宝探しとか何年振りでしょうか
その部屋を綺麗か汚いかと問われれば、間違いなく汚いと答えただろう。
けれどその汚さは、かつてロイ・クラッズの館に最初に足を踏み入れた時のような、人が住まなくなり荒れ果てたような汚さではなく。
「……狭いけれどここ、まるで会議室のようですわね」
モニカが呟く。ドアを開けた先から見えた光景は、室内に長机が二つ置かれ、椅子が七つ。更には机の上に積まれた書類のような物。誰かの執務室というには椅子の数が多いし恐らくはここはモニカの言うように会議室のような役割を持っていたのだろう。
机の上どころか床にも紙が散乱していて、一瞬足の踏み場に困ったのか躊躇しつつも足を踏み入れた。
「……カルテ……?」
落ちていた紙を一枚拾い上げそれに視線を落としたアレクの訝しげな声。患者の名前などはインクが滲み判別できないが、それは確かにカルテだった。
「こっちは……何かのレシピかな。いくつか見知った薬草の名前が出てる」
同じようにクリスも適当な一枚を拾い上げていた。
「こちらは食料を買い出した際の家計簿のようですわね」
机の上に置かれていた紙を一枚手にとって、モニカが視線を落としたものには数日分の食糧を纏め買いしたのだろう、びっしりと食料と金額が記されている。
「……会議室、っていうわりにはここに散らばってる紙に書かれた内容バラバラすぎるね」
中にはお使いメモまである始末だ。情報管理が雑とかいう問題以前の話すぎる。
唯一散らばっている紙には目もくれずにいたレイヴンの方をイリスが見ると、彼は別の物を見ているようだった。
「レイヴン? 一体何見て……」
そこで言葉が止まる。
レイヴンが見ていたのは、壁に掛かっているボードだった。
『トイレと浴室は以下の順番で掃除する事。
・マイク
・ジェシカ
・ケイン
・フローラ
・キース
・リリー
厨房と食堂の掃除は食事当番の者が行う事。以下は食事当番の順。
・マイク ジェシカ
・ケイン フローラ
・キース リリー
・マイク フローラ
・ケイン リリー
・キース ジェシカ
・マイク リリー
・ケイン ジェシカ
・キース フローラ
それ以外の部屋は使用した者が各自清掃する事』
「椅子の数は七つ。ここに書かれている人物名は六。指示している人間の数を入れれば一応数は合うな」
「これも余興の内容の一部……なのかな?」
「どうだろうな。以前住んでいた人物かもしれないし、架空の存在かもしれない」
「余興のためだけにこれを用意したっていうなら、かなり手が込んでるよね」
「……そこかしこに散らばってる紙から見える内容から判断して、恐らくは元々ここに住んでいた人物だろうとは思うがな」
という事は、ここに書かれた名前はこの館で働いていた使用人の名前だろうか。
男女各三名。掃除はともかく食事当番まで全員がやっているという事は、この中で料理人的ポジションの人はいなかったのかもしれない。
椅子の数が七つあったところから、彼らを纏める立場のもう一人がいるのは確かだろう。けれどそれが使用人の中でのトップにいる者なのか、それともこの館の主なのかはわからない。
「おや、これは……イリス、これを見て下さい」
山のようにある書類の中から、アレクが一枚の紙を引っ張り出す。
他の書類と違い、その紙はどうやら便箋のようだ。ほんのりファンシーな色合いのそれは、他の書類に紛れていても異彩を放っている。
アイリス・エルティート様
子供騙しのつまらない余興になるかと思われますが、少しでも暇を潰せる事と思い宝物を隠させて頂きました。
他の部屋の鍵も同様に、分散して隠してあります。
少しでも楽しめる事を願って――
入口にあった手紙と同じ筆跡。
具体的な内容とは言い難いが、余興というのがどういうものかはわかった。
宝探しとは、これまた子供が喜びそうなものだ。
「……まぁ、姉さんならノリノリでやるんだろうなぁ……」
あの人はそういったものが好きだったように思う。
宝物とやらがどんな物かまでは流石に書いていないが、館をポンと譲るような相手だ。子供騙しのような景品ではない、と考えていいだろう。例え子供騙しのような代物であったとしても、どうもこの館の前の持ち主は姉の事を多少は理解しているようだし、姉が好きそうな物が景品である可能性は高い。
「となるとまずは他の部屋の鍵を探す所から始める事になりますね」
「……でしたらやはり手分けした方がいいのかしら」
ポツリとモニカが零す。
確かにこの館の部屋の鍵まで分散して隠した、という事はそれらを探し出すだけでも相当な時間がかかりそうだ。
幸いにして館は二階建てのそう大きくない建物で、一階の部屋数からして二階もそう変わらないだろう事から例え姉が一人でここに来たとしても鍵を見つけるだけで数カ月かかる、などという事にはならなさそうではあったが。
