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館を探索する話  作者: 猫宮蒼
二章 姉の代わりに森の奥にある館に行く事になりまして

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生命の神秘をこんな所で感じたくはありません



 とりあえず近くから、というのは相変わらず変わる事なく早速入手したばかりの鍵を、まずは手近な部屋で試してみる。そうしてあっさりと、応接室の隣の部屋が開いた。


 ドアを開けるとそこはどうやらトイレのようだった。

 とはいえ、普通の家と違いどちらかというと飲食店などのトイレに近い感じだ。入ってすぐの場所に手を洗う場所があり、奥の方はいくつかの個室に分けられている。

 店にあるトイレと少々違うのは、男女で分かれていないという部分だろうか。


「……ねぇ、何か聞こえない?」

 僅かな水音らしきものが聞こえたような気がして、イリスはモニカとアレクの方へと顔を向けた。

 自分が聞いた音が気のせいではないのだろう。二人の表情が少々険しい。

 単純に水が流れっぱなし、というような音ならここまで警戒する必要もないのかもしれないが、音はどちらかというと水を撒き散らしているような感じのものだった。


「イリスはここで待っていて下さい」

「ここはわたくしとアレクで見てきますわ」


 すらりと剣を抜いて歩き出すアレクと、ぐっと拳を握り締めるモニカ。

 六つある個室のうち、アレクは右から、モニカは左から見ていく事にしたようだ。

 真っ先に音の発生源を調べる事ができればいいのだが、どうにも音が反響しているせいでどこが発生源なのかがよくわからない。


 アレクはドアを開けて何かがいれば即座に斬りかかる勢いのようだが、モニカの方は特に武器を手にしているわけでもなく。

 何かがいたらどうするんだろうか、とふと疑問に思いつい視線をそちらに向けて成り行きを見守る。


「ダークブリンガー」

「って、いきなりそれか!」


 ドアを開けるなり魔術発動させたモニカに反射的に突っ込んで。

 便器から伸びた黒い剣のようなものが、特に何かを貫くわけでもなくそのまま消える。モニカが開けた個室には何もいなかったようだ。


「? どうしましたの、イリス」

「どうしたの、じゃないよ。何その魔術の無駄遣い」

「手っ取り早くていいと思うのですが」

「いやあの、万一便器壊れたりしたら……って、魔導器のせいで壊れるって事はないのか」


 魔導器によって建物が破壊されるような事はない、という事実を知ってはいたが、どうにも馴染みがないためかつい忘れがちになってしまう。

 しかしだからといってそれでいいのだろうか。何か激しく間違っている気がする。


「どうしたんですか、イリス」

 アレクが開けた個室にもどうやら何もなかったらしい。ドアを閉め、モニカと言い合っている光景に不思議そうに問いかけてくる。


「いえ、モニカがちょっとドア開けるなり魔術ぶちかますっていう魔力の無駄遣いしてたのを突っ込んだだけです」

「……魔力の無駄遣い、ですか。この先何が起こるかわからないのでそれは確かに……」

「ですがアレク、わたくし思うのです。確実にこの方が手っ取り早いと」

 力強く断言するような事ではないが、モニカの目は残念な事に完全に本気だった。

 イリスの魔力の無駄遣い説に賛同していたアレクだが、何かを考え付いたのか次のドアを開ける前にモニカの方へと歩み寄り、

「モニカ、どうせなら……」

「……あぁ、成程。その方が確かに早いですわね」

 小声で何かを耳打ちし、今度はモニカがそれに賛同する。


 残る個室は四つ。びしゃびしゃと水を撒き散らしているような音は、今もなお聞こえてきている。


「――シャイニング」

 アレクに言われ詠唱を開始したモニカが、早速完成した術を解き放とうと右手をすっと掲げる。

 小さく輝くいくつもの光がモニカの右手に誘われるようにふわりと上へ舞い、

「エッジ!」

 術の発動と同時に右手を振り下ろす。残る四つの個室、天井付近は僅かに開いているためそこから光が個室内部へと降り注ぎ――


 べしょっ。


 この音を最後に、先程まで水を撒き散らしていたような音が途絶える。

「……正直、手応えはあまりありませんわね……多分命中したんじゃないかな、とは思うのですけれど」

 言いながらもドアを次々に開けていく。


 右から三番目の個室、そこの床だけ水が飛び散りここが音の発生源だったという事だけは理解できた。

「何かがいたとしても、恐らく逃げられたと考えるべきでしょうね」

「逃げたって……え、ここから?」

 逃げるというよりもそれは流されたと考えるべきなのでは。そう思いはしたが流石に口には出せなかった。


 逃げるために自ら便器の中に飛び込むような奴が、果たしているのだろうか。川とか池ならまだわかるが、ここはトイレだ。まともな人間であるならば確実に使わない経路だが……まぁ相手はモンスターだしなぁとイリスは無理矢理納得した。


