出かけるとは言いましたが別に旅行とかではありません
王都の外。
家の外とは意味が違い、王都を囲む壁の向こう側の事を当然だが指している。王都を出てすぐの場所ならそれほど危険はないが、運が悪ければモンスターに遭遇もするし死ぬ可能性だってある。
王都近辺は比較的安全ではあるが、絶対安全というわけではないのだ。
「王都の外……って、え、イリス王都から出て行かれるんですの!? 何かここに不満でも? あぁ、最近アレクが鬱陶しくなってきたとかそういう理由でしたらわたくし全力をもって亡き者にしますから行かないで下さいまし」
「いや確かに最近アレク様何かよくこっちに関わってくるけど別にそれが原因とかじゃないから。亡き者にとか物騒な事さらっと言わないでよモニカ。それ騎士的ジョークなのか貴族的ジョークなのか判断つかなくて困るから」
まぁ確かにちょっとだけ鬱陶しいなと思った事もあるにはあるが。
アレクがこちらに好意的な感情を持って接しているのは何となくわかるが、その好意がどういった意味を持っているのかがよくわからない。恋愛的な、というよりはどちらかというと年頃の娘をもった母親みたいな関わり方をされているのだ。実の母親より母親らしい時があるってのもそれはそれでどうかと思う。油断してるとうっかりアレクの事をいつかお母さんと呼んでしまいそうで怖い。
「イリス……どうしても行かれるのですか?」
「え? えぇ、はい」
「そうですか……」
「あの、アレク様、何で剣に手をかけてるんですかすっごく嫌な予感しかしないんですが」
本能的な恐怖を感じ、アレクからじりじりと距離を取るもアレクも同様に距離を詰めてくる。
「いえ、その足を切り落とせばどこにも行けなくなるんじゃないかなと思いまして」
「ひぃ、目が本気!! 冗談にしても笑えないしそれ以前にこの人の間合いってどれくらいなんですかどこから安全地帯なの!?」
アレクの中で一体どういう思考になって足を切り落とすという物騒な手段になったのかは考えた所でイリスにわかるはずもないが、だからといって足を切り落とされては堪らない。抵抗しようにも武器を所持した騎士(それもかなりの実力者)相手に、護身用の武器も(バールは既に家に置いたままだ)何もないイリスができる事といえば精々距離をとって逃げるくらいしかない。
……全力で走って逃げたとしても、逃げ切れるかどうかも疑わしいが。
「シャイニングエッジ!」
剣をすらりと抜いた直後、アレクの身体が弧を描いて吹っ飛んだ。
レイヴンの蹴りを喰らい噴水に落下したアレクを追うように、モニカが発動させた術が噴水の水をそこかしこに飛び散らせキラキラと小さな虹がいくつも浮かび上がる。
ばしゃーんと音をたて噴水へと落ちたアレク、というのを除けばそれは幻想的な光景だった。
「た、助かったよレイヴン」
「……何かあったのか?」
「え?」
「王都を出るのだろう? それ相応の理由が……いや、言いたくないなら言わなくても構わない」
「えーと、そんな深刻な理由とか無いよ?」
それ以前に、レイヴンの中では一体どんな深刻な理由が出来上がっているのだろうか。聞いてみたい気もするが、一家で夜逃げとかそういうストーリーは当たり前のように作られてそうで聞くに聞けない。
「王都の外、はいいけどさ、どこら辺に行くつもりなんだい?」
この手の展開で一番状況を引っ掻き回しそうなクリスが一番マトモに見えてきた瞬間である。
このままだとモニカかレイヴンあたりに肩を掴まれ揺さぶられそうな気がしてきたので、クリスの方へと逃げる。一人冷静なのは、やはりこの暑さに対して無関係だからなのか。
「外って言ってもすぐ近くですよ。王都のすぐ近くに森があるじゃないですか。そこです」
「……あぁ、あの薬草が良く採れる森ね」
その言葉を聞いて、モニカがきょとんとした表情を浮かべた。
「外って……わたくしてっきりイリスが王都から出ていってもう戻ってこないのかとばかり」
「……薬草が必要な何かがあったのか?」
「何が何でも深刻な方向に持ってこうとしなくていいから、レイヴン。別に薬草は必要じゃないよ。帰りにちょっと摘んでいこうかなとは思ってるけど」
「では、単純にちょっとした散歩程度で外へ?」
ざばりと噴水から出てきたアレクが問いかける。頭どころか全身冷え切ったのか、先程と比べ今は特に不穏な気配は感じない。
「……えぇと、大丈夫ですか?」
「すみません、暑さで少々取り乱しました」
少々、とは?
