いよいよ探索も大詰めです
「……何度見てもやはり……そんな……」
鈍器としても使用できそうな分厚い名簿を閉じ、モニカは口元を手でおさえる。それ以上は声に出してはならないとでも言うように。声に出してしまえば最悪の事態がその通り実現してしまうのではないか……実際そんな事はないはずなのだが、そう思えてしまいぐっと出かけていた声を飲み込んだ。
――王国歴1005年 某月某日 夏 快晴
前回の探索から十日程が経過していた。
できるだけ早めに行きたかったのだが、色々な用事が重なり延びに延びた結果が今日だった。
気付けばあれだけ暑かった気温も少しだけ下がり、夏の終わりが近付いている事が感じられる。
待ち合わせ場所と化している南門の前にはクリスとモニカがいた。
クリスは前回の探索で参加する事がアレクとレイヴンの中で決定していたらしいので、どちらか、もしくは両方から話を通されていたのだろう。それがなくとも暇があれば率先して参加していただろう事は想像に難くない。
「……モニカ、顔色悪いよ。具合悪いの? 大丈夫?」
「えっ、わたくしそんなに顔色悪いですか!? 少し寝不足だからかもしれません。大丈夫です、問題ありませんわ」
どこか思いつめたような空気すら感じさせていたモニカに声をかけると、本人は平静を装っているつもりなのかもしれないが、妙に慌てふためいた口調で即答された。
何かあったのは間違いないが、本人が何もないと言っている以上あまり踏み込んでほしくない事なのだろう――そう判断して、イリスはそれ以上何も言わなかった。
「前回の探索からてっきりアレク様やレイヴンもまた参加しそうな感じだったんだけど……お仕事忙しくなってきた?」
「あぁ、そろそろ収穫祭が近いからね。本当だったらやっていた遠征討伐が今回誰かさんのせいでずれ込んだから、収穫祭前に王都周辺の討伐だけでも済ませてしまおうか、って話になってアレクとレイヴンはその打ち合わせでフラッド殿に呼ばれていったよ」
アーレンハイドでは春から夏になる頃に英霊祭が、夏が終わり秋に入ったあたりで収穫祭というものが行われる。
イリスのようなただの一般市民からしたらそろそろそんな季節なのかー、程度の認識だが、騎士団からするとそうもいかないのだろう。人が集まり賑わう場所というのは、その分余計な厄介事も発生しやすい。
それに加えて今回はとうに済んでいるはずの討伐がこれから行われるとなると、色々とスケジュール調整などが必要になるのだろう。
「ま、近隣の討伐程度ならすぐに済むさ」
モニカやクリスは打ち合わせとやらに参加しなくて大丈夫なのだろうか……そんな疑問が顔に出ていたのだろう。クリスは暗に自分たちが参加する必要まではないと言ってのける。
「さて、ここで立ち話しているのもなんだし、そろそろ行こうか」
――『狂人の館』一階 エントランス
道中、何事もなく館へと辿り着く。足を踏み入れた途端に魚達が襲い掛かってくる事もなく、館内は不気味なまでに静まり返っていた。
「そういえば……隠し部屋があるかもしれないって考えになりはしたけど、クリスはそれわかったの?」
「あぁ、大体ね。まずはあの絵があった部屋に行こうか」
そう言って進むクリスの足取りに迷いはない。魚達が襲ってくるかもしれない、というのがあるため、警戒はしているようだったが。
――『狂人の館』二階 絵画部屋
そこは以前来た時と全く変わらない状態だった。
とりあえず壁に絵を飾る、というのはわかるがどういう並びで飾るべきなのかというのは相変わらずイリスにはわからないままだった。
しかしクリスには既にわかっているらしく、悩む素振りも見せずに絵を手にとり飾っていく。
同じ景色に、違う季節。雨と夜の中から、春、雨、秋と壁に飾る――と、ゴゥンという音が遠くの方で響いた。
「音からして一階の方か……すまないがモニカ、私とイリスで見てくるから君はここで見張っていてくれないか?」
「――え?」
「絵を外されるだけで済めばいいが、他の絵を飾られて今の仕掛けを解除されでもしたら困るからね。あの魚にそういう知恵があるかは別として、念の為に、ね」
「えぇと……それなら私もモニカと一緒にここで待ってた方がいいんじゃないの?」
「モニカに絵とイリスを同時に守れって? やってやれなくはないかもしれないけど、それは困るなあ。私一人で行こうものなら、モニカに絵を守る必要がなくなってしまうじゃないか」
「それは……イリスとクリスのどちらかを、と言われれば迷う事なくイリスを優先しますけれど。ご自分が一人で行ったら最悪戻ってこれなくなる可能性を、ちゃんと理解してたんですのね」
「モニカ!? 何ていうか本音駄々漏れすぎ! もっとちゃんと隠して!!」
「いやですわイリスったら、わたくし普段からクリスに対して本音を隠した覚えなんてありませんよ」
「それはそれで問題大有りな気が……」
「まぁ、三人で行けばもしこの絵を外されたり他の絵に換えられた場合、三人とも戻ってこれなくなる可能性が、私一人で行けばモニカが私を見捨てる可能性があるからね。全員無事に帰るためには私とイリスが行くのが妥当だと思う」
「何だかそれじゃ私ってモニカに対する人質みたいなんだけど」
「割と合ってる」
あっさりと言われ、釈然としないものもあるがモニカの方は一先ず納得したらしい。
モニカとイリスが行くという選択はないのだろうかとも思ったが、この先に何があるのかも、クリスは薄々理解しているのだろう。だからこそ自分が行く選択を選んだ。それに守る、という点で最も適任なのはモニカだ。そういう意味ではクリスの言う通りにした方がいいのだろう。
「恐らくは魔導器があると思うから、そこら辺一通り確認したら一度戻ってくるよ。それまでの間ここを頼む」
「……わかりましたわ。わたくしももう少し考えておきたい事がありますし、丁度いいです」
「ふむ……何を考えるのかは知らないが、考えすぎて視野を狭くするのも問題だと思うがね。まぁいいや、それじゃ、行こうか」
「え!? あ、それじゃ行ってくるね、モニカ」
「えぇ、気を付けて。いざとなったら遠慮なくクリスを盾にして見捨ててでも戻ってきて下さいね」
その言葉に頷くでもなく曖昧に笑い、手を振って。既に部屋を出ているクリスの後を追うように足早にイリスは駆けていった。
「大丈夫かなモニカ……何か今日は随分と思いつめた感じがするんだけど」
「何があったか知らないけど、まぁそこまで大した事でもないだろう。それよりイリス、できるだけ急ごうか」
「モニカを一人にしておけないから?」
「いや、曲がりなりにも彼女も騎士団長だ。自分一人守るだけなら容易い。……私の予想が合っているなら、今日はこの後やる事が沢山あるぞ」
やや急ぎ足で進むクリスの後を小走りでついていって、一階へと戻ってくる。
「さっきの音ってどの辺りでしたんだろ……」
「恐らくは物置あたりだろうね」
「クリスは物置、見てないよね? 何で物置って?」
「レイヴンから館の大体の見取り図を描いてもらった。隠し部屋があると仮定して、同じ階にそういうスペースはなさそうだし、そうなると考えられるのは屋根裏とか、地下。物置、不自然なくらい端の方スペースあいてたんだろ? だったらそこに地下に続く階段がある可能性が高い。……ほら、ね」
物置のドアを開けると、確かに不自然にあいていた端の方のスペース、入って左側――隣の部屋が食堂になっている方――に地下へと続く階段があった。
「さて、それじゃ邪魔が入らないうちにさっさと確認してくるとしようか」




