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館を探索する話  作者: 猫宮蒼
二章 姉の代わりに森の奥にある館に行く事になりまして

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姉の代わりで来た事を少しだけ申し訳なく思います



 人も滅多に来ないような、どころか存在を知られてもいないような深い深い森の奥にある館。

 それほど大きなものではないとはいえ、それは確かに館だった。

 イリスの姉が譲り受けたという館、てっきり人が住まなくなってしばらく経っていると思われたその館はだがしかし、全員の予想を裏切るものだった。


 扉を開けてエントランスへと入った途端、パッと室内が明るく照らされた。


「……明かりがついた、って事はこの館にも魔導器があるって事ですよね……」

「しかもちゃんと起動してるみたいだね。この館の規模なら魔導器もそう大きいものではないと思うけど……一体どこに……?」

 僅かに目を瞠るアレクと、周囲を見回すクリス。

 館の中に明かりがついた、ただそれだけの事なのにこの二人が深刻そうな顔をしているというだけで、既に嫌な予感たっぷりである。


「それよりもこの館、ちょっと磯臭くありません?」

「……言われてみれば。変な話だよね。ここ森の中であって海の近くじゃないのに」

 匂いの元を探るように視線を巡らせるモニカに、イリスもつられて周囲を見回した。海産物が近くに転がっているというオチでもないようだ。全体的に漂う潮の香りは特にきついものでもないので、恐らく鼻がすぐに慣れて気にならなくなるだろう。


 明るく照らされた館の中、まず目に入ったのは少し先にある扉だった。というか、ここからではそれしか見えない。

 まずはそちらへ向かってみるべきだろうかとイリスがそちらへと歩き出そうとした瞬間、

「イリス、こんな物が扉に」

 引き止めるようなレイヴンの声。

「手紙……?」

「扉に貼り付けられていた。イリスの姉か、この館の前の持ち主の物かはわからないが」

「……えーっと、あ、これ姉さん宛だ」

 封筒から中身を取り出して、丁寧に折りたたまれた紙を開く。



 アイリス・エルティート様

 こんな森の奥深くにある割に、特にこれといった特徴もない面白みのない館だと思われた事でしょう。

 ですから少しでも楽しんでいただけるよう余興を用意させて頂きました。

 子供騙しかとは思われますが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。



「……アイリス……?」

「ん? うん、姉さんの名前」

「……わたくしてっきりアリスだとばかり思っていましたのに……」

「いやいや、流石にそんな単純な名付けを両親がやるわけないよ」


「いや、この場合イリスに妹が更にできるようになったらリズとかそういう名前つけそうだな、って思う程度には単純な名付けだと思うけど」


 クリスのツッコミが入るが、イリスはそれを聞かなかった事にした。一瞬でも納得しそうになっただなんて事は決して無い。


「それにしても余興って……一体何の事だろうね?」

 一先ずその手紙は懐にしまい、イリスは首を傾げた。扉に手紙を貼り付けていたのは多分、最終的に気付かれる場所だからだろう。

 入って早々扉を閉めた時に気付くとは思うが、特に目もくれずに後ろ手で閉めた場合は館の中を一通り見て回り、帰る時に嫌でも視界に入る場所だろうから。

 この館を姉に譲った人物の誤算は、ここに姉が来てこれを発見するどころか代わりに妹が来たという部分だろうか。姉の話だと命を助けられたとの事だし、多分精一杯楽しんでもらおうと趣向を凝らしたのかもしれない。

 初っ端から全部台無しにした気がして何となく申し訳なくなってくる。



「余興……ねぇ? まさかこの潮の香りもそれが原因だったりするのかな」

「想像がつかんな。潮の香り必須な余興とか流石にないだろう」

「まぁ、とにかく館の中を一通り見て回りましょうか。匂いの原因もそのうち発見できますよ、きっと」

「余興……一体どういうものでしょうか。宝探しみたいなものだったら少しだけわくわくしますね。ね、イリス」


 すっかりピクニックにでも来ました、みたいな雰囲気で言うモニカに曖昧に頷いて。

 まずは正面に見える扉を開けてみようという事になった。



「鍵がかかってますね」

 押しても引いてもびくともしない扉に、さらりとアレクが告げる。

 エントランスからはこの扉しか見えなかったが、少し進むと左右に通路が伸びていた。この扉が開かなかったからといって、他に行く場所がないわけでもないのでまずはどこかほかのドアが開いている部屋を探すべきだろうか。


