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館を探索する話  作者: 猫宮蒼
二章 姉の代わりに森の奥にある館に行く事になりまして

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敵を騙すにはまず味方からとは言いますけれども



 最初に動いたのはどっちだっただろうか。

 恐らくはレイヴンの方が若干早かったように思う。

 彼はイリスの手を――正確にはイリスの手を掴んだままのアレクの手めがけて手刀を振り下ろしてきた。

 しかしアレクもそれを黙って喰らうつもりはなかったのか、ぐいとイリスを引き寄せてそれを避けるとそのまま軽くイリスを押しのけた。突き飛ばすというよりはそちらに避難してて下さい、というような力加減だったため、間抜けにも壁に激突するなどという事にはならなかった。とん、と壁に背を預ける形でアレクから離れたイリスが見たものはアレクに向けて蹴りを放つレイヴンの姿だった。


 書庫から出てすぐの廊下は、お世辞にも広いとは言えない。だからこそあまり大きく立ち回れないのだが……レイヴンの蹴りをしゃがんでかわすとアレクはレイヴンから距離を取るように後ろへと跳んだ。今いる場所の狭さを把握して、少しでも広い場所へ出ようという算段なのだろう。蹴りをかわされたレイヴンはというと、そのまま勢いを殺すことなく壁に蹴りをあてた反動で跳んだ。アレクを追うように。


「ちょ……なんでそこでいきなり喧嘩始めちゃってんの……?」

 いきなりすぎる展開に、イリスは誰にともなく呟いていた。この質問をどちらに投げかけても、恐らくマトモな返事は返ってこないような気がした。お互いが騎士団長という点で実力的にはどちらも申し分ないが、狭い場所で立ち回るのはレイヴンの方が有利な気がした。しかし相手はあのアレクだ。モンスターの巣に一人で行って殲滅するような相手だ。それも気晴らしとかいうとんでもない理由で。


 若干化物じみた相手に対し、レイヴンがちょっと有利、というだけで勝てるかと問われると素直に首を縦に振る事はできそうにない。

 勢いをつけて跳んだレイヴンがアレクに差し迫る直前で、アレクは剣を腰から鞘ごと抜いた。見るとレイヴンもいつの間にやら双剣を抜刀している。

 レイヴンの繰り出した一撃を鞘で受け止めたアレクだったが、脇腹にレイヴンの蹴りが入りアレクの身体が飛んだ。――ように見えて実際は違ったらしい。


 そこから先、イリスには一瞬何が起こったのかわからなかった。

 飛ばされたアレクが廊下の終着点――左右に伸びる通路へと出た直後、剣を抜いたのは見えた。そうして身体を反転させるようにして右へ、それを追っていたと思ったはずのレイヴンは何故か左へと動いていた。

 二人の姿は曲がり角の向こうへと消え、それからすぐにギンッという音とグワンという鈍い音が響いた。


 一体何が起きたのか。二人の姿は見えないためわからないが、何かに何かがぶつかったような音がしたのは間違いない。

 少し考えてからそっとイリスがそちらへと歩みを進めた直後、アレクが消えた右側から左側へ向けて何かが飛んでいったような気がした。一瞬の事すぎて何が飛んでいったのかまではわからなかったが、何かが飛んでいったのは間違いない。その飛んでいった何かを恐らくはレイヴンが叩き落としたのだろう。そう間もないうちに何かを弾くような音がして、

「ブリザード!」

 それに続くようにして聞こえてきたのはアレクの声だった。そして、氷の礫が何かにぶつかるような音。アレクが術を発動させたのは、レイヴンがいる左側ではなくアレクがいる右側でだったらしい。

 ……術を発動させなければならない状況が、そちらで発生した?

 疑問はあれど、そういう状況だと考えるべきなのだろう。アレクが剣を抜いたのを見た直後は切った張ったの大騒動になるかと思い焦ったが、どうやらイリスの予想とは違う何かが発生したのは確かなようだ。


 今度は左側から何かが右側に向かって行くのが見えた。

 縦になった方の魚が鍋を片手にそちらへと向かい、アレクかレイヴンのどちらかを牽制するようにその鍋を勢いよく振り回し投げる。鍋はやや見当違いの方向へすっぽ抜けたようだが、その方向がまずかった。


「うわっ!?」

 イリスのいる方へと飛んできた鍋が、近くの壁にあたり跳ね返る。思わず驚いて声を上げてしまったのがよくなかったのかもしれない。

「イリス!?」

「大丈夫か!?」

 アレクとレイヴン、両方の声がしてほぼ同時に見えなくなっていた二人の姿が視界に入る。


「あ、うん。ごめん、ちょっとビックリしちゃって。大丈夫」

「いえ、無事ならいいんです」

「あぁ……しかしやはり仕掛けてきたな」


「え……一体何があったの?」


 イリスからしてみれば唐突に二人が喧嘩をおっぱじめたようにしか見えなかったのだが、先程ちらっと見えた魚の姿からして実際は違うのだろうというのはわかる。恐らく今ので魚には逃げられてしまったという事も。


