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館を探索する話  作者: 猫宮蒼
二章 姉の代わりに森の奥にある館に行く事になりまして

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もしかしたら、とは考えましたが違うと思いたいのです



 見つけたばかりの鍵を持って、二階でまだ開いていなかった部屋のドアの鍵穴へと差し込む。

 休憩室の向かい側のドアが少々重たい音をたてて開いた。


 一先ず場所を変えましょうか、と提案したのはアレクだった。

 今の所出てくる気配は全くないが、もし魚があの薬品棚ばかりの部屋に凄まじい速度で突っ込んで来たら色々と厄介な事になりそうだ、という発言に誰も反対する理由はなかった。

 いくらあの棚のうちの一つだけしか毒薬限定な棚はないとレイヴンが言っていても、それ以外の薬の入った瓶が割れて混ざり合った結果がとんでもない事になるかもしれない……そう考えるとこの部屋にいつまでも長居するのは得策ではないように思えた。


 だからこそ他の場所――恐らくは最後の部屋になるであろうここへとやってきたのだが。


「……書斎……?」

 ドアを開け、そこから見えた光景にイリスは首を傾げた。

 向かいにある休憩室同様、この部屋は他の部屋と違って少々広く造られているようだった。天井まで届きそうな程に高い棚は壁を全て埋めるように配置されており、更には部屋の中央にもいくつか同じような棚が置かれている。

 しかし棚の中はほとんど空っぽだった。全てを埋めるように棚に本が入っていたらある意味壮観だっただろう。何冊かの本がわずかばかり棚に残るだけ、という今となっては何とも物寂しい状態だ。


「書斎というよりは書庫というべきだったのかもしれませんね」

 机も椅子も置かれていない、本当に本棚しか置かれていない室内はどちらかと言えば個人で使う書斎というよりは確かに書庫と呼んだ方がしっくりくる感じがした。


 何冊か残っていた本を見る。

 背表紙に書かれたタイトルはどれもこれも医学書のようだ。他に一体どんな本があったのかはわからないが、必要がなくなったから処分したのか、それとも別の場所に移したのか……移したと考えるべきだろう。


「この部屋なら仮にあの魚たちが乱入しても棚が倒れるだけで済みそうですね」

 念の為ドアを閉め、すぐ近くの壁に背を預けてアレクが言う。

「棚が倒れるだけ……って、それでも充分すぎるとは思いますが」

「本もほとんど入っていないこの棚なら、万一倒れてきても圧し潰されて圧死、なんてことはないだろう」

 言いつつレイヴンがアレクから少し離れた場所の棚に背を預け、イリスを手招きする。

 アレクがいる場所だけ棚がないのは恐らくドアが開いた際に、そこに棚があるとぶつかるからだろう。

 ……勢いよくドアを開けられたらそこ危ないんじゃなかろうか、とは思ったがアレクの事だ。その辺は考えていると思いたい。


 イリスがレイヴンのいる所まで来ると、レイヴンはイリスを残し部屋の中をざっと調べ始める。数冊残された本をざっと開いて中に何か挟まっていたりしないか、棚の上の方に何か置かれていないか……調べるといってもその程度なので、室内を調べるのにそう時間はかからなかった。


「……ここにも血の跡らしきものがあるな……」


 レイヴンがそう呟いたのは、部屋の隅の方だった。先程の診察室のようなものではなく、ほんの少し滴ったであろう跡。手前にあった血痕は拭き取ろうとしたのか半分ほど掠れていた。イリスからはレイヴンの背しか見えないが、わざわざ後ろから覗き込んでまで見ようとは思わない。

 血の跡を確認するようにしゃがみ込みじっと見ていたレイヴンだったが、棚の下のわずかな隙間に片方の剣を抜いて差し込み、何かをかき出した。


「……鍵、だな」


 少々埃っぽいそれを拾い上げ、手で軽く払う。それを受け取るとイリスは困ったようにその鍵に視線を落とした。

 一階、二階ともに行ける部屋の鍵は全て入手し、そして開けてきた。手元に残る鍵は四つ。四つも鍵が余ったという事になる。

 ……部屋の鍵ではないのかもしれないが、それではこの鍵は一体何の鍵だというのか。今までの部屋の中でドア以外で鍵を使うような物はなかったはずだ。


 やはりどこかに隠し部屋があると考えるべきか。しかしそれらしき場所があったようにも思えない。それにそんな場所があれば一通り見て回ったレイヴンがとっくに気付いているはずなのだ。


「……まぁ、この部屋が最後の部屋って事ではないというのだけは確かでしょうね」

「あぁ、この部屋にあったのは今の鍵と、精々そこにある医学書が数冊だけだ」


「えぇと……そこ断言しちゃうのは何で?」

 隠し通路か隠し部屋はあるかもしれないとは思うが、確実にあるとは言い切れないのが現状だ。だというのにアレクもレイヴンもまだ見ぬ部屋の存在を信じて疑っていないように見える。イリスにはそこが少々不可解だった。


「お忘れですか、イリス。この館の前の持ち主が仕掛けた余興。この館に来て最初に入った部屋に残されていた余興に関しての手紙に宝物を隠した、と記してあったでしょう。この部屋が最後の部屋であるならば、少なくとも前の持ち主の手紙か何かが残されていてもおかしくはありません」

