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館を探索する話  作者: 猫宮蒼
二章 姉の代わりに森の奥にある館に行く事になりまして

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芽生えかけた不信感



 王国歴1005年 夏 某月某日 快晴



 一時的な大雨があった事など嘘のように晴れ渡った翌日。

 イリスは家の近所に新しくできた店の奥の方から窓の外を眺めていた。目の前にいるのは友人というよりもう食べ友と呼んだ方が確実かもしれないワイズである。

 カフェテラスなどの軽食というよりはどちらかというと居酒屋のような品揃えだが、酒さえ飲まなければまぁ定食屋とそう変わらないだろう。多分。


「……診療所」


 クリスが持っていった書類にあった名前が本当に行方不明者と一致したのか、という部分はまだわからないが、そう前置いて館で発見した物などを話したばかりだ。あの常識と倫理観をさらっと無視した日誌も含めて姉からの手紙の返答までも。

 イリスの話を黙って聞いていたワイズだったが、イリスが話し終わって尚、難しい顔をして考え込んでいたかと思いきや何やらぽつりと呟く。

 何か考え込んでるから邪魔しちゃ悪いかなーと思ってイリスは窓の外を眺めていたため、ワイズが何を言ったのかうまく聞き取れず、間の抜けた顔をしてワイズの方へと視線を戻す。


「……ん? どうした」

「あ、ごめん。今なんて言ったのか聞いてなかった」

「あのな……まぁいい。ボクの方でもあの館について調べてみた……というよりは、聞いてみたというべきか。

 とにかく詳しく知ってそうなのに声をかけてみたんだが、信憑性が高くなってきたなと思っただけだ」

「信憑性?」

「あぁ、その館が診療所だった、っていうのがな」


 ぴっと人差し指を立てて言うワイズに対し、イリスは思わず眉を顰めていた。

「それかなり最悪なんじゃないの?」

 そして思った事を率直に口に出していた。

「勿論、その館の前の持ち主がその噂を知った上で余興とやらに利用しただけ、って事も考えられなくもないが……もしその行方不明者の名前とカルテに書かれた名前が一致したならかなり際どい事になるだろうな」

「いやもう既に際どい気がしないでもないんだけど。だってあれでしょ、そもそも最初の時点で狂人が棲んでいるとか言われるような所だったんでしょ? 際どいも何も手遅れだとしか思えないよ」


 それ以前に狂人が棲んでいるとか言われるような所が診療所だった可能性が高い時点で色々と終了している気しかしない。いや、それより診療所だったとして、あんな森の奥深くに患者がやってくるだろうか。


「あんな場所に診療所を作ったから狂人扱いされた事も考えられるが、ああいう場所だからこそ利用する相手だっているんだぞ。それこそ大っぴらに王都の中の医者に見せる事ができないような輩とか」


 そんなイリスの疑問は顔に出ていたのか、やや呆れたようにワイズが言ってのける。

「まぁ、そういうやましい連中相手の診療所というよりは、金持ちの道楽程度に考えるのが無難かもしれないがな。そうじゃなきゃ色々問題になってとっくに騎士団が踏み込んでただろう。しかしそうはならなかった……という点から、変わり者がやる少々怪しげな診療所、程度の認識だったんだろう。聞いた話だと治療費なども特にとらなかったみたいだし。

 生活に困窮した相手が、やむなくその噂を信じて駄目元で足を運んだ事があるかもしれない、程度の話しかこっちも聞けなかったな」


「診療所かぁ……今まで見た部屋はそういう感じ全然しないのばっかだから、言われてもピンとこないけど……」

 散乱していたカルテらしきものくらいだろか、それっぽい物は。

 あとはただ、男女六名と主任と呼ばれる人物が共同生活をしていたらしい、というのが何となく窺える程度の建物だ。


 まぁ、ワイズの言う狂人が棲んでいたとか物騒な部分から夜な夜な怪しげな人体実験を行っていたかもしれない不気味な館、というイメージが強かったが、どちらかというと金持ちの道楽だったと考えるべきなのだろう。道楽とはいえ、あんな森の奥深くで生活するような相手なら、それこそ狂人扱いされても不思議はない。人と関わりたくなくて、というのであっても王都の中でも人の少ない区画で過ごせば済むだけの話だろうし。