レイヴンの蹴りを喰らい、挙句モニカの攻撃魔術も喰らったはずなのに特に傷らしい傷はないアレクに慄きつつも、一応頷いておく。暑さであれだけ取り乱すという事は毎年夏になると白銀騎士団は何気に修羅場なんじゃないだろうか、とは思ったが、取り乱すの範疇について突っ込むのはやめておいた方が賢明だろう。世の中には知らなくていい事だって存在する。
「散歩……になるのかな? ちょっと確認しに行かないといけない事ができたんです」
全身ずぶ濡れ状態のアレクを見て、クリスが何やら術を発動させる。ふわりと風が吹いて、次の瞬間にはアレクの服はすっかり乾いていた。……常々思うが、クリスの魔術の使い方は一般市民がとても重宝しそうな使用法だ。ただ残念な事にそれを使いこなせる魔力が足りないため一般に普及するのは難しそうだが。
「確認……って一体何をです? あの森に自生している薬草の種類ならばレイヴンが完全網羅していたはずですよ」
「あぁ、必要なら教えよう」
「いや、気持ちはありがたいけど、そうじゃなくて。……王都の外の森に泉があるのは知ってるよね?」
「あの辺まではここの住人も薬草採りに行ったりする際足を運ぶようだからね。当然騎士団の方でも把握はしているよ」
クリスの言葉に他の三人もこくりと頷く。それを見てイリスは言葉を続けた。
「その泉の先に館があるらしいんだけど、それは知ってる?」
そう言った張本人ではあるが、イリスも実際その館とやらを見た事はなかった。だからこそ、半信半疑というのもあり騎士団の人間あたりならもしかして知っているかもしれない、と思い聞いてみたのだが……
「館、ですか?」
「いや、知らないな」
「館があるだなんて話、聞いた事ありませんわ」
「そういった噂も聞かないね」
四人ともが困惑したような顔で首を横に振った。
「それで? その館があるっていうのは一体どこからの情報なんだい?」
騎士団の団長ともなれば、それこそ様々な情報を耳にする事になる。それが嘘と思えるような噂話程度のものでも、だ。だというのにこの場にいる四人ともその話を知らないというのは、意図的にその話を騎士団に知られないようにしているか、もしくは誰かが突発的についた嘘でまだ噂にすらなっていないか、その両方と考えるべきだろう。
友人がついた他愛のない嘘であるならばまだ可愛い方かもしれない。王都の外、という時点で万一危険な目に遭う可能性があるため何かがあった場合は可愛い嘘では済まなくなるが。
しかし仮に前者――騎士団に知られないよう意図的にその話を流しているならば……イリスに関してはロイ・クラッズの館の事もある。狙いはイリスの祖父ジョージだったが、Wという人物の正体が掴めていない挙句、そのWがジョージの家族にも目をつけているならば、と勘繰ってしまうのも無理からぬ事だろう。
その館がWと関係があると決まったわけではないが、万一関係があったとして、その話がどこから流れてきたのかを探れば手掛かりを掴めるかもしれない。
勿論ただの友人のついた軽い嘘である可能性もあるため、そこら辺を悟られないようにあえて軽い口調でクリスは問いかける。
思惑にイリスが気付く事もなく、単なる世間話の延長だと思ったのだろう。怪訝な表情を浮かべるでもなくあっさりと答えた。
「姉からです」
「……姉!?」
友人からだとばかり思っていたが、まさかの身内情報。そしてイリスに姉がいた事など知らなかった四人はほぼ同時にその単語を口にして固まった。