「……そこの医学書が宝物だというオチは?」

「もしそうだとしても、それならそれで余興終了おめでとうとかいうふざけた内容の手紙があるだろう。高確率で」

「……言われてみればそんな気がする」


 そうじゃないにしろ、何がしかのメモくらいはあってもおかしくない。

 しかしこの部屋にはそんな物は一切なかった。他の部屋に沢山あったここで働いていた六名のメモと思しき物も、何も。あるのは医学書が数冊と、そしてレイヴンが先程見つけた鍵だけだ。


「棚の下の隙間にもしかしたらまだ何かあるかもしれないな……確認してくる」

「あ、うん」

 手を入れる程の隙間はないが、レイヴンが先程鍵を取り出した時の方法なら一応調べるくらいはできるだろう。

 全ての棚を調べるにしてもそう時間はかからないはずだ。


「えーと、そういえばさっきの部屋でこの館で起こった事が大体わかった、みたいな事言ってたけど結局何があったんですか?」

 レイヴンが調べている間、ただぼーっと立っているだけというのもなぁ……と思ったもののイリスが手伝えるような事は何もなく。聞くだけ聞いてみようと思っていた疑問を口にする。



「平たく言うと内輪揉め……でしょうか。結果として殺人事件が起こったとも言えますね」

「は……え?」

「まずここで働いていた六名は、それぞれが五体満足とは言い難い状態だった。それでもここでお互い助け合って生きていた……ここまではいいですか?」

「それは……はい」

 こくんと頷くイリスに、アレクはやや言葉を選びつつも先を続ける。


「その中で恋愛関係に発展した事もあったようですが、まぁ概ね上手くやっていたんだと思います。以前の主任と呼ばれるWが居た頃までは。しかし新しい主任――こちらもWなのでややこしいですが、それが来てから事態は少々変わりました。彼は以前の主任が若返った存在ではないか、六名からはそう思われていたようですし、本人は否定も肯定もしていません。少なくとも、ここで見つけた日誌や日記にはそのような記述がないのでわからない、とも言えますけど」

「そういや若返りとか不老不死とか何かそんな事調べてたんだか研究してたんだか、ってのはありましたね」


「そうしているうちに、一つ、彼らにとっての事件が起きます。それが先程の部屋で見たある男の話。腕を再生された話ですね。そうして、Wは彼ら六名も治す事ができると宣言しています。ただし、千年祭に間に合うように治せるのは二人が限界だと付け加えて。

 ただの祭りならともかく千年祭なんて大規模なもの、次の機会に、などとは言えませんからね。今まで不自由していた彼らは一生に一度の機会を逃したくはないと考えた」

「恐らく最初は平和的に話し合いで二人、選ぶつもりだったのだろう。食堂にあったメモを覚えているか?」


 棚の下を調べていたレイヴンが言うが、イリスはそのメモをじっくりとは見ていない。大まかな内容を聞いただけだ。それでも相当揉めていた事だけは容易にわかる代物だった。

「えぇと、あれはもしかしてそれで揉めたって事?」

「今までは気にならなかった不平不満もその時に溢れたのだろう。結果、話し合いは拗れた。そこで争うくらいなら諦めて千年祭後に時間をかけて全員を治す、という選択肢は恐らくでなかった事だけは断言できる」


「診察室で見つけたメモ、誰かのやり取りのようでしたがあれは恐らく他の四名を拘束、もしくは殺害する計画だったと考えていいでしょうね」

「あぁ、そうして千年祭が始まる前にここで一つの惨劇が起こった。そこかしこで見かけた血の跡は恐らくその時のものだろう。患者の血であるなら彼らが片付けたりもしただろうが、彼らの血であるなら最終的に片付ける相手がいなくなったと考えてもおかしくはない」

「最終的にどうなったか、まではわかりませんが最悪全員が相打ちして死亡、という事も考えられます」


「それは……確かに最悪の事態だけど……」

 しかしその二人が他の四名をどうにか(具体的に言いたくない)して、上手い事Wに治してもらった可能性もある。だがしかし、本当に治してもらえたのだろうか? イリスたちが知るWとこのWが同一人物であるならば、断片的ではあるがそれでも多少は知っているあのWがマトモに彼らを治したとは考えにくい。

 四名をどうにかして、残ったのは二人。


「……まさかねぇ」


 一瞬脳裏にこの館の中を移動する手足の生えた魚の姿がよぎったが、流石にそれはないだろう。ないと思いたい。

 最後の棚を調べ終えたのか、レイヴンが立ち上がる。その手には一枚のメモが握られていた。


「この部屋にあったのは、これくらいだな」


『実りの順に。それ以外は許可なく触れるべからず』


 一体何の事だろうか。今までのメモとは内容が違いすぎてよくわからない。

「これは……」

 アレクが何かに思い当たったのか、そのメモを取りじっと凝視する。

「……この件に関してはクリスが適任でしょうね」

「そうなのか?」

「えぇ、残念ながら」

 ふぅ、と小さく溜息をつくアレクに、レイヴンが何を思ったのかは知らないが、彼もまた小さく頷いてみせた。


 クリスが適任、という事は次に来る時はクリスに来てもらえという事なのだろうか。という事は、もうこれ以上ここにいても仕方ないだろう。少し早いが今日のところは帰る事にした方がいいのかもしれない。

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