「どうしますか、手分けして探します?」

「いや、余興がどういうものかはわからないが、ここへは館が本当に存在するのかという確認と、あとはイリスの姉の手紙に書かれていた通り、何か売れそうな物を物色しに来たのだろう? ならばなるべく固まって行動した方がいいんじゃないか? その余興が必ずしも安全なものとも限らないし」

「レイヴンの言ってる事は間違ってないけど、よく考えると物色しにきたってまるで犯罪者になった気分だよね」


 いくら館の持ち主の許可を得て鍵もあずかっているとはいえ、やってる事がどうにも空き巣っぽいのは気のせいではないだろう。


「そうですね、ちょっと助けられたからって館一つポンと譲るような相手です。価値観も若干ずれている事を考えるとビックリさせようと思って、なんて理由で室内に死にこそしないものの罠の一つや二つは仕掛けられているかもしれません」

「あぁ、その可能性も充分にあるね」

「ちょっとやめてよ……何ていうかモニカとかクリスとか貴族様直々に言われると妙に現実味帯びてくるじゃんか……」

「防犯という意味ではなくちょっと驚かせたい、というだけの罠なら問題ないとは思いますけれど。扉を開けたら上から花が降ってきたとかそういうメルヘンな感じで済めばよろしいのですが」

「あぁ、それだけは絶対になさそうだけどね! 部屋一杯に蛙敷き詰めるとかそういうのならあるんじゃないか?」


 それは驚くというより純粋に嫌すぎる。

 ……というか、姉がこの館を譲り受けてからどれくらい経ってから手紙を寄越したのかは不明だが、その少し前に仕掛けたとしたら蛙もすっかり干からびているのではないだろうか。

 ……生きていても死んでいてもどっちにしろ嫌な事に変わりはなかった。あとモニカの言うような花だったとしても、それも枯れてしまっているだろうからそちらも遠慮したい。



 結局色々話し込んだ結果、余興がどういうものかはわからないがこの館の物を使った仕掛けなどがあるかもしれないという事と、命を奪う程の危険はないと思いたいが罠も仕掛けられている可能性があるという事から、まずは室内を見て売れそうな物があったとしてもすぐには持ち出さず目録を作って最後に持ち出そうという事になった。

 手分けして見ていった方が効率がいいのは確かだが、何かあった際イリス一人にするわけにもいかないだろうという事から結局全員で行動する事になった。

 最初は二手に分かれた方がいいのではないか、という話もちらっと出たのだがそうなるとモニカとアレクが強引にイリス側につくだろうというか、本人達がそのつもりすぎてその話は無かった事にされた。



 エントランス正面にあった開かない扉。その前に立ちイリスは左右を交互に見やった。

 この扉の両隣に扉が一つずつ。その向かい側に二つずつドアが見える。

 部屋の数はどちらに行っても同じ。

「あのドアだけ開いてませんか?」

 そう言ってアレクが指し示したのは、左側にある部屋だった。今いる位置から斜め向かい側になるだろうか。確かによく見るとドアが少しだけ開いているようだ。

 何を思ったのかレイヴンがふらりと右側の通路へ進み、手近な部屋のドアノブを掴む。

「……こちら側は開かないようだし、まずはそこへ行けという事なのだろうな」

 右側にある三部屋全て、どうやら鍵がかかっているようだ。


「無視して二階を先に見てくる、っていう手もあるけど……恐らくは鍵がかかっているだろうね」

 左側の通路を進み、ドアが開いている部屋以外の部屋を開けようと試みたクリスだったが、どうやら残り二部屋はしっかりと鍵がかかっているようだ。


「余興というのが何か、ってのはさっきの手紙には書かれてなかったし多分だけどそこの部屋でどういうものかっていう説明くらいはあるんじゃないかな。いくらなんでも何の説明もないままさぁ余興の始まりです、なんて事はないだろう。それじゃ楽しむ以前の問題だからね」

「それもそうですわね。でも万が一という事もありますし……アレク、先陣は貴方にお任せいたしますわ」

「今ドアの正面にいるクリスに頼めばいいんじゃないですか?」

「いえ、アレクが先に行って下さい。この中で貴方が一番何があっても死にそうにありませんから」


 さりげなく、どころか直球で結構酷い事を言うモニカだったが、アレクはそれを良い方に受け止めたらしい。それもそうですね、などと相づちを打っている。もし好意的解釈も無くそのまま受け止めているなら、それもそれで大概だが。



 特に危惧していた罠もなく、ドアから見えた室内の光景は――

 ……何というか、乱雑だった。

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