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「――それじゃあ結局目的の物は今日はみつけられなかったのね」
これが、家に帰ってきて夕飯を食べ終え、ついでに今日あった事を話した時の母の反応だった。
「まぁ相当古い建物なんだろ? 下手に急いで床踏み抜いたりなんて怪我するよりは、地道にコツコツやってくのが一番の近道だよ。それを見越して義父さんも急がなくていいって言ってたんじゃないか?」
世間で囁かれている『人喰いの館』『帰らずの館』へ行ったというわりに、両親の反応はこんなものだった。まぁ本当にそんな恐ろしい場所というわけでもなく、あくまでもそれらしい館候補なのであまり深刻に捉えられても困るのだが。
それ以前にイリスがこうして家に戻ってきている時点で『帰らずの館』は全然帰らずでもなんでもない。
ちょっとばかり古めかしくておどろおどろしい老朽化の進んだただの館である。
「でも驚いたわー。イリスったらお姫様抱っこされて帰ってくるんだもの。何事かと思っちゃったじゃない」
「怪我がなくて何よりだな」
「公開羞恥プレイされた娘に対して言いたい事はそれだけですか」
自らの意に反した黒歴史を作った相手は、当然ながら既にこの場にはいない。故に矛先は当然の如く自分に降りかかってくるわけで。
何を言ってもさらりとかわしてしまう両親に対してイリスが出来る事は、ギリギリと奥歯を噛み締める事だけだった。割と酷い顔をしている自覚のあるイリスに対して、両親は微笑ましそうに笑うだけである。
――話は少しさかのぼる。
物音がして駆け込んだ部屋にいたのは、一組の男女。
ジャックと呼ばれた男はぐったりとして動かないし、女はそんなジャックとやらの胸倉を掴んでゆっさゆっさと揺さぶっているしで、駆け込んだばかりのアレクにもイリスにも一体どういう状況なのかがわからない。
「……何してるんですか、貴方たちは」
アレクの声に呆れの色が混じるのも仕方のない事だろう。
「……っ!? イリス!? イリスじゃない! 大変なの、ジャックが! ジャックが!!」
「マリー?」
本当ならイリスより手前にいるアレクの姿が真っ先に目につきそうなものではあるが、彼女は現在混乱しているらしくアレクをスルーして見知ったイリスの姿しか目に映らなかったらしい。
イリスがマリーと呼んだ娘はイリスより少しだけ年上の、イリスがたまに手伝いにいくバイト先で度々遭遇してその時にほんの少しだけ会話をする程度の――つまりは、ただの顔見知りである。
「……えぇと……一体何がどうなってるのかわかんないけど、まずはその人の怪我、応急手当でもしておいた方がいいんじゃないかな」
ぐったりとしてはいるが、流石にまだ生きている。見た所ガラスを突き破ってこの部屋に入ってきたようだが、運がいいのかガラスで切ったと思われる箇所はどれもかすり傷のようだった。恐らくは部屋に入った際に着地に失敗でもして頭を打って気絶しているだけだろう。
「イリス! 助かる!? ジャック助かる!?」
ジャックの胸倉を掴んでいた腕をおもむろに離すと、マリーは今度はイリスへと駆け寄り彼女に飛び掛かった。僅かに持ち上がっていたジャックの上半身が手を離されたと同時に床へと落下し、ごっ、と鈍い音がしたがマリーは動揺のあまりその事実に気付いていないようだ。
その直後にイリスへの突進である。
状況についていくのに一瞬遅れたアレクが気付いた時には、イリスはマリーを支えきれずに一緒に倒れ込んでいた。どすんと鈍い音が響く。
「イリス!?」
「大丈夫です。それよりそっちの人お願いします」
マリー同様思わず取り乱しかけたアレクだが、イリスの言葉に何とか冷静さを取り戻すとぐったりとして動かない男の方へと近づいていく。
一応脈を確認してみようと思った矢先、小さく呻いて男が目を開けた。
「気が付いたようですね。どこか痛む所は?」
「う……いっ……てて、頭を少しぶつけただけみたいです。……って、どうしてここに騎士がいるんすか!?」
アレクの姿を見るなりジャックは驚いて身を起こした。その声に反応してマリーが振り返る。
「あ、ホントだ。って、あれ? 何でイリスもここに?」
「じいちゃんのお使いで」
「内部調査です」
イリスとアレクがこたえたのは、ほぼ同時だった。
アレクの尋問にばつが悪そうに答えた二人によると、彼らもまたこの館へ肝試しにやって来たのだそうだ。
本来なら一階部分に開いていた穴から忍び込もうと思っていたようだが、いざ来てみると穴は塞がれ他に入れそうな場所もない。しかしこのまま諦めて帰ったとなると仲間内で一体何を言われるか……とすんなり諦めて帰るわけにもいかず、館の周りをうろうろしていたら登りやすそうな木と、伸びて手頃な太さの枝の先に館の部屋の窓が――というわけで、そこからの侵入を試みたというわけらしい。
変な所でアグレッシブである。
「いくら古びているとはいえ、ここは一応所有者もいる建造物ですよ。そこに不法侵入・器物破損と貴方たち、自分がした事は理解できてるんですか?」
「……すいません……」
「今回は注意だけで済ませますが、次はありませんよ」
「流石にもう懲り懲りっす……」
イリスの知るマリーとジャックはどちらかというと気弱な性格で、こういった場所にも積極的に関わろうとしないタイプだ。今回の件は仲間内であれやこれや言われて引くに引けなくなっただけだろうし、まさかの騎士団長にお叱りを受けた以上は同じことをまたやらかす、なんて事もないはずだ。
そんなイリスの説得もあって、とりあえず詰め所へ連行、などという展開にはならなかったが、二人とも相当堪えたらしくしゅんとしている。
どちらかというと二人に肝試しを唆した仲間内の人物に問題があるのでは、とイリスは思っているが、まぁ、この二人から今回の件についてはそれとなく伝えてくれるだろう。お調子者がいるであろう仲間内であっても、流石に騎士からの説教は避けたいはずだ。
流石にこの二人を連れて館の中を見て回るわけにもいかず、とりあえず二人を外にという事で一階へ行き玄関を開けると、そこから見える空は既に赤く染まっていた。思っていたよりもかなりの時間が経過していたようだ。
ある意味キリがいいという事で今回の探索は切り上げて帰る事にしたのだが……
マリーの突撃を受けて倒れ込んだ際、少し足を挫いていたらしくそれを目ざとく見つけたアレクに抱えられて家まで送り届けられたのは、イリスにとって黒歴史以外のなにものでもなかった。
むしろ最新の黒歴史という点で、最も性質が悪い。




