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館を探索する話  作者: 猫宮蒼
二章 姉の代わりに森の奥にある館に行く事になりまして

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不死であっても何の問題もなさそうです



 王国歴1005年 夏 某月某日 晴れ



 前回館を探索してから数日が経過した。

 あの後は何だかどっと疲れたので早々に帰宅し、また次の日にでも……という流れで解散したのだが、色々あって行けなくなった事が何度か続き、ようやく――正直あんまり来たくなかったがやってきたという次第である。


 ちなみに前回探索した際にあの魚類にされた事をアレクがモニカに告げたらしく、館に入るなり彼女は殺る気満々である。あくまでも探索がメインのはずなのだが彼女一人だけ掃討戦にでもやって来たかのような雰囲気だ。……まぁ、探索はこちらが頑張ればいい話だろう、きっと。


 館に着いて早々諦めの境地に達した気分だ。モニカ一人が暴走するだけならもう一人の方にどうにかしてもらおうと他力本願な考えも浮かぶものの、今回の同行者にはそれを求めても無駄だ、とそこでもイリスは諦めている。


「それじゃあ、今日もサクッと探索しちゃおうか。モニカ、アレク様」

 開始する前から血を見る予感しかしないのは気のせいではないだろう。

 目に見えて荒ぶっているわけではないが、静かに狂戦士化しているような相手二人を抑える自信は持ち合わせていない。


 開いていない部屋と入手した鍵が合うかどうかを確認するだけの事なのだが、前回は魚が出現したせいで途中でうやむやになってしまったため、そして鍵に何の印もつけていなかったため、どれを試してどれがそうでないのかはさっぱりだった。仕方なく、一からやり直す事にする。


 ――そうして最初に開いたのは、応接室向かいにある部屋だった。



「浴室かぁ……」

 青系統で纏められたそこは、やや広めの浴室だった。

 とはいえ、もう随分と使われていないのか脱衣所の隅には少々埃が積もっていたし、浴室のタイルも乾いて何なら細かなヒビがある状態である。

 浴槽に水が張られてそこに魚が漂っているのではないか、と思ったりもしたのだが、どうやらあの魚たちはここを一切利用していないらしい。館に入るなり鼻腔を刺激してくる磯臭さの原因かもしれない場所、と勝手に思っていただけに拍子抜けしてしまう。

 それ以前に鍵がかかっているのだから、そもそもあの魚たちが入れるはずもないのだが。


 他の部屋と違い何かを隠すような場所が少ないため、手分けしてしまえばあっという間に見終わってしまった。

「流石に何もありませんわね……あら?」

「どうかした? モニカ」

 モニカが見ていた方向とは反対側を調べていたイリスが振り返る。モニカの視線は引っくり返った洗面器に向けられていた。

 まるで何かを閉じ込めるように置かれたそれを、モニカは無造作に持ち上げた。中から何かの物音が聞こえていたなら躊躇したかもしれないが、流石に虫か何かが出てそれを洗面器で覆いかぶせて捕獲、そのまま放置したとしても日数的に流石に生きてはいないだろう。……だからといってそれを目撃する側としてはたまったものではないが。


 浴室には他にもいくつかの洗面器が置かれていたが、それらは一つにまとめられ重ねられていた。そこから転がり落ちたにしては不自然な位置にあったため、てっきり何かあると思ったのだが――



