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館を探索する話  作者: 猫宮蒼
二章 姉の代わりに森の奥にある館に行く事になりまして

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出発の日が決まりました



 イリスの口から出た姉という言葉。

 全くの初耳情報に、アレク、レイヴン、クリスの三人はこの中で最もイリスと付き合いの深い人物――即ちモニカへと視線を向けた。


 姉がいるとか、本当に?


 そういった意味を込めて、じっと。

 三人から問うような視線を向けられたモニカは、眉をへにゃりと下げてかすかに首を振る。


 初めて聞きましたわ――と。


 イリスと話している時に、たまに家族の話になる事はあった。父の仕事の手伝いであったり、母のお使いを頼まれたり、祖父の元へと足を運んだり。しかし姉という存在は、今の今まで一度も出てこなかったのだ。


「一つ失礼な事を聞くけど、そのお姉さんってのは実の姉かい?」

「本当に失礼ですね。そうですよ?」


 クリスの問いに、しかしイリスは然程気を悪くした様子もなくあっさりと答える。昔近所に住んでたお姉さん、とかいう展開も予想していたのだが、どうやら本当に実の姉らしい。


「ふむ、できればその王都の外にある館とやらについてもう少し詳しく聞きたいのだけれど、お姉さんに直接話を聞く事は?」

「あぁ、それは無理です。姉は五年前に王都から出ていきましたから」

「五年前、ですか? だからイリスの口から姉の話が出てこなかったのですね」

「うん、話のネタにもならないしね。たまに手紙は届くけど、それだって元気にしてるとか当たり障りのない内容だし。……手紙、見ます?」


 納得したように頷くモニカに答え、それからクリスへと問いかける。


「あー、あぁ、不都合じゃなければ、是非」

「見られて困る内容はないから構いません。ただ、その手紙家に置いたままなんだよね。……時間に余裕があるなら今からパッと行って手紙持ってくるけど」


 その言葉に四人が一瞬視線を合わせ、アレクが真っ先に「是非」とこたえた。


「それじゃ、ちょっと行ってくる」

 言うなり駆け出すイリスを見送って。



「そういえば……イリスのお姉さんの名前を聞いておくべきだったかしら?」

「戻ってきてから聞けばいいだろう」

「まぁ、そこまで捻った名前でもないんじゃないかな。イリスの姉だからアリスとか」

「流石に単純すぎやしませんか。それは」


 暑さを紛らわせるかのように、それぞれが口を開く。最も、一名は暑さとは無縁なのだが。



 ――数十分後。

 肩で息をしながらも戻ってきたイリスから、モニカが手紙を受け取る。

 手紙が出されたのはアーレンハイド領の港町からのようだ。

 手紙を受け取ったもののモニカはやや困惑したようにイリスに問いかける。

「えぇと、本当に読んでよろしいんですの?」

 ロイ・クラッズの館での日記とは訳が違う。何が、と言われると説明に困るのだが。

「うん、いいよー」

 けれどあまりにもあっさりとイリスが言うので、モニカは少々躊躇いつつも封筒から手紙を取り出した。


 丁寧に折りたたまれた紙を広げ、書かれている文字に視線を落とす。



『前回の手紙に近いうちにそっちに戻ると書いたけど、ごめん、しばらく無理。とりあえず父さんと母さんとじーちゃんに何とか上手い事言っておいて。頼むよこの通り!!』


 何となく年頃の女性が書きそうな丸みを帯びた文字が規則正しく並んでいるが、初っ端の文面を見ると女性らしいというよりは、まるで借金返済を何とか引き延ばそうとするような、そんな印象を受けた。

 この場に本人がいたなら顔の前でパンと手を合わせ拝み倒している事だろう。イリスの姉本人に会った事はないが、何故かそういう光景が当たり前のように浮かんできた。


 その下数行は自身の近況を述べているだけの、至って普通の手紙だった。どこそこでこういう事があった、とか遠く離れた家族に向けた何の変哲もない普通の内容である。

 だがその至って普通の近況報告は、便箋の半分くらいであっさりと終了した。


『今年中に一度は戻るつもりだけど、もし戻れなかったらごめん。お土産代わりと言ってはなんだけど、少し前に館貰ったからちょっとその館に行って、何か目ぼしい物あったら持ってくなり売るなり好きにしちゃっていいよ』


