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館を探索する話  作者: 猫宮蒼
二章 姉の代わりに森の奥にある館に行く事になりまして

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嫌な部分ばかりが確定していきます



 王国歴1005年 夏 某月某日 快晴



 ここ数日雨が降ったり曇ったりでじめじめとしていた蒸し暑い日が続いていたが、久しぶりにからっとした空気と暑いがそこまで不快ではない日の事。

 今日も今日とて館の探索へ行くべく南門へ向かうと、そこには既にレイヴンとクリスがいた。


 いた、事はいたのだが……


「……何でそんな離れてるの?」


 門の右端と左端側に分かれて立っている二人に、思わずそう声をかける。

「あぁ、気にする事はないよ。単純にレイヴンが警戒してるだけだから」

「警戒してるレイヴンを気にするなの一言で片づけるクリスもどうかと思う」


 大方またいらんちょっかいをかけたのだろう。成程、そりゃ距離も取るわ。視覚的に見えない所まで距離を取りたいというのがレイヴンの本音かもしれないが、そこまで離れると今度は待ち合わせ場所から自分が消える事になってしまうため、この距離感なのだろう。


「まずは館へ向かおうか。ここで話しても構わないけど、ここは暑いからね」

「そうだな……磯臭い館ではあるが、外よりはマシか」

「そういう部分は意見一致するんだ……」

 いや、反対する必要はどこにもないが。それに何よりレイヴンもクリスも見た目的に制服の色からして見ていて暑苦しい。クリスは今日もあの術を使っているのか涼しげな表情をしているけれど、だからといって外で長話をする気はイリスにもなかった。



 ――そうして館へと辿り着いて。

 まずイリスたちが足を踏み入れたのは、最初に開いていた部屋だった。


「一応、既にアレクやモニカにも話しておいたんだけれど。ここでカルテを拾っただろう。

 ……あれ、どうやら本物のようだよ」

「本物っていうと、『人喰いの館』で行方不明になったかもしれない、って言われてた人たちのカルテが、って事でいいんだよね?」

 確認するように言うイリスに、クリスが頷く。

「どれもこれも行方不明になりました、っていう届けが出てた人と一致してた。とはいえ当時は『人喰いの館』なんてただの噂だろうって事で多少の捜索はしたものの、行方不明者に共通の何かがあったわけでもなかったから、家出か単純に王都を出ただけだろうって話になったんだけどね」


「それがまさかここの患者でしたっていう共通点があったわけか……今更って気もするけど、それじゃあここでその人たちに何かあったって考えた方がいいのかな……?」

「恐らくね。人体実験だの何だの物騒な日誌も出てきたし」

 あえてクリスはそこで言葉を切った。

 言わなくてもイリスもその先が予想できたため、何も言わなかった。


 その患者たち、ほとんど、というかほぼ全員、既に生きてはいないだろう。

 Wが関わっているのなら。


「……でもさ、ふと思ったんだけど、ここの前の館の持ち主……エル爺さん? あの人が主任でWだとしたら、わざわざこんな風に自分の存在を知らせるような真似するかなぁ、って気もするんだよね。余興にしては話の内容が徐々に血生臭くなってきてるよねこれ」

「Wと何らかのかかわりがあるのは確かかもしれないけどね。……でもだとするとそのエル爺さんとやらもWの手で既に始末されてる可能性が出てきてるわけか……爺さんってくらいだから年でぽっくり逝った可能性も大いにあるけど」


「協力者的立場にいたが何らかの事情で対立。エル爺さんとやらが最期の嫌がらせとしてWの存在を世に知らせようとした、という可能性を考えてみたが……その為の相手にイリスの姉が選ばれた、というのが少々引っ掛かるな。

 何というか都合が良すぎる」

「そこなんだよね、館をほいほい貰い受けてくれてかつそこそこ好奇心がある相手、っていうのがたまたまその時イリスの姉しかいなかった……としても……」


 こればかりは本人から真意を問うでもしなければわかることはないだろう。推測だけならばいくらでもできるのだが。


「俺からも一つ。どうやら、そこに書かれている名前のここで働いていた人物だが、実在はしていたらしい」

 レイヴンがあまりにもさらりと言ったせいか、危うくイリスはそのままふぅんと聞き流しそうになる。


「……とはいえ、ここ最近王都で見かける事はないようだ。最後の目撃情報は少なくとも千年祭の前だ。それ以降ぱったりと目撃情報も途絶えている事からここで働く事を止めてどこか別の場所へ行ったかもしくは……」

「何かがあって死んだか、って事だね」

「恐らくは」


 あまりにも淡々と話を進められ、「へ……へぇ……」とイリスはやっとの事で相づちを打つ。クリスもレイヴンも恐らくは既に生きてはいないと思っているのだろう。それだけはしっかりと伝わってきた。


