手掛かりを掴めそうな気がしてきました
「あら、今からそちらに向かおうと思っていましたのよ」
開けられたドアの向こう側にいたレイヴンに、モニカが告げる。
見た所怪我などはしていないようだ。先程から何度か姿を現していた魚は、今回は出てこなかったのだろう。一先ず無事な姿にホッとする。
「それで、何か発見できましたか?」
再び椅子に腰を下ろしたモニカとイリスと向き合うように座ったレイヴンが、長机の上にずらりとメモを並べだした。鍵はないようなので、今の所足を踏み入れた部屋で見落としたという事はなさそうだ。
「メモ、ですか……」
ざっと並べられたそれに視線を落としながらつぶやくモニカ。ぱっと見た所、そのメモの内容は特に重要そうな感じはしなかったため、モニカがつい少しではあるが落胆してしまった様子なのも当然の反応といえた。
「余興がどこからどこまでの範囲でそうなのかわからないが……少なくともここに書かれてある部分から現実かどうかを判断する事ができるかもしれない」
そう言われて、モニカは半信半疑ながらも食い入るようにメモを見つめた。イリスも同じようにメモを見て。
そこに書かれていた内容は、ここにいた誰かの記した日記や日誌と違って至って普通の内容だった。
王都に買い物に行く際に買う予定の物が書かれたメモや、王都にできた新しい店の情報。内容だけなら平和的かつ普通のものだ。
あまりにも普通の内容すぎて、どこの部屋にあったのかはわからないがこれなら見かけても恐らく気にも留めないだろう。しかしレイヴンの様子から、これが重要な情報になるらしい。
「……レイヴン、私にはよくわかんないんだけどさ、ここからどういう情報見出したの?」
イリスの言葉に、レイヴンは一枚のメモをすっと前に出した。
「まずはこれを」
言われてそこに書かれている文字を読む。
『次の買出しに行くのはキースとジェシカか。それならあまり重い物は頼めそうにないな。途中でジェシカが倒れたらキース一人で対処できないかもしれないし』
読み終えてイリスがレイヴンへ視線を向けると、今度は違うメモを前に出してきた。
『時間が余ったから買い物に行きたいんだけど、荷物を運ぶの誰か手伝ってくれないかな。あんまり沢山買うつもりはないから、キースもヒマだったら手伝ってくれると助かるな』
『主任が頼んであった物を取りに王都へ行くんだけど、ジェシカかフローラのどっちかついてきてくれないか? マイクかキースがかわりに行くっていうならリリーが一緒でも問題ないと思う』
「……ここからわかるのは、ジェシカという方が少々身体が弱いとかそんな感じかしら? 他のメモを見る限りあまり体力がないという事は窺えます」
「えぇと……ケインっていう人とリリーっていう人は一緒に買い物に行く事ってないみたいだね。これ見る限りだと」
「それから、これを」
『主任が栽培していたマンドラゴラの収穫をしないといけないようだ。なるべく早いうちに頼むと言っていたから、フローラ、頼んだ』
「マンドラゴラって、あの抜くと凄い悲鳴上げるっていう、アレ……?」
一体何ていうものを栽培しているんだ。っていうかこれはどっちの主任だ。どっちも大差ない気がするけど。
「本来なら犬などに引き抜かせるという植物ですわね。……それを、フローラという方が?」
「恐らく、だがフローラは耳が聞こえないんだろう。だからこそ彼女だけがこの作業に指名されている」
レイヴンのその言葉に何かが引っ掛かったのか、モニカの表情が怪訝そうなものへと変わる。
「もしかして……他の方も何かしらそういうものがあるのですか……?」
「恐らくは。ケインとリリーが一緒に買い物に行くことがないのは、恐らく両者ともに声が出せないとかそういう理由からだろう。注文したものを取りにいくなら店員に話しかけるくらいはするだろうからな。
そしてあまり重たい物を持たせないようにされているキースも、腕か足、腰のどこかに怪我をしている可能性がある。マイクに関してはここから特に何かがあるような情報は得られないが、彼一人健康体というわけでもないのだろう。
ここに大量のメモがあるのは、耳が聞こえないフローラと、もしかしたら声を出す事ができないケインかリリーがいるから必然的に筆談が主流になったと考えるのが無難なのかもしれない」
「あぁ成程。それでしたらそこかしこにメモがあったりするのも頷けますわね。わざわざ手紙でやりとりするような内容でもないものが何故こんなにも……という疑問も、それなら納得がいきます」
「そして次にこれだ」
そう言ってレイヴンが前に出したのは、王都に出来たという店の情報がやり取りされたメモだった。
店に関しては食料品店や雑貨店、飲食店など特にこれといった法則性はない。
「この店ができた頃を調べれば、これがいつ頃の話なのかがまずわかるだろうし、彼らが贔屓にしているらしい店もいくつかあるようだから、そこを調べれば彼らが本当に実在していたかどうかはわかるだろう。その後の彼らの足取りが掴めれば、そこから主任とやらの情報に辿り着く事ができるかもしれないな」
「それって結構凄い手掛かりじゃない」
「彼らが本当に実在していたのなら、な」
「……ここに書かれているお店のうちいくつかは実際あるもののようですし、全部が全部架空のお話でした、というオチにはならなさそうですわね。でもこのお店……もう随分前に潰れてしまったのもあるようですわ」
「……あ、でもこのお店はまだあるよ。昔からずっと働いてるっていう店員さんが今でもいればいいけど」
「そのあたりを調べるのは俺がやっておく。……そろそろ戻るか」
「あら、もうこんな時間ですの!?」
レイヴンの言葉にハッとしてモニカが懐中時計を取り出す。予想以上に遅い時間になっていたらしく、慌てたように立ち上がった。館の中をあまりあちこち見て回った記憶はないが、思い返してみれば物置で結構な時間が経っていたように思う。
「イリス、大変ですわ。急いで戻りませんと、王都に着く頃には本格的に日が沈んでしまいます」
「え、嘘ホントに!? ……うわ、ホントだ。それじゃあ今日はもう帰ろうか」
いつもならとっくに館から出て家に帰っている時間帯、どころか夕飯すらそろそろ食べ終えている頃だ。普段なら。両親の事だ、食べずにイリスを待っている、という事は無いと思うが家に戻ったら遅くなるならせめて一言告げてから行けと言われる事だろう。不可抗力だ。
慌てて部屋を出ると、階段の方からちらりとこちらを窺う魚の姿が見えた。二匹。
しかし今はそれに構っている余裕も暇もない。威嚇なのか牽制なのかわからないが、モニカがダークブリンガーを発動させると階段の向こう側へと姿を消す。
その隙に、というわけでもないが館の外へ速やかに出ると、確かに普段よりも外は真っ暗だった。昼なお暗い森の中、夜になれば月明かりすら届かないような場所だという事を今更ながらに実感する。
もし、最初にイリスがここに来る事を誰にも言わずに足を運んでいたとしたら、余興に付き合って遅い時間になってその後は迷わず館で一晩過ごす事を選択していたかもしれない。万一そうなっていたとしたら、魚に襲われて今頃は……
本当に今更だが一人で来るような事にならなくて良かったと心の奥底から実感する。
命は無事かもしれないが、色々なものを失うところだった……かもしれない。




