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館を探索する話  作者: 猫宮蒼
二章 姉の代わりに森の奥にある館に行く事になりまして

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謎の人物には逃げられてしまったようです



「誰がこれを書いたのか……それによって受け取る意味が違ってきそうな気もしますが」

 レイヴンからメモを受け取り、アレクはそれをじっと凝視する。


 騙された。

 この一文は見たままそのままの意味だろう。


 もしかして今までの人も?

 これは一体どういう事なのか。

 今までの、という事はこれを書いた彼もしくは彼女はその今までの人と同じような状況になったかされたかしたという事だろうか。


 誰かタスケテ。

 この誰かはこれを書いた人物の複数の知り合いに向けてなのか、それとも何の関係もない第三者に向けてのものなのか。


「手掛かりになるかはわかりませんが、念の為これは僕がクリスに渡しておきますね」

「あぁ、ついでに報告も頼む」


 エントランスである意味無防備に会話をしていたが、先程不意打ちで仕掛けてきた魚達はここでは襲い掛かってくるような気配はなかった。というか、完全にこの周辺にはいないのだろう。そう何度も不意打ちを仕掛ける余裕がないのか、それとも別の理由があるのかは定かではない。


 考えたところで答が出るわけでもないので、魚の事はまた次現れた時にどうにかするだろう(同行してくれる誰かが)、と完全に他力本願な結論を出すと、イリスは外へ出るべく扉を開ける。

 ギィッと小さく軋んだ音を立てて扉が開き、そこから見える景色は相変わらず鬱蒼とした森だったのだが――


「人だ……」

「えっ!?」


 イリスの後ろ、未だエントランスで話をしていたアレクとレイヴンが、ぽつりと呟いたイリスの言葉に咄嗟に外へと視線を向けて。驚いてというよりは聞き返すように声をあげたのはアレクだけだった。

 レイヴンは何も言わず、即座に森の中を彷徨い歩くその人物へと駆けていった。


「……もしかしてあれ、以前も見かけた人じゃないでしょうか」

「んー、どうなんでしょう。ローブ着込んでフード目深にかぶってるから中身まではわかりませんし。……いや、そんな格好でこんな所をうろつく人がそう沢山いたらそれはそれで怖いものがありますけれども」


 視界内に捉えたとはいえ、その人物がいるであろう場所はここから随分と離れていた。

 イリス本人もよく見えたな、と内心かすかに驚いた程だ。

 恐らく、もう少し暗かったら気付かなかったかもしれない。


「……前回見かけた人と同一人物であるなら……何故こんな場所をうろついているのか。同一人物じゃなければあんな格好でこのあたりをうろつく人物が複数いるという事でどっちにしろ警戒する必要はありますね」

「あまり物騒な事って考えたくないですけど、もしかしてここの診療所に用がある人、とか?」

「ここがとっくに診療所として機能していない事に気付かず噂だけを頼りにやって来た人……とかですか? 無いとは言い切れませんが」

 イリスの言葉に頷きかけたアレクが、ふと何かに思い至ったかのように表情を強張らせた。


「……どちらかというと先程の人物がWである可能性の方が高いかもしれませんよ」

「W……あの人がですか?」

「断定はできませんが。レイヴンが追いついてくれていればハッキリすると思います」


 既に見える範囲には先程の人物もレイヴンの姿も見えない。館の中に留まっていると魚に襲撃を受ける可能性もまだあるため、イリスとアレクは一先ず館から出て扉を閉め、少し離れた場所でレイヴンが戻って来るのを待った。



 よくよく考えてみると、確かにあの人物がたまたまこの辺りに迷い込んできてしまっただけ、というよりはWであると考えた方がしっくりくるような気がした。

 彼ならば、この館周辺をうろついていてもおかしくはない。診療所としての役目を終えたこの館にやってくるのは、ここを譲り受けた人物――即ち、アイリス・エルティート――しかいないのだから、彼女の動向を探るべく……こうして様子を窺うのはおかしな事ではないように思う。

 問題は、ここに来たのがアイリスではなくイリス達だという事だが。


 エルトリオ戦役での英雄がもしかしたらイリスの祖父・ジョージであるかもしれない疑惑のせいでその家族もWにとっての実験体か何かとして見られる可能性があるというのは頭の片隅に留めておいた事ではあるが、まさか、本当に……?


「……あれ?」

「どうしました? イリス」

「あ、いえ、大した事じゃないんですけど」


 考えれば考える程この考えが当たっているような気がしてきたが、ふと気付く。

 順番が逆だという事に。


 Wが最初に目をつけたのは、ジョージ・エルティートだろう。だからこそ彼は同郷のロイ・クラッズを唆し、あの館へと誘導しようと目論んだ……はずだ。

 けれどもその手紙が祖父の元へ届けられたのは春先の出来事だった。


 対して、姉がこの館を譲り受ける事となったのは二年前。

 ならばまずWの餌食になっていたのは祖父よりも姉が先であったはずだ。姉が素直に館を貰った直後に訪れていたならば、の話ではあるが。

 しかしそうなるとWが最初に狙ったのは姉だという事になってしまう。

 祖父の年齢を考え冒険に――旅と言うと姉は何故か冒険と言い直してくるので――出ていた姉を狙ったが、彼女がすんなりとここに来なかったためにジョージ本人をロイ・クラッズの名を使いあの館へと誘き寄せようとした……可能性としてはゼロではない。