というか、元々姉一人に向けた余興という事なのだから、流石に鍵を探して最終的に宝物を発見させるまでに心が折れるような隠し方はしないだろう。そう思いたい。
「とりあえず、一階はこの部屋以外に鍵かかってるんだし、二階に行ってから考えようよ。そこも全部鍵がかかってるようならこの部屋本格的に探すしかないんじゃない? 今の時点で鍵がありそうなのってこの部屋くらいだし」
流石にこの書類が散乱した中を地道に探すのは少々……いや、かなり面倒だ。
二階に行って何もなければこの部屋を本格的に探すしかないが、もしかしたら二階にも開いてる部屋があるかもしれない。
「ま、それもそうだね。流石に最初からこの部屋調べるのは面倒すぎる。どうにもならなくなってからでも遅くはないだろうね」
イリスの言葉に真っ先に頷いたのはクリスだった。いくつかの書類に目を通して、自分が見たものだけは別の場所に積み直している。表情からその書類に特に重要な事は記されていないようだ。
全員が全員、この部屋をじっくり調べるのは時間がかかると判断したのだろう。
まずは二階に行って、他に開いている部屋がないか確認してからにしようという結論になった。
部屋を出て近い方の階段から二階へ向かおうとして。
「――っ!?」
「え? な、何?」
イリスを除く全員が一斉に階段のある方向を見る。たまたまそちらに視線を移動させたというよりは、何かに気付いたように全員同時だったため、思わずイリスの肩がびくりと跳ねる。
「聞こえましたか?」
「えぇ、何かの物音でしたわね」
アレクの問いにモニカが頷く。レイヴンとクリスは何も言わなかったが、二人にも聞こえていたようだ。その表情は少々険しい。
最初に動いたのはレイヴンだった。音もなく物音がしたと思われる方向――丁度これから行こうとしていた階段の方へと向かう。それから少し遅れて、アレクが続く。
レイヴンが階段を上がり、姿が見えなくなる。……と思いきや、すぐに引き返してきた。
続いて階段を上がろうとしていたアレクが思わず立ち止まる。
「一体何があったんです?」
「……踊り場の鏡が割れていた。それ以外は特に無い」
「鏡……?」
意味がわからないと言わんばかりにアレクが怪訝そうな表情を浮かべた。レイヴンもそれ以上説明のしようがないと思ったのだろう。ついてこいと手で合図し、もう一度階段を上がっていく。
そこには階段の踊り場に設置するには少々不釣合いな鏡が置かれていたようだ。姿見、といった方が適切な程大きな鏡が、ものの見事に割れている。
誰も何も言わなかった。割れた鏡をただじっと見下ろしている。
その様子から、イリスは何となく悟る。先程聞こえたらしい物音は、鏡が割れた音じゃない別の音なんだろうなぁ、と。鏡が割れた音ならば、もっと響くはずだ。けれどイリスには聞こえなかった。
「……皆がさっき聞いた音ってさ」
「いや、何かの仕掛けが発動した音という事も考えられる。とりあえずイリスは一人になるな。いいな?」
「それは……うん、わかってる」
レイヴンに言葉を遮られ、釈然としないながらも頷く。
鏡の破片を片付けようにも道具もなしにやるのは危ないという事で、ここの片付けは後回しになった。
まずは二階へ行く事を優先させる。
二階もまた、一階とそう大きな違いはないようだ。
真っ直ぐ伸びる廊下の向こうに、何やら箱が積み上げられているのが見えた。
「向こう側の階段から上がってきたら荷物に邪魔されて先に進めないところでしたね」
「よけるにしても、また随分沢山積み上げたものだね」
一体何に感心しているのか、クリスの口調はやや呆れていた。
ここからでも天井ギリギリにまで積み上げられた箱が見えるくらいだ。明らかに通路を封鎖しようという目的のもと積んだのは明らかだった。
完全に封鎖されていないのは、恐らく天井ギリギリまで荷物を積み上げるにも踏み台の高さが足りなかったとか、箱の大きさが合わなかったとかそもそも箱が足りなくなったとか、とにかくそういう理由だろう。どのみち一部分だけ開いていても、通れそうにない事は確かだ。
手近な部屋のドアノブを回してみるが、ここも鍵がかかっている。
とりあえず進んで、一階のエントランス正面にあった鍵のかかった部屋の真上あたりに位置する部屋の前まで来る。
ちなみに一階の玄関があった側にも部屋があるが、一階と二階での違いは恐らくこの程度だろう。
一階、エントランス正面にあった開かない部屋の真上の部屋。
恐らくここも鍵がかかっているだろうと思っていたのだが、予想に反しドアはあっさりと開いた。
「何でこの部屋、海の香り漂ってんの……?」
入って早々抱いた感想は、恐らく全員が同じだろう。どこにも海の面影など無い至って普通の室内は、とんでもなく磯臭かった。