 二行ほどの間を空けて書かれていたその文、あまりにもあっさりと書かれているので危うく見落としそうになったがこれこそが先程イリスが言っていた館の事だろう。


『賊に襲われてたおじいさん助けたら何かその人結構なお金持ちだったらしくて。お礼なんていいって言ったんだけど、何だかんだで貰う事になっちゃったんだよねー。家具とか調度品とかそのままになってるらしいから、売れそうなのは売っちゃっていいと思う。一応さらっと確認したけど、結構綺麗な館だったよ。全部の部屋は見てないけどね。売って得たお金はイリスのお小遣いにしてもいいけど、少しは母さんに渡して生活の足しにしてくれると助かる。

 ただ、場所がちょっと王都の外だから、くれぐれも注意されたし』


 そこで手紙は終わっていた。

 二枚目の便箋を見ると、どうやら館までの道程を示す地図のようだ。

「……えぇと……これは地図、なんですの?」

「ちょっとわかりにくいかもしれないけど、地図だよ」

 首を傾げるモニカにイリスが頷く。

「ついでに手紙に鍵も同封されてたけど、そっちは無くすといけないから家に置いてある。まぁそういうわけなんで、近いうちに行ってみようかなって思ってるんだ」


 描かれた地図が恐ろしくわかりにくく、眉根を寄せて凝視するモニカの後ろからひょいと覗き込んだクリスまでもが「うわ」と小さく呟く。それほどまでに地図はわかりにくかった。最早何かの暗号のようだ。

 これで理解できるのは、やはり身内だからとかそういう事なのか。


 走ってきたせいで暑そうにしていたイリスにクリスが良く冷えたマントを渡していたので、現在イリスは頭からマントをかぶった状態だった。傍から見ればとても暑苦しいけれど、本人はひんやりしたマントにご満悦ですらある。

 モニカが手紙をイリスへと返す。それを受け取って少し考え、名残惜しそうにマントをクリスへと返した。


「……イリス、わたくしもご一緒してもよろしいかしら?」

「え? うん、それは別に構わないけど……モニカ仕事は?」

「……そう、ですわね……三日、いえ二日程時間を下さいますか? その間に一通り終わらせておきますので」

「って事は出発は三日後、でいいのかな……? うん、その日なら朝から暇だし行くには丁度いいかも。それじゃあ三日後、南門の前で待ち合わせね」

「はい。楽しみですわ」

「そういえばモニカと出かけるのってあんまりなかったもんね」

「えぇ、大抵は公園か近くのカフェテラスでしたもの。モンスターの脅威はあまりないとは思いますが、わたくし全力でイリスの事を守りますわね」

「え、あ、あぁうん、程々でオネガイシマス」


 外と言っても本当にすぐそこなのだからそこまで危険は無いとイリスは思うのだが、モニカは既にやる気満々だった。どのみち仮にモンスターが出たとしても、この周辺に生息しているモンスターは余程の事がなければ逃げ切るのは簡単なのだが……モニカに何を言ってもどのみち聞いてはくれないだろう。


「それじゃあ三日後に!」

 そう言って手を振りながら家路へと向かうイリスを見送って。


「……それで、貴方がたはどうしますの? 来るんですか? 来なくてもわたくし全然構いませんけど」

「ついてくるなと言われても行きますよ。何かあったら大変ですから」


 小首を傾げ問いかけるモニカに、爽やかな笑みを浮かべてアレクがこたえる。

「あら、わたくし一人ではイリスが危険な目に遭うとでも?」

「いいえ? けれど何が起こるかはわかりませんから」

「あらあら心配性ですこと」

「心配性? 当然の事ですよ」



「……なぁ、あの二人、暑さでやられてんの?」

「いや、元々だろう」

 うふふあははと爽やかに笑いあってはいるが、その背後からはどす黒い何かが溢れているようにしか見えない二人からやや距離を取るようにしていたクリスが、同じく距離を取っていたレイヴンへと問いかける。

「あ、そう。……それにしても三日後ねぇ……」

「行くのか?」

「気にならないというのは嘘になるね。見るだけ見て、危険がないようなら後はモニカに任せるさ」

「そうか」

「君はどうするんだい?」

「…………時間は何とかとれると思う」

「あ、やっぱり行くんだ」


 今回の遠征が延期になったし騎士団全体がそれで多少の時間がとれたとはいえ、自由時間が明らかに増えたのは遠征に行く予定だった白銀と、それに伴う一部の瑠璃と真紅だけだ。遠征などほぼ無縁な漆黒はほぼ通常通りと言える。

 先程からほぼ無関心のように見えていた事もあり、てっきり参加しないのではないかと思っていたものの、クリスの予想に反してレイヴンは無言で頷いた。

 思わず呆れたような口調になるのも仕方のない事だろう。



 何はともあれ、出発は三日後――

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