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館を探索する話  作者: 猫宮蒼
二章 姉の代わりに森の奥にある館に行く事になりまして

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余興だというならもっと気軽なものが良かったなと思うのです



「――えぇと、つまりこれってどうすればいいの?」


 途方に暮れた様子でイリスはモニカの方を見た。


「恐らくですけど、正しく並べるとか正しい位置に置かないといけないとかそういう事ですわよね。……困りましたわね。わたくし絵画についてはあまり詳しくありませんの」


 眉を下げつつ申し訳なさそうにモニカが言って、ちらりとレイヴンの方を見る。


「……すまないが、俺も詳しくはない」


「これもきっと余興の一つだろうし、ヒントくらいはあると思うんだけど……」

 ぐるりと室内を見回してみるが、生憎この部屋にあるものからヒントになりそうなものはないように見えた。



 魚を追いかけていったレイヴンを追いかけて。

 二階へと逃げた魚に続くようにイリスたちも二階へとやってきたのだが、やはりというべきか途中で見失ってしまったので、二階に来たついでとばかりに入手した鍵で開くドアがないかと試してみたところ、二階右端の部屋が開いたので足を踏み入れた次第である。


 その部屋は少々異質だった。


 室内にあったのは一つの長テーブルと、その上に置かれた絵画。

 そうして絵が飾られていない額縁だけが壁には設置されていた。


 どういう部屋かと問われれば、絵画を飾るための部屋としか答えようがない部屋なのだが、これを果たして飾っていると言ってしまっていいものだろうか。

 肝心の絵画は全て長テーブルの上に置かれている。その数六つ。

 そして壁にある額縁の数は三つ。全てを飾るには額縁の数が足りない。

 ドア付近の壁にコルクボードがあり、そこにはいくつかのメモがピンで留められていた。


『掃除当番は掃除が終わったら元に戻す事』

『間違って飾った場合施錠され、連続で間違えた場合侵入者対策用の罠が作動します』


 いくつかあるメモの中から特に気になったのは、この二つだった。

 このメモに書かれた事を素直に受け取るならば、この絵画は正しく飾らないとどうやら何らかの罠が作動するらしい。……侵入者、とやらが泥棒だったとして、金目の物になるかどうかはさておき、絵画を盗もうとするならわざわざ飾ったりしないと思うのだが……それを踏まえた上でこれが余興とやらのために用意された何かなのだろうという結論に至ったものの、では正しく飾ったら何があるのか、というのはさっぱりだった。


「間違って飾ったら施錠という事は、そこのドアの鍵がかかるという事ですわよね。……罠というのがどういうものかはわかりませんが、ならば下手に触らない方が良さそうですね」

「そうだね。触らなければ今の所何かが起こるって事もなさそうだし」


 テーブルの上に置かれた絵を眺める。

 絵はいずれも風景画で、恐らく同じ場所を描いたのだろう。違う点を挙げるとするなら、季節とかそういうものだろうか。どこかの並木道のような風景だが、花が咲き乱れたものと、木々の葉が青々と茂っているもの、木々が紅く色づき赤や黄色の落ち葉で埋め尽くされた道、雪が積もり一面白く染まったもの。

 少なくとも四つは春夏秋冬、季節が違うという事がわかる。

 残る二つのうち一つは、雨が降り道にはいくつかの水溜まりが描かれているものと、季節はわからないが夜の光景を描いたものらしい。

 正しく飾るにしても、これをどういう順番で飾ればいいのかは絵を見ただけではさっぱりわからなかった。


 少し考えてみるにしても、これだけではどう考えてもヒントが少なすぎた。

 どこか他の部屋にヒントになるようなものがあればいいのだが……


 ふとレイヴンが何かに気付いたらしく、一つの絵画をひょいと持ち上げる。そうしてその下にあった何かを取ると、イリスへと差し出してきた。

「……鍵?」

「あぁ。絵の下から少し見えていた」

 それを見たモニカが他の絵も持ち上げてみたが、どうやらテーブルと絵の間にあったのはこれだけのようだ。

「あとは……そうですわね、このテーブルクロスの下とかに何かこの絵に関する情報が書かれたメモなどがあればいいのですが……流石にそう都合よくいきませんよねぇ」

 言いながら長テーブルにかけられていた白いテーブルクロスを捲る。


「……イリス」

「何? どしたのモニカ」

「……テーブルの下に、こんなものが」

 拾い上げたそれは、一冊のノートだった。日誌かとも思ったが、前回見つけたそれとは若干装丁が違う。

 これも人体実験がどうとかいう内容だったらどうしようかと思いつつも、ノートを開く。



『最近主任のお身体の調子はあまり良くないみたいだ。私たちと違って主任は年が年なので、仕方のない事なのかもしれない。けれど、今主任が倒れたらこれから私たちはどうすればいいのか……』


 開いて目に飛び込んできた文字を見る限り、これはどうやら日誌というよりは誰かの日記のようなものなのかもしれない。文字とか文脈からして、これを書いたのは女性だろうか。