 しかし、だ。ここに何かがいたとして。その何かは恐らくあの魚なんだろうなとも思うのだが。

「どう頑張ってもここから出入りはできないよね……」

 塔のようにまっすぐ伸びた縦魚ならまだしも、横向きの魚が頭から突っ込んだとしてもこのスペースでは途中でつっかえるだろう。主に手足が。普通の魚ならば恐らく何の抵抗もなくいけるかもしれない。だからこそ魚部分は案外するりといくのかもしれないが、あいつらには人と変わらぬ手足が存在しているのだ。あの手足は確実にここではつっかかる。

 考えてもどのみちこの場で答えが出る事もないだろう。

 見た所特に何もないようだし、イリスはこれ以上考える事をやめ個室のドアを閉めた。


「音の発生源はわかりましたけど、念の為他の個室も確認しておきましょうか」

 モニカの言葉に頷いて、イリスはそのまま左隣の個室のドアを開けてみた。びしゃびしゃという水音が聞こえなくなってからは、特にこれといって何かの気配がするわけでもないためアレクもモニカもイリスがそのまま隣のドアを開ける事に何も言わなかった。

 他の個室の中を確認していたモニカとアレクに少し遅れて、イリスも出てくる。

「便器の蓋にこんなのが貼ってあったんだけど……」



『隣のドアを勢いよく開けて閉める』



 それだけが書かれたメモを二人に見せる。隣……? と怪訝そうな顔をしながらもアレクとモニカが視線を向けたのは、先程まで水音がしていた個室だった。

 隣といっても左右どちらの、とは書かれていなかったがイリスも自然とそちらへ視線を向けて。

 アレクがそのドアを思い切り開けて、叩きつけるように閉める。バンッと音が響くも特に何かが起こった形跡はない。次いでモニカが左隣のドアを同じように勢いをつけて開け、両手で押し出すように閉める。

 少しの間をおいて中を確認してみたが、こちらも何か変化があるようには見えない。


「何も起こりませんわね……?」

 念の為メモがあった個室も開けて確認してみたが、特に何かが起きた形跡はない。そもそも普通の部屋と違いトイレの個室だ。変化があればすぐ気付ける――と思うのだが、少なくとも三人の目には何の変化もないようにしか見えない。


「勢いが足りなかった、ってわけでもないよね。閉めた後開けちゃ駄目……とか?」

「いえ、もしかしたら……すみません、確認してきます」

「ちょっと、アレク!?」


 言うなり出ていったアレクにモニカが声をかけるが、アレクは立ち止まる事も振り返る事もしなかった。

「……わたくしたちも行くべきでしょうか?」

「んー、どうなんだろ? ここにもう何もないっていうならアレク様の後についてった方がいいのかもしれないけど……せめて何を確認しに行くのかってのを説明してから行ってほしかったかな」

 アレクがどこへ向かったのかわからないので、あまり遠くへ行かれると追いかけるだけで一苦労だ。この館の外に出たという事は流石にないとは思うが。


「まぁ、あのアレクの言い方からしてこっちで待ってた方が良さそうですわね。恐らくすぐ戻って来るでしょうし、待ちましょうか」

 モニカの言葉に頷いて。モニカは出入口付近の手洗い場の方へ移動しようとしていたが、イリスはふとメモがあった個室のドアをもう一度開けていた。何故、と問われると本人にもよくわかっていないが、何かの気配を感じたような気がしたから、なのかもしれない。

 流石に気のせいだろうと思っていたのだが……


「…………」


 先程まで飛び散っていたであろう水のせいで濡れた床。そして便器。目に映るのは精々それくらいだと思っていたのだが、それ以外のものを目にしてイリスはその場で固まった。

 便器から、何かが出ている。何か、というか具体的に言うと魚の頭が。

 感情の浮かんでいない目はどこを見ているのかよくわからない。時間にしてほんの1~2秒だろうか。イリスがモニカを呼ぶよりも魚が行動する方が僅かに早かった。


 にゅるん、と音がしそうな勢いで魚が便器から出てくる。薄々予想していたが、縦魚の方だった。横向きの奴はそもそも便器から頭だけを出すなどという事はできないだろう。縦向きの奴もここに出入りするには幅的な問題で難しそうだが、現に出てきたのだからそこまで難しい事でもないのかもしれない。


 っていうか、それじゃあさっきまでの水音はこいつが原因か。何で入った。そして何で出てきた。


「――イリス!?」

 こちらに来る気配がなかったために戻ってきたモニカが焦ったような声を上げる。

 助けを求めるようにそちらに視線を向けたかったが、イリスは魚から目を逸らす事ができなかった。

 全体的に濡れてしっとりとした魚の手が、わきわきと動かされているのを目にしてしまったから。

 前回の事を思い出し、咄嗟に両手で胸のあたりをガードして、じりじりと後退る。

 下手に視線を逸らそうものならその隙をついてきそうだ。


「モニカ、モニカも気をつけてね」

「え、えぇ……」


 手をわきわきさせて近寄ってくる魚に異様な何かを感じ取ったのか、聞こえてきたモニカの声は戸惑いが強かったように思う。

 じりじりと後退っていると、肩に何かが当たる。どうやらモニカも相手を刺激しないよう少しずつこちらへ近づいてきていたようだ。ついでに気付かれないように詠唱していた術を解き放とうとして――


「ダーク――」

 だぁんっ!

 発動させるより早く、出入口のドアが勢いよく開け放たれた。

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