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館を探索する話  作者: 猫宮蒼
二章 姉の代わりに森の奥にある館に行く事になりまして

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事実であるならここには確かに狂人がいたようです



「大丈夫ですか!? イリス」

「え、あぁうん、ビックリしたけど何とか」


 叩き落とされたダガーを拾い、モニカが声をかけてくる。のろのろと身を起こしてこたえると、改めてイリスは室内を見回した。

 どうやらここは寝室のようだった。

 ベッドが三つ。小さめの衣装ケースが三つ。机も三つ。見た所大きめの家具に分類されるものはどれも三つ揃っているようだ。

 一階の部屋で見た掃除当番やら食事当番やらの名前を思い返してみるに、どうやらここは男女どちらかの寝室なのだろう。

 そして先程ばさりと音をたてていたものはどうやら紙のようだ。そこかしこに散らばっている。言うまでもなく先程の魚が散らかしたのだろう。


「……これ」


 そしてアレクに向けて投げつけていた物は、見た所一冊のノートのようだ。振り払われた拍子に曲がったページを何となく手で伸ばしつつ、書かれている文字へと視線を落とす。

 最初にちらりと見えた文字から日記かとも思ったが、日記というよりはどうやら日誌と呼んだ方が正しいようだ。

 掃除の際に足りなくなった石鹸の補充を頼む一文やら、食事当番に対する食事のメニューのリクエストなど、交換日記に思えなくもないがその日に起きた出来事の他に連絡事項なども書かれているようだし、日誌なのだろう。……多分。


「しかし先程の奴は一体何でこんなメモを室内に撒き散らしていたんでしょうかね?」

 そこかしこにぶちまけられた紙をいくつか拾い上げたアレクが近くの机の上で紙を整える。

「見た所、これも誰かの走り書きか何かですね。あまり重要そうな事は書かれていないようですが……」


「むしろ何故紙に書いておいたのか、という疑問も残りますわよね。一つ屋根の下で暮らしているならそれこそ面と向かって伝えればいいような事もこうして書き残しているようですし。こちらにある料理のレシピのように食事当番の際に情報を共有しなければならないような物が残されているのはまだわかるのですが」

「紙はフェイクで奴は何かを隠そうとした、という事も考えられますね」

「何か、と言われても……あら?」


 アレク同様モニカも紙を拾い集め適当に机の上に置いて。何かに気付いたように身を屈め、

「例えば鍵、でしょうか? でもわざわざこんな事をして隠すくらいなら、持ち去ってしまった方が確実ですわよね。……鍵がここにあるのと先程のあの魚の行動は特に関連がないのかしら」

 床に落ちている紙の下からちらりと覗いた鍵を拾い上げる。まだ何枚かの紙切れは床に落ちたままだが、パッと見ただけでもそれらに重要な事が書かれているわけでも、その下に何かがあるようにも見えない。あとは放置でも問題ないだろうと判断し、モニカはそれらを拾う事はしなかった。



「……イリス?」


 拾い上げた鍵を渡そうとするも、肝心のイリスは分厚いノートに視線を落としたままこちらを見ようともしない。一体何をそんなに熱心に読んでいるのだろうか。不思議に思いつつ声をかけると、イリスは弾かれたように顔を上げた。


「ん? なに、モニカ」

「何って、鍵を見つけましたから、イリスに」

「あ、うん。預かるよ」

 読んでいたノートを閉じるが、イリスがそれを手放す気配はない。

「あの、イリス。そのノート」

「アレク様、一つ訊きたいんですけど、前回ここから戻った後でクリスから何か持ち帰った書類の事で聞いてますか?」

 モニカの言葉を遮るように、イリスが口を開く。

 まだ何枚か紙が落ちているが、モニカと同じように特に拾う必要なしと判断したのだろう。それらはそのままに机の引き出しやクローゼットの中に他に何かないかと探していたアレクが作業を中断してこちらを見やる。


「いえ、特には。……仮に何かあれば、まぁ連絡くらいはしてくると思いますが」

「わたくしさらっと聞いただけですから詳細はわかりませんけど、クリスもあれで真紅騎士団を束ねる立場ですからね。ああ見えて結構忙しいからここから持ち帰った物を調べるにしても中々時間を割けないのかもしれません」

「え、そんな忙しい立場の人なの? いや、団長ってのはわかってるけど、何かあんまり忙しそうに見えないよねクリスって」

「魔術の応用理論とか何か色々やってるみたいですし、王都を警備していたりする目に見えて忙しいという感じとは別の意味で忙しい所ですわ。一般の目にはあまり触れませんから、暇そうに思えるかもしれませんが」

「そっかー……」


 理解したのかどうなのか、いまいちよくわからないリアクション。モニカも真紅騎士団の執務内容などあまり詳しく知らなかった頃なら忙しいと言われても信用できなかったため、むしろ妥当な反応なのかもしれない。


「もしかしたら、だけど。これも前回持ってった書類に関連ありそうだからできればクリスに渡した方がいいかもしれない」

「何ですの?」

「最初は日記かと思ったけど、どうやら日誌っぽい」

 持っていたノートを手渡され、モニカはそれをじっと見つめた。ノートそのものはどこから見ても普通のノートだ。


「それに書かれてる事が本当の事なら相当問題があるような気がするんだ、ここ」

「一体何が書かれていたというんですか?」


 結局モニカが見つけた鍵以外は、特にこれといった物を発見する事ができなかったアレクが怪訝そうにノートを見て。表紙を眺めているだけでは何もわからない、という事でモニカは渡されたノートを開いた。

