリスたちが今いるエントランスから見える範囲には魚姿も影も見える事はない。もし天井付近を漂うような事があっても今ならモニカの術のせいで影が床に映るだろうから隠れる事もできないはずだが。

 それでも何だか嫌な予感がした。


「……どうやら一階にはいないようだし、いるとするなら二階かな? モニカ、君はイリスと一緒にそっちから二階へ行ってくれないか。私は反対側から回り込む事にするよ」

「わかりましたわ。気を付けて」


 イリスが何やら考え込んでいるうちに、どうやら二人は次の行動に移るようだった。

「あのさ……ちょっと待って」

「どうしましたの? イリス」

 歩き出そうとしていた足を止めて、モニカが振り返る。

「二階に行く前に確認しておいた方がいいかなって思うんだけどさ。一階にも二階にも、一部屋だけ鍵がかかってない部屋、あるよね。その中確認、した?」


 鏡を運ぶついでに部屋に鍵をかけたのはクリスだ。鍵のかけ忘れがあるとは思っていない。しかし最初から部屋の鍵が存在していない部屋の中まで確認しただろうか……?

 鏡があるならそれを運ぶ際に確認もしただろう。けれど、一階の鍵のない部屋には鏡など無かったはずだ。


「……しまった、失念していた」

 言われてクリスもその部屋の存在を思い出したようだ。つまり、確認などしていない。それはその部屋に潜んでいる可能性が出てきたという事でもある。


「二階に行く前に確認しておいた方が良さそうだな」

 いなければそれはそれで問題ない。それなら二階へ行くだけの話だ。しかしもしその部屋に潜んでいるならば……二手に分かれた直後に背を見せるような状態になれば、襲ってくれと言っているようなものだろう。

 この心配が杞憂で済むのならば、それはそれでいいのだが……


 クリスが極力足音を消した状態で、部屋へと向かう。この館に最初に来た時に沢山の書類が散乱していた部屋。そこだけは最初から部屋に鍵などかかっておらず、部屋の鍵は他の場所でも発見できなかった事から、もしかしたらその部屋の鍵は最初からなかったのかもしれない。


 イリスとモニカは少し離れた場所でクリスを見ていた。

 中に魚が潜んでいた場合の事を考えて、どうやらクリスは即座に術を発動できるように準備していたが――彼がドアを開ける直前、勢いよくドアが内側から開け放たれた。


「ッ、イグニートジャベリン!」


 咄嗟にクリスが放った術は、何かに命中したようだ。何かが焼けたらしい臭いがする。

 次いで、鈍い音がした。それから小さな呻き声。声は、クリスから発せられていた。


「クリス!?」

 イリスが声を上げるのと同時に、クリスの身体が後方へ跳んだ。――いや、突き飛ばされたというべきか。

 直後部屋の中から魚が二匹、凄まじい勢いで飛び出てきた。横向きの方が出てくるなり手にしていた椅子を乱暴に床へと投げ捨てる。どうやらクリスはこれで殴られたようだ。縦向きの方が食堂側の階段へ、横向きの方がそのままの勢いでこちらへと向かってくる。

「イリス、こちらです!」

 モニカがイリスの腕を引き、咄嗟に避けた。襲い掛かるべくこちらに向かってきたというよりは、二手に分かれただけらしくそのまま魚達は廊下の向こうへと姿を消した。


「クリス、大丈夫ですの?」

「……あぁ、まあ何とかね。しかしこの椅子、頑丈だなぁ」

 やはり先程の鈍い音は、椅子で殴りかかられたのが原因だったようだ。それを腕で防ごうとしたものの中々に重たい一撃だったらしく、クリスは何かを確認するように椅子の直撃を受けた腕をぶらぶらと振っていた。


「折れてないからいいけど……さて、それじゃあ今度こそ、あいつらをどうにかしないといけないわけだ。モニカ、さっき言った通りに二手に分かれよう。私はこっちから行くから、モニカたちは向こうから行ってくれ」

「えぇ……手筈通りに。行きましょう、イリス」

 こくんと頷くとモニカはイリスの手を引いたまま、足早に廊下を進む。


 本当にあの魚達が鏡の中を移動していたというのならば、館の中の鏡を撤去した今、二階へ行っても姿を見失う事はないはずだが……果たして本当に上手くいくのだろうか?

 未だ、イリスの中で嫌な予感は消えないままだった。

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