 けれどもそれは何かが違うような気がした。どこがどう、と強く断言はできないが何となく違和感が残る。


 W本人が直接ネタ晴らしでもしない限り、考えた所で推測止まりでしかないだろうという結論に至り、イリスは無理矢理思考を停止させた。



「――戻ってきたようですね」

「え? どこですか?」

 何かに気付いたようなアレクにイリスもつられて視線をそちらに向けるも、その先は相変わらず鬱蒼とした森が広がっているだけだ。イリスには全然見えないレイヴンの姿が、アレクには見えているのだろうか。

 それとも自分が見る場所を間違えているのかもしれない……そう思いきょろきょろと視線をあちこちに彷徨わせていたが、やがてアレクが向けていた視線の先からがさりと草葉を踏みしめる音が聞こえてきた。


「レイヴンおかえ……り…………って、どうしたのそれ!?」

 てっきり先程のローブを着込んだ謎の人物を捕らえたかして戻ってきたのだろうと思っていたが、戻ってきたのはレイヴン一人だけだった。一体どこで何をやったのか、毛先から水がぽたぽたと滴り落ちているのみならず、顔にはべったりと赤い――言うまでもなく血だろう――液体がついていた。顔だけではなく、よく見ると服にも付着しているようだ。


「すまない、逃げられた」

「…………えぇと、一応聞くけどそれ、レイヴンの怪我とかじゃないんだよね?」

「あぁ、これは仕留めた際についたものだ」

「仕留めた!? 仕留めたって何を!? ってか逃げられたって今言った!」

「すみませんがわかるように説明してくれませんか、レイヴン」

「あぁ、そうか。そうだったな。悪かった。順を追って説明する」



 ――謎の人物を追って駆け出したレイヴンだったが、向こうもこちらに気付いたらしく動きにくそうな服装の割に俊敏な動きで逃げられ、それを追って更に森の奥深くへと進んだのだが、ある程度進んだ所で向こうから攻撃を仕掛けてきたらしい。

 らしい、というのは直接殴りかかってきたとかではなく、恐らくは魔術を発動させたのだろう。レイヴン目掛けて氷の礫が複数飛んできたため、それらを躱そうとしたものの全てを躱すのは無理があったらしくいくつかの氷の塊が掠り、直撃したものもあった。礫そのものがあまり鋭利な形をしていなかったため、突き刺さるなどという事はなく打撲程度で済んだが、掠めていった礫のせいで毛先が凍り付いた。


 体勢を整え再び追跡しようとしたものの、森に棲むモンスターが襲い掛かってきたためこれを迎撃。退治した頃にはあの謎の人物の姿は周辺のどこにも存在しなかった……



 レイヴンの話をまとめると、大体こんな感じだった。

 毛先から水が滴っていたのは、凍り付いていたのが溶けたからだろう。


「……もしかしたらあれがWである可能性もあっただけに、逃げられてしまったのは悔やまれますね……」

「……逃げた先は王都ではなくどうもここより更に奥の方だ。もう一度向かってもいいが、発見できる可能性は限りなく低いと見ていい」

「あ、いえ。もしあれがWであるなら我々の動向を探っている可能性もありますから、またここに来た時に遭遇できるかもしれません。勿論、向こうもこちらを警戒して気配を殺すくらいの事はしているとは思いますが。

 それに今から追ったとして、魔術による奇襲攻撃をまた受けたら危険すぎます。万一王都に戻れないなんて事になったら捜索隊くらいは手配しますけど、更なる被害が出る確率が高すぎますし」

「……今から追うのにレイヴン一人だけみたいな言い方なんですね?」


 口を挟んでいいものか悩んだが、悩んだのはほんの一瞬で結局疑問を口に出していた。

「イリス一人でここから帰るというわけにもいかないでしょう。僕が貴女を安全に王都まで送り届けた後でここに戻って来るとか無駄だと思うんです。勿論、貴女を連れて一緒に追跡なんてのは論外です」

 その疑問に対してあっさりとアレクは即答する。


 確かに……ここから一人で帰れと言われればやってやれない事はないかもしれないが、アレクがそうはさせてくれないだろうし、そうなるとレイヴン一人で追跡する事になる。アレクも追跡に参加するならイリスもついて行く事になるかもしれないが、向こうに攻撃の意思があり、尚且つ奇襲を仕掛けるならイリスは足手纏いにしかならない。


「……それじゃああの謎の人物の事は今回は諦めて帰るっていうのが一番いい選択なのかな……?」

「まぁ、そうなるでしょうね」

「そうだな。これ以上奥に進むなら相応の準備が必要になる」


 相応の準備。

 それはどう考えても騎士団が討伐遠征に行く時のようなもので、イリス達がよしそれじゃあ行ってみようか! みたいな流れで気軽にできるようなものではないのだろう。


「最終手段としてはこの森ごと焼き払うという案もありますが」

「やめて! この森に住む保護動物の存在忘れないであげて!!」

「そうなんですよね。それさえなければ今すぐにでも焼き払うんですが」


 冗談で言っているならともかく、困った事にアレクの目は本気だった。保護動物の存在があるため今はまだギリギリの部分で止まっているが、何が切欠で行動に移すかわからないので心の底から安心はできない。


「……森の奥にはモンスターもいるとはいえ、今回のように何者かが潜んでいる可能性が出てきているようではな……演習という名目でフラッドに話を持ち掛ければ、漆黒騎士団の訓練あたりなら許可が下りるかもしれないし、一応近いうちに陳情してみようと思う」

「確かに、他の騎士団だとこの辺りで演習という名目は不自然ですが漆黒なら有りでしょうね。僕からもフラッド殿に進言しておきます」

「あぁ、そうしてくれると助かる」


 どうやら森が焼き払われるかもしれない展開は回避できたようだ。主にレイヴンのおかげで。

 だがしかし、結果として騎士団に余計な仕事を増やしたような気が激しくするので手放しで喜んでいいのかは謎だった。

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