「もし診療所だったとして、それっぽいのが出てきたら教えるよ。……ただの噂で実際は単なる館でした、っていう無難なオチを希望したいけど」

「何事もないのが一番だからな。それならそれで少々タチの悪い余興でしたで済むだけだろう。むしろそれくらいでいいんじゃないか? 団長たちもそれなら笑い話で済ませられると思うし」

「あぁ、うん。そうだね」



「……それにしても、さっきから浮かない顔してるけど他に何かあったのか?」

「え、えーと」

 館の事以外の事を考えていただけで、深く突っ込まれても困るのでとりあえず何とか話題を逸らそうとして。


「大した事じゃないんだけどさ……」

 この流れで話すのもどうだろうか、と思いはしたもののこれ以上この話題を続けていても仕方がない。そう判断してイリスはウィリアムに言われた事を大まかに話す事にする。

 将来どうしようかなーと悩んでたら知り合いに城で働けばいいじゃない、とあっさり言われたと。


「あぁ、それも有りだろうな」

 城で働くのなんてそう簡単にできるものじゃない、とあっさりワイズに切って捨ててもらいたかったのだが、イリスの予想を裏切ってワイズまでもがあっさりと頷いてみせる。

「……城で働くのってそんな簡単にホイホイできるものなの?」

「いや、それなりに試験とかそういうのはあるが」

「あんまり詳しくない私からしたら一番確実なのって騎士団に入るとかなんだけど、それ明らかに無理だよね」

「剣もろくに持った事のないイリスには騎士団は難しいと思うぞ」

「じゃあ他に何があるの? メイドとか? それも恐ろしく無理だと思うんだけど」


 一体何を想像したのか顔を青ざめさせるイリスに、ワイズは頬杖つきつつ答える。

「別に、他にも色々あるけどな。本気で城で働く気があるなら真紅騎士団団長殿に色々聞いてみたらどうだ? 下手したらトントン拍子に研究所で働かされたりしそうだけど」

「研究所って……私魔術とか一切使えないんだけど!?」

「そういう人材も一定数必要とされてるから、そういう意味では歓迎されるんじゃないかとは思う。あぁ、人体実験とかそういう意味じゃないからそこは安心していいはずだ」


 安心できる要素がむしろどこにあるのかわからないため、言われてはいそうですかと安心できるはずもなく。何となく疑わしげな眼差しを向けるイリスに、ワイズは苦笑を浮かべるだけだった。


「まぁそう身構えなくても。城の図書館もそういや人手が足りないらしいし、そういう所で働くのも有りじゃないかってだけの事だ」

「……図書館なら最初にそっち言ってよ。研究所とか言われたら無駄に不安になるよ」

 一応友人の助言を受け取ってクリスに話を聞くだけ聞いてみようかな、と思わないでもないが、何だかそれは最終手段のような気がした。話を聞く相手がモニカやアレクあたりなら世間話のノリでさらっと聞ける気がするのだが、何せ相手はクリスだ。軽口を叩くのは容易いが、ある程度真面目な内容を話すとなると何となく不安になる。


 さておき、研究所勤めのウィリアムのみならず、ワイズにまでお勧めされたのは予想外だ。……騎士は沢山いるけど、それ以外の人材は人手不足とかいうオチなのだろうか。流石にそんな事はないと思いたいが、もしそうであるならば……大丈夫か、それで。





 ――王都中央公園内 カフェテラスにて。


 ここ最近城の中に篭りきりだったから、たまには外に出たい!