「何もないですわね。んもう、紛らわしい」

 あからさまに何かありますよと言わんばかりだったのに、結局は何もなかったようだ。持ち上げた洗面器を仕方なしに重ねられているところへ戻そうとして。


「……イリス、こっちに鍵が入ってましたわ」

「人によっては発見できないところだったね」

 モニカから鍵を渡され、それを受け取りながら自分だったら洗面器をわざわざ戻そうと思わないだろうから、鍵を発見する事はなかったかもしれないなと考える。


「二人とも、そちらはどうですか? こちらは残念ながら特に何もないようです」

 一人脱衣所を見ていたアレクが声をかける。

「こちらは鍵を一つ見つけましたわ。それ以外は特に何もなさそうですので、次の部屋に行きましょうか」

 モニカがこたえ、浴室を後にする。これ以上浴室を探しても、恐らく何も発見する事はないだろう。一通り見回してそう結論づけるとイリスもモニカの後を追った。


「あれ? アレク様、その手に持ってるのは?」

 特に何もない、と言っていたはずのアレクの手には、数枚のメモが握られていた。

「そこのカゴの下にあったものですが、内容を見るに特に重要ではないと判断しました」

 言いつつさらっと見せられたそれは、どうやらここにいた誰かの書いたメモのようだ。食事についての愚痴らしいものが書かれている。


『たまには肉がっつり喰いたいって言ったら大豆フルコースってどういう嫌がらせなんだよ。タンパク質って点ではそう変わらないでしょ、ってやかましいわ』

『焼き加減をレアでって言ったら焼かずに生で出すとかどういう事なの』

『牛乳少なくなってきたからって水で薄めて出すの止めて。切実に』


「……何か、見てて凄い残念な食生活してるんだな、っていう感想を抱くと同時に色んな意味で切なくなってきますね」

 いくらなんでも牛乳水で薄めるのは無い。流石に無い。だったら最初から水を出してくれた方がマシだ。

「今となってはクリスが片付けてしまいましたが、あの書類が沢山あった部屋に食事当番について書かれたものがありましたよね。……六人いて、そのうち何名がこんな悲惨な事を……って考えると尚更ですよね」

「初めての野営で初めての調理をする見習騎士といい勝負ですわね」


 何だか沈痛な面持ちで言うアレクとモニカ。騎士の何割かは二人同様貴族出身だったりするし、そうなると今の今までマトモに料理をした事がないという人もいたのだろう。……この二人に関しては、突っ込んで聞くのが何となく憚られたためあえて聞かない事にする。というか、表情に出ているので流石に訊けない。


「そういえばあの一件以来ですよね。見習騎士の初めての野営訓練などがいくつかの騎士団合同で行われるようになったのは」

「えぇ……漆黒騎士団の方々には苦労をかける事になってしまいましたわね……」

 お互い遠い目をして語りだすも、何となく嫌な予感がしたためイリスは何も突っ込まなかった。話の流れから何となく先が見えたというのもある。

 それよりもふと気になったのは――


「そういえば、この館って魔導器の力で建物の中で魔術使っても壁とか大丈夫みたいですけど、それって建物の中の物全部に該当するんですか?」

「全部、ではないと思いますが、壁や窓、天井床は勿論ですが、あとは一部の家具くらいじゃないですか。このメモとかは……ほら、燃えますし」

 アレクが術を発動させると、手の中でメモが燃えて灰となって床に落ちる。

「流石に生物にはそれって効果発揮しないですよね?」

「えぇ。それは流石に。それができるなら護衛を城に配備する必要ありませんね」

「そっか、一瞬あの魚にもその効果があったらどうしようかと」


「そうだったら一生好きなだけサンドバッグにできますわね」

「迷う事なく生き地獄コース決定ですね」


 イリスの考えは万一倒せない相手だったら困るなぁ、というものなのだが二人にとっては何の障害にもならないらしい。むしろ嬉々として即答する時点で殺る気満々、どころかそちらの方が好都合とか言い出しそうな勢いである。既に言っているも同然だが。

 倒すつもりがあるのかないのか、判断につかず微妙なところだ。


 脱衣所にはアレクが言う通り、メモが数枚――それもつい今しがたアレクの手の中で灰と化したが――あるだけだった。衣服を入れるためにいくつかのカゴが置かれていたが、既にアレクが調べたためそこにはもう何もない。

 それ以外で目についたものは壁にはめ込まれた大きな鏡くらいのものだが、既に調べたアレク曰く、特に何の仕掛けもなかったそうだ。

 まぁ、鍵を一つ発見できただけでも良しとしよう。

 そう結論付けて、イリスは気を取り直すように口を開いた。


「それじゃ、次の部屋行ってみようか」

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