「前回あれだけ激昂していたというのに今回静かすぎるのが気に掛かっていたが、やはりというべきか奴ら、どうやらこちらの様子を窺っていたようだな」

「えぇ、その曲がり角の先で待ち構えていたようなので迎え撃ったというわけです」

「そうなんだ……いきなり二人が喧嘩しはじめたようにしか見えなかったから唐突すぎてびっくりしたよ」


「そこは本気でしたよ?」

「そこは本気だったが」


「…………いやそこは否定してよ。一芝居うったとかせめて言おうよ……」

 敵を騙すにはまず味方からとは言うものの、お互いが本気でやり合おうとしていた時点で騙すも何もあったもんじゃない。そこから本気だったという事は一体どこで迎え撃とうとしていたのか。むしろ同時にさらりと宣言する事でもないような気しかしない。


「蹴りを喰らう直前で跳んでなければ危ないところでしたね」

「あぁ、骨を折るつもりでいったからな」

「少々やりすぎな気もしましたけど」

「そうでもしなければイリスの身に危険が及ぶと判断した」

「私がイリスを危険に晒すとでも?」

「お前の存在が充分危険だと思う」


「ちょっ……ちょっと、何でまたお互い剣構えてんの!? ストップ! やめなさい!!」

 片方は僅かに笑みを浮かべ、もう片方は真顔ですっと剣を構えたので慌てて止める。さっきのはともかく今はもう魚もいなくなったようだし、一芝居うつどころか今度は本気で大惨事の予感しかしない。


「……しかし、奴ら今回は動きが以前と比べて鈍くなっていたな」

 下手をすれば剣を素手で掴んで止めかねないイリスに危機感を抱いたのか、双剣を鞘へと収めて。レイヴンはとうに廊下の向こうへと消えてしまった魚達が逃げていった方へと視線をやった。


「食料がなくなった、という部分が大きいのではないでしょうか」

 同じように剣を収めると、アレクは踵を返し曲がり角を左へと進み――少し遅れて後に続いたイリスが見た時には、アレクは片膝を床につき、何かを手にし、それからゆっくりと立ち上がっていた。

「包丁……ですね」

「えぇ、先程魚が持っていたものです。恐らくは厨房から持ち出したのでしょう」


「数日放置すれば更に衰弱して勝手に自滅しそうではあるが……本当に自滅してくれるかどうかが微妙なところだな」

「今まで食べていた餌がなくなり他の物を食べるようになった種が無駄な進化を遂げた報告例もありますからね。ここに食材らしきものはないにしても……それは人間目線での話ですから」


 とりあえず包丁は危険なのでこの際持ち帰ってしまいましょうか、と付け加え、アレクは懐から取り出した布――どうやらハンカチのようだ――で軽く包丁を包む。完全に刃が隠れたわけではない気休め程度のものだが、それでも包丁をそのまま持って王都に戻るわけにもいかないだろう。


「さて、それではそろそろ戻るとしましょうか」

「そう……ですね。帰りましょうか。これ以上ここにいても隠し部屋がみつかるわけでもないし、また魚が襲ってこないとも限らないし」

 ふと見ると、鍋の方はレイヴンが回収していた。包丁より危険度は下がるとはいえ、これで殴られれば痛いのは事実。あいつらが使いそうな武器になりそうなものは全て回収できればいいのだが、椅子やらテーブルやら本やら……いざ回収しておこうとすると荷車の一つでも用意しておかないと無理だろう。


 てっきり鍋は持っていくのかと思ったが、レイヴンにそのつもりはなかったらしい。

 最初ここに来た時に積み上げられていた箱――今はもう壁側に避けられているが――の中にしまえそうなスペースがありそうな箱を探し、適当にその中に突っ込む。あの魚達がこの箱の中をいちいち物色しているかは謎だが、特に触った形跡も痕跡もなさそうなので恐らくはあの魚達もここに戻ってきたとして、鍋一つのためにわざわざこの辺りの箱を開けて回るような真似はしないだろう。

 仮に探されたとしても、鍋一つくらいならそこまで脅威になる事はない……はずだ。





「……あれ? 何か落ちてる」

 二階から一階へと移動して。

 厨房の前を通り過ぎ会議室のようであった部屋の前まで来た時だった。ここに来た時にはなかった白い紙がエントランスに落ちているのが見えた。恐らくはあの魚達のどちらかが逃げる時に落としていったのか、もしくは意図的に置いていったか……

 意図的に置かれたものならこちらにとっても有益と思えるような情報が書かれているかもしれないが、この館にあったメモの数はそれこそシャレにならないくらいあった。意図的に置いたと考えるよりも逃げる時に身体のどこかにくっついていたメモが逃げている途中ではがれてそこに落ちてしまった、と考える方が可能性としては高いだろう。


 そう考えたのはイリスだけではなくアレクもレイヴンも同じだったようで、三人とも反応はあぁメモか……くらいのものだった。念の為書かれた内容には目を通しておこうと思ったのか、レイヴンが拾い上げる。


「偶然か故意か……どっちだと思う?」

 僅かに眉間に皺を寄せ、書かれていた内容が見えるようにこちらに向ける。今まで見かけたような内容のメモならば、偶然そこに落ちたのだという結論になっていただろう。

 しかしそこに書かれていたものは――


『騙された。もしかして今までの人も? 誰かタスケテ』


 偶然そこに落ちたにしては不吉な一文が記されていた。

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