 最初は確かに日記に思えるが、ページを捲っていくうちに日誌らしい内容になっている。このあたりはアレクも先程見たので特に問題は無い。

 けれど……



「――……冗談、でしょう?」

「本気だとしたら頭おかしい以外にかける言葉がありませんね」


 日誌を読み終わった二人の第一声は、似たようなものだった。

 最初は普通の日誌だった。備品が足りなくなってきたので次の買出しに必要な物が連絡事項として書かれていたり、その日起こった問題点などが書かれていたり。内容によっては単なる日記で終わった日もあったが、誰が見ても普通の日誌と言えるものだった。


 途中から、だろうか。内容がおかしくなってきたのは。

 訪れた患者の容態、経過報告、そういった内容が増えてきた。そこまでならまだ、何も問題はないのかもしれないが、それ以降明らかに人体実験をしているような表現や内容が増えてきたのだ。はっきりそうだ、と記していないため確実にそうだと言い切れないが、誰が読んでも誤解を招く表現だ。


 そうして日誌の最後の方のページには、死んだ人間を生き返らせる方法やら不老不死やら、日誌というよりは呪術書と言う方が確実な事ばかりが記されている。明らかにその方法が実行不可能なものばかりであるのに対し、これを書いた相手はそれを実行しようとしている節が見受けられる。誰か一人でもマトモな判断と突っ込みができる人間はいなかったのか。……いや、一人いたとしても、集団の意見に握りつぶされてしまえばどうにもならない事はよくある話か。


 狂人を魚人と聞き間違えたんじゃなかろうかとすら思っていたイリスだが、どうやら狂人で間違っていなかったらしい。こんな部分正解しても全く嬉しくもないが。


「とりあえず、これは僕からクリスに渡しておきます。ついでに説明も」

「そう、ですわね。わたくし上手く説明できる自信がありませんから、お願いしますわ」

「……これが単なる余興に関連する作り話ならいいんですけどね……」


 モニカからアレクの手へとノートが渡る。

 常識とか良識とか倫理といったものを軽やかに無視したような内容のノートにモニカが向ける視線は苦々しいものだった。


 二人がノートの中を確認している間、イリスは何となく室内を見て回っていた。

 既に二人が調べた後なので特に何もないというのはわかっているが、最初にノートを読んでいたために部屋の中をしっかり見ていなかったのもあって、何となく、ただそれだけの意味はあまりない行動だったのだが。


「……あれ?」


 窓際でふと視界に入ったものに、思わず声を上げる。

「何かあったんですの?」

「いや、あれ、人だよね?」

「こんな場所まで、ですか?」


 イリスのその言葉に、二人そろって窓際までやって来る。

 窓の外から見える光景は、ここまでくる途中で見ていた日の光もろくに射し込まない薄暗い森である。

 そしてイリスがあれ、と指し示したものは、確かに人であるらしかった。

 らしい、という部分がつくのはこちらに背を向けているというのとフードを頭からすっぽり被っているためハッキリと判別できないからだが、まず人間で間違いないだろう。


 何度かここに足を運んではいるものの、こんな場所で人を見るのは初めてだった。

 見かけても精々泉のあるあたりまでで、こんな奥深くにやってくる物好き、自分達くらいなものだとばかり思っていたのだが。


「……どうする? 行ってみる?」

「えぇ……そう、ですわね」


 イリス的には単純に森に迷い込んだ人間だと思ったからそう声をかけてみたのだが、こたえたモニカの表情はどこか険しかった。この季節にローブをしっかり着込み、挙句フードもしっかり被っているのはどう見ても怪しいのだが、それは単純に虫に刺されないためとか肌が弱いから森の中の植物に荒れる可能性があってそうしているのだろうというのがイリスの見解だった。何かよからぬ事を企んでいる輩、という可能性も考えたが、だからといってわざわざモンスターが出る事もあるこんな森の奥深くで一体何をするというのか。

 悪事を働くにしろ、わざわざあんな怪しげな格好でこんな場所をうろつくよりも、一般市民のふりをして王都で計画練った方がまだ確実だ。


「……ここは私が、と言いたいところですが……まだあの魚が出ないとも限りませんからね。全員で行くべきでしょう」

「一匹ならまだしも二匹同時に出てこられるとわたくしだけでどうにかできそうにありませんし……そうなるとイリスも危険な目に遭ってしまいますものね。そうするべきだと思いますわ」

「危険な目っていうのが生命的な意味じゃない気がするのがどうにもね……うん、それじゃ、行こうか。もし迷っただけの人なら早いとこ王都に案内してあげないと」


 部屋を出て、階段を駆け下りる。途中で魚の妨害に遭う事もなく、三人はすんなりと外へ出て――

 肝心の人影は見えなくなっていた。周辺を少し探してみたものの、それらしい影も形も見る事はなく。


 もう一度館に引き返すにしても時間が微妙、という事で、この日は探索をここで終えて帰る事にした。

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