「現在の事に関してはともかく、あの名前は少なくとも偽名ではなかった、身元を洗える範囲で洗ってみたが、どうも全員王都周辺の村の出身のようだ。……家族は既になく、本人達も健康体とは言い難いためこういった仕事にしか就くことができなかったのだろう」

「健康体とは言い難い、って?」


「ジェシカは生まれつき病弱だったようだしフローラは幼少期の病気により耳が聞こえなくなっている。リリーもやはり幼少期の事故により声を出す事ができなかったようだ。

 マイクも幼少期に賊に襲われその時に片目を失っている。ケインは生まれつき声を出す事ができなかったらしい。キースも腕を一本無くしている」

「成程ね、普通の職に就くのが難しい所をWに唆された、と考えていいのかな?」

「いや、それが……いくら調べてもWと思しき人物は出てこなかった。どこで知り合ったのかすら、だ。ここまでくると不自然にも程があるくらいに」

「おやおや、薄々そんな気はしてたけど、本当に厄介だね」


 呆れたようなクリスの声。全くだ、というようにレイヴンもかすかに溜息をつく。


 とりあえずお互いがお互いに報告すべき事は済んだのだろう。重々しい空気を纏いながらも、席を立つ。

 しかし直後、クリスが思い出したように声をあげる。


「あ、そうだイリス。もう一つ、謝らなければならない事があるんだ」

「謝らないといけない事? モニカがこの場にいたら私にじゃなくて他のすべての人にでしょうとか言い出しそうな切り出し方だね?」

「あぁ、それは気が向いたらって事で」

「一生気が向かない予感しかしないんだけど……それで? 一体どうしたの?」


 今までの話の内容よりも重たい話題にはならないだろうと思っていたが、そんなイリスの予想はあっさりと裏切られた。


「すまない。以前預かったロイ・クラッズの館の鍵だが……何者かによって盗まれた」

「……っ!?」


 イリスが言葉の意味を理解するよりも早く反応したのはレイヴンだった。だがクリスは当然のようにそんなレイヴンの反応をスルーして。


「あの鍵にかけられた術式から術者を割り出せないかと調べていたんだが……数日前、気付いたら消えていた。確かにそこまで厳重に保管していたわけじゃないが、そこらに放置してなくすような事もしていない。

 ……たまたま誰かがどこかの鍵と間違えて持っていったのか、もしくは意図的に持ち去ったか……

 誰かが持っていったのなら、と一応心当たりのある数名に声はかけたけど、どうも違うらしいし万一意図的に持ち去ったなら……」

「城の中に、Wかそれに関係する誰かがいる、って事?」

「そうなるね」

 あまりにもあっさりとクリスは頷いていた。

「根拠はないけれど、恐らくW本人がいるんじゃないかと思ってる。本人ならあの鍵にかけられた術式に気付いて即座に回収、そして処分するくらいはするだろうね」


「えぇと……でも一応城で働いてる人の身元ってしっかり調べてるんだよね?」

「偽装なんてやろうと思えばいくらでもできるさ。だからこそ漆黒の仕事は増える事はあっても減る事はないよ」

「こちらも現在城の人間の身元を確認しなおしているが、巧妙に正体を隠しているんだろうな。現時点で怪しいと思える人物はいない」

 そう言うレイヴンの表情には僅かだが苛立ちの色が浮かんでいた。存在している事は確実で、しかも王都――更には城の方にいるという可能性も高いのに、それ以上は掴めない。そんな存在が城の中を悠々と今尚歩いているのかもしれないと考えると、そりゃ苛々しても仕方がないか。


「一応こっちもこれ以上何か情報が洩れるような真似はしないつもりだけど、イリスも気をつけてくれよ。最悪顔見知りの犯行の線も有り得るからね」

「顔見知り……って、流石にそこまでは無いと思うんだけどなぁ……まぁ、一応気をつけとく」

 その言葉に満足そうに頷くクリスを見ながら、イリスの脳裏に浮かんだのはワイズだった。

 ……流石に無い。そもそもWが近付くにしても、狙うなら祖父――は既に失敗しているため次に狙うのは姉か父のどちらかだろう。

 偶然かどうかはさておき姉は接触したようだが。仮に自分が狙われるとしても、それは本当に色々と目論見が失敗して最後の最後で思い出したかのように白羽の矢が立つ程度だと思う。むしろそうであって欲しい。

 最後にトリとして残しておきました、なんていうのは論外である。


 イリスの思考を遮るように、クリスが口を開く。


「それじゃ、そろそろ探索に乗り出すとしようか」

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