『ちょっと出かけてくると言った主任だが、その足下は覚束ない。マイクが大丈夫か、としきりに問いかけていた。誰か付き添った方がいいのかもしれないが、主任はそれを断った。今日中に戻ると言ってはいるが心配だ。ここから王都まで、私達ならともかく今の主任なら行って帰ってくるだけで半日かかるんじゃないだろうか。

 滅多に出ないとはいえこの森の中には魔物も出るらしいし……心配だ』


 マイク。一階の書類が散乱していたあの部屋で見た名前だ。

 そしてこれを書いた人物は少なくともマイクではない事がハッキリした。


『結局主任がここに戻ってきたのは次の日だった。怪我などは特にしていないようだけど、これから先外に出る際はやはり誰かが付き添った方がいいのかもしれない。

 ジェシカから聞いた話だと、主任は近々引退するとか言っていたようだ。そうなるとここはどうなるのだろう。

 私達はどうなるのだろうか。今更他の場所で生活するにしても、無理だと思う』


 ジェシカ。これも一階で見た名前だった。

 ならば消去法でこれを書いたのはフローラかリリーのどちらかという事になる。


『今日主任が全員を集めて自分は近いうちに引退すると言い出した。ジェシカの話はどうやら本当だったようだ。

 ここはどうなるのか、私たちはどうすればいいのか、そんな不安ばかりが胸の中を占めていたが主任はここの事は後継者に任せると言い出した。後継者……この中の誰かを、というわけでもなさそうだし一体誰が来るというのだろうか。仮に新しい主任が来たとして、上手くやっていけるだろうか』


「……少なくともここまでの内容からこの絵についてのヒントは無さそうだね」

 むしろどうしてこんなものがここにあったのか、という疑問すら沸いてくる。あの魚が何らかの手段でこの部屋に入って、ここにノートをそっと隠しました、というのも無理があるような気がしてきた。

 前の館の持ち主――姉の手紙によるとエル爺さんだったか――がここにそっと忍ばせたとして、ならばこれは何かのヒントになると考えるべきなのだろう……が、とてもそうは見えない。もう少し読み進めていけばわかるだろうか?

 そう思い次のページを捲るが、次のページもその次のページも、主任の体調不良についてとこれから先の生活についての不安が記されただけだった。


 ここから何かヒントを見つけろ、というのは難易度が高すぎやしないだろうか。

 そんな風に思いつつも、ページを捲って。


『今日、自宅に戻って療養生活をしていた主任が久々にここを訪れた。数日後の話ではあるが、新しい主任が来る事が決まったらしい。新しい主任がどういう人物か、皆目見当がつかないが恐らく相当な変わり者なのだろう。何にせよ、これでしばらく生活の心配はしなくて済みそうだ。ここでの生活ができなくなれば、私のような者はろくに仕事も見つけられず野垂れ死ぬのが目に見えている。まだ、死にたくない』


「えぇと……何か内容重たくなってきたんだけど」

「そうですわね。見てはいけない物を見てしまった気分です」

「……ページはあと少しだから、一応最後まで確認しておいた方がいい。気は進まないが」


 書かれた文章は淡々と記されているものの、言葉の端々から鬱々としたものが滲み出ていた。

 お互いこれは見なかった事にした方がいいんじゃないかと薄々思い始めていたが、もし最後の方のページのどこかに重要な情報があったら、という仮定の話を考えると見なかった事にするわけにもいかず。

 イリスは一つ、小さく溜息をつきつつも更にページを捲った。


『新しい主任が来た。しかしあれは本当に新しい主任なのだろうか。皆、私と同じ事を考えているに違いない。ついさっき来た新しい主任は、あれは主任が若返った姿なのではないかと』

「――イリス! 伏せて下さい!!」


 日記の内容がいきなり寝ぼけたようなものになったと思った矢先、モニカが叫び庇うように押し倒す。日記はテーブルの上に置いてあったものの、咄嗟の事すぎて思わず手に掴み――そのままイリスはモニカと一緒に倒れ込んだ。

 その直後、少し離れた場所でびたんという音がした。音がした方向へ首を向ける。


 背後に、塗れたタオルが落ちていた。少々濡れすぎているような気がするそのタオルは、水分を多量に含んでいたらしく壁にぶつかり床に落ち、床に敷かれていたカーペットをじわりと湿らせている。

 開けたままだった入口から飛んできたのだろう。結構な勢いで飛んできたあれが万一命中していたら……命に別状はないが、唐突なダメージに悶絶くらいはしただろう。

 一体誰が……などと、考える必要はなかったようだ。


「……さっきから一体、何なんだ……逃げたり出てきたり……」

 レイヴンのうんざりした声に内心全くだと頷いて。

 部屋の入口にて立っている魚は、今回は戦う気があるのか濡れたタオルをひゅんひゅんと武器のように振り回していた。

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