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館を探索する話  作者: 猫宮蒼
二章 姉の代わりに森の奥にある館に行く事になりまして

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種族が違えどもこれは訴えるべき案件です



 不自然なまでに中途半端に言葉を途切れさせたアレクの表情は、どうやら驚いているらしかった。

 そして背後に何者かの気配。

 これら二つの事からして、自分の背後に何かがいるというのは間違いないだろう。


 振り向くべきだろうか。それとも……

 そんな風に悩んだのはほんの一瞬だったはずなのだが、やたらと長い時間を要したようにも思える。

 振り向いた途端に襲い掛かって来る、なんて事があったらどうしよう……いや、アレクもいるし最悪の事態にはならないはずだ。そう思い直すとイリスはゆっくりと振り返った。

 勢いよくいかなかったのは、そうする事で相手を刺激しないためだ。

 しかし――


「………………」

「…………………え?」


 背後にいたのは前回も見た魚だった。縦に伸びた方ではなく、レイヴンに追いかけられて積み上げられた荷物の壁の隙間を縫って逃げた方の。

 そいつが何をするでもなく、ただイリスの背後に佇んで――いや、何をするでもなくというのは少々間違いがあるかもしれない。

 そいつの手は、イリスのスカートを摘んでいた。そうしてその手を上にして――


「なっ、なに人のパンツ堂々と覗いてんだごるぁあああああ!!」


 自分が何をされているのか理解した瞬間、頭に沸騰した血液が巡る。ついほんの一瞬前まで命の危険すら考慮していたはずなのだが、そんな心配はすこんと抜け落ちイリスは怒り任せに叫ぶと身体を反転させて勢いのままに蹴りを放つ。


 それはアレクの目から見てもとても綺麗な回し蹴りだった。思わず「おぉ……!」と感嘆の声さえ漏れる程に。

 だがしかしその攻撃は予測済みだとでも言わんばかりにあっさりと躱される。ひょいっという音さえ聞こえてきそうな程にあっさりと。


 イリスと魚が向かい合う。

 モンスターだから、という以前に魚なので表情に変化はない。何を考えているのか全く予想できない無表情のままイリスをじっと見ている。距離がまだ近かった事もあってか、イリスは第二撃を叩き込もうと下から上に足を蹴り上げたのだが、それもあっさりと躱されて。

 床にへばりつくようにして避けた魚は、そのまま動かなかった。


「……ローアングルから覗き込むなー!!」

 行動の意図に気付いたイリスは慌ててスカートを押さえ込む。たかがパンツ、されどパンツである。見られる程度なら命に危険はないんだから問題ないだろうと思わないでもないのだが、だからといってさぁ見るがいい! と見せる物でもない。減るもんじゃなし、と時折無神経な事を言う奴もいるが、精神的なものがごっそりと減る。

 どうしてくれようこの変態。素手で殴りかかるのはなんというか、魚という事もあって表面がしっとりしていそうだし遠慮したい。ぬめってたりべちゃってたりするようなのを素手ではいきたくない。

 しかし鉄槌は下したい。そりゃもう盛大に。

 殴るのが駄目ならあとは蹴る以外ないのだが、それを実行しようとすると軽やかに下着を覗き込まれてしまう。それはイヤだ。しかし泣き寝入りする気も全く無い。変態死すべし慈悲は無い。

 どうにもできずにぐぬぬと歯噛みしていると、イリスの肩に手が置かれた。


「少し離れていて下さい」


 抑揚のない声で言われ、うんともはいとも言えずさっと壁際へ身を寄せる。剣をすらりと抜き放ったアレクはやや俯いていて、表情はよくわからない。ぞわりと肌が粟立つような感覚がして、イリスは思わず自分を抱きしめるようにして腕をさすった。

 おかしいな、この館、こんなに寒かったっけ……?