 という真紅騎士団に所属している友人の言葉に、それじゃあわたくしも休憩を兼ねて……と一緒にここまで足を運んだのだが。

 城からここまでの距離を移動しただけで、その友人は活発な太陽にノックアウトされ現在では行儀悪くもテーブルに突っ伏している。仮にも騎士なのだが、こうして見るととてもそうは思えないほどのぐったり加減だった。遠征帰りならこれくらい疲れている事もあるかもしれないのだが。


「やっぱあれだね、たまに外に出ないと人として駄目になるね」

「人としてというか、既に騎士としても終わってるようにしか見えませんわ。……大丈夫ですの?」


 注文したアイスティーを一瞬で飲み干し即座に追加注文をしたものの、テーブルに突っ伏し動く気配のない友人は今ここで襲われたらあっさりとやられてしまいそうだ。


「うん、多分平気。ここ最近ずっと外になんて出てなかったから久々の太陽にくらっときただけ」

「……それは、本当に大丈夫なんですの?」


 平気とか大丈夫と言われても素直にそうかと納得できないのは決してモニカが心配性だからとかそういうのではないだろう。


 休憩を兼ねて来たはずなのに、気付けば会話内容が近況報告から自分の所属している騎士団であった事になったり、次の討伐の話題だったりと、結局は執務の内容になっている事にモニカは小さく苦笑を漏らす。

 多いとは言い切れないが、友人はいる。尤も、大半が騎士団に所属していたり、城勤めだったりでたまの休みに会ったとしても、今のように仕事の話になっていたり、家の事柄が話題になっていたりで休憩時間や休日といった感じがほとんどしないものだが。

 家の事も、騎士団の事も関係のない友人というのはイリスくらいなものだった。


(……あら? あれは……イリス?)


 脳裏に一瞬でも彼女の存在が過ったからなのか、視界の隅に見知った姿を見たような気がして思わずそちらへ注意を向ける。それは紛れもなくモニカがよく知る友人の姿だった。

 何やら誰かと話しながら歩いているようだが、相手の顔はこちらに背を向けているためわからなかった。

 わかったのは、それが男性であるという事と、琥珀騎士団の制服を着ているという事くらいだろうか。琥珀騎士の服の裾を引っ張りながら、イリスが何かを指し示す。

 それにつられるように男がそちらへ顔を向け――る直前でイリスたちよりも前の方から通行人が通り過ぎる。それも集団で。琥珀騎士とイリスの姿はその集団に紛れてあっという間に見えなくなる。


「モニカー? どうしたの? 頼んだカルボナーラきたよ?」

「え? あ、あら」

「なーに、モニカもこの暑さにやられたクチ? よし、この暑さを乗り切るべく私が頼んだアイス盛り合わせを半分分けてあげよう」

「アイス盛り合わせって……お腹壊しても知りませんからね」

「食べすぎなきゃへーきだって」


 友人に相づちを打ちながらも、再び視線をそちらへ向ける。遮るように通過していった集団の通行人の姿もすっかり見えなくなり、イリスの姿も見えなくなっていた。


(まぁイリスにも友人がいるのは当然な事ですし、わたくしたち以外の騎士の知り合いもいるとは聞いていましたからそれがあの人って事なんでしょうけれど……)


 視線を自分が頼んだメニューへと戻して、思い返す。確か以前名前を聞いたはずだ。確か……ワイズ。

 イリスが言う自分達以外の騎士の知り合いはそう多くなかったはずだし、先程の彼がそうである確証はないが高確率で彼の事だろう。

 どこの所属かまでは聞いていなかったけれど、琥珀騎士ならあまり話題に上らないのも頷ける。

 そこまで考えて、モニカは自然と首を傾げていた。


(……でも、グレンからその名前を聞いた事はありませんし、そもそもワイズという名前の騎士なんていたかしら……?)


 合同演習の際にもそんな名前の騎士を見かけた記憶はないし、そうなると特に階級もない一般騎士なのだろう。あまり深く考えてもこの場で答など出るはずもないと思い、モニカは考えるのを一先ずは止めた。

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