 剣を抜いたアレクに警戒するように魚がじりじりと距離を取る。

 恐らくは隙をみて逃げるつもりなのだろう。しかしアレクも逃がす気はないらしく、同じように少しずつ距離を詰める。魚は瞬時に背を向けて逃げるべきだったのかもしれない。前回逃げた時の速度を思い返してみるに、恐らくそうしてしまえば実際逃げられただろう。しかしそのために背を向けるのは躊躇われるような雰囲気がそこにはあった。


 最初に仕掛けたのはアレクだった。

 何かの言葉を発するでもなく掛け声を上げるでもなく、無言のまま斬りかかる。小手調べ、などというようなものではない動きに、魚の方も咄嗟に動いていた。

 僅かに躱しきれなかったのか、魚の顔の一部を少しだけ剣が掠めていく。避けきれなかった事に驚いたかのようにたった今できた傷の部分を手で拭う魚に、避けられる事は想定していたのだろうアレクの次の斬撃が繰り出される。

 ほんの一瞬とはいえ傷をつけられて動揺していた魚の隙をついた一撃。

 イリスの目から見ても、これで決まった――そう思ったのだが。



 ぱん!



 軽やかな音が響く。

「っ!?」

 僅かな動揺がアレクに走る。


 真っ二つ、とまではいかないまでも致命傷を与える事はできるだろう一撃、アレクが振るったその剣を魚は真剣白刃取りで回避した。手と手の間にある剣をそれでもどうにかしようとお互いが無言のまま、力の応酬が開始される。

 どれくらいそうしていたのだろうか。両者にとっては長い時間だったのかもしれないが、傍で見ているイリスからするとほんの数秒程度の時間だった。魚の腕がぷるぷると震える。魚に人の手足が生えた代物、という奇怪な生物はどうやらそこまで力が強いわけでもないらしい。

 このままでは不味い――そう判断したのか、魚は剣から手を離すと同時、数歩分の距離を跳び退った。

 しかしそれを黙って見過ごすつもりのないアレクがすかさず追撃をかける。


 ぱん! ぱん! ぱんっ! ぱん!


 イリスの目にはやや速すぎて見えない斬撃を全て真剣白刃取りで回避する魚。先程のように剣を受け止めたまま無言の力比べの応酬をしないのは、単にそこで時間をかけると体力が消耗して不利になるからだろう。

 魚の表情に変化はないはずなのだが、どことなく焦っているようにも見える。

 繰り出す斬撃全てを今の所全て受け止められているアレクも同様だった。いや、彼の場合は焦りというより苛立ちの方が強いのだろう。ぼそりと何かを呟いている。


「…………!!」


 魚が大袈裟なまでに剣を回避する。受け止められる事がなかったアレクの剣は勢い余って床に刺さるかと思われたが、直前で止まり――そこから、パリパリと小さな破裂音を立て、放電していた。どうやら先程呟いていた何かは呪文詠唱だったらしい。


「貴方に与えられた道は『死刑』ではなく『私刑』です。おっと、逃がしませんよ?」


 今日は良いお天気ですね。そう言いながらするような爽やかな笑みを浮かべつつも、しかしアレクの言葉は穏やかなものではなかった。見ようによっては悪役にすら見える。市民を守るという名目があるのかもしれないが、滲み出ている気配は殺る気満々、オーバーキル上等である。


「…………」


 魚がじりじりと後退る。流石に放電している剣を受け止めるのは危険だと理解しているのだろう。

 すっと剣を構えるアレクと、やや逃げ腰になっている魚とを見比べて。


 やはり最初に仕掛けたのはアレクだった。

 慄きつつかわすも、逃げ道を奪うように追撃をかけてくるアレクにこれ以上ここに留まるのは危険だと魚の方も判断したのだろう。魚の目がちらりと何かを探るように動き――


「……え?」

 ふと、隣に何かの気配を感じ、イリスがそちらへ視線を向ける。

 そこには縦向きの魚。横を向いたイリスと、しっかりばっちり視線がかち合って。


 一体いつの間に――!?


 驚きすぎて声すら出ないイリスが何とか少しでも距離を取ろうとした矢先。



「…………」


 もにゅっ。


 事もあろうにそいつは胸を揉んできた。


「――っ!?」


 自分が何をされているのか理解した瞬間、イリスは声にならない声で叫んでいた。

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