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館を探索する話  作者: 猫宮蒼
二章 姉の代わりに森の奥にある館に行く事になりまして

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全員が集まっているというのは珍しい気がします



 王国歴1005年 夏 某月某日 快晴



 王都の中央に広がる公園に咲いていた花々も今ではすっかり青々とした葉だけが残る状態となった。強い日差しが木々の間から降り注ぎ、木漏れ日というには少々強すぎるそれにイリスは思わず目を細める。

 英霊祭が終了し、季節はすっかり夏である。


 たまたま親に頼まれたお使いで荷物を届けに行った帰り道、いつものように公園を突っ切っただけの事なのだが一瞬見えた異様とも思える光景に思わず足を止める。

 強い日差しに視界がおかしくなったというわけでもないようだ。目の上に手をかざし影を作ってみたものの、見える光景に変化はない。


 噴水の前を陣取っている四人組。水場の近くというのが涼しいのは言うまでもない。だからこそそこに人がいるのは何もおかしな事ではない。

 王都がいかに広くとも、王都の中央に広がる公園ならば知り合いに遭遇する機会も多い。実際イリスも暇な時はとりあえず公園うろうろしていれば、他に暇を持て余した知り合いと遭遇したりもするしその流れで遊んだりもする。


 噴水手前を陣取っている四人組がイリスの見知った顔であるという事も、それを踏まえれば特におかしな事でもないのだが……

 一人は噴水手前に腰を下ろし頭を抱えるようにして下を向いている。その距離だと水飛沫が背中にかかっているんじゃないだろうかと思ったが、濡れたとしてもすぐに乾くだろうしそれは大した問題でもないのだろう。

 一人はその横で心配そうに眺めている。微妙に距離を取っているのは水飛沫を避けているのだろう。

 一人は同じように距離を取り、無関心そうに眺めている。距離の取り方が絶妙すぎて何かあったら即座に他人の振りができそうな距離感だ。

 一人は噴水の前で項垂れている相手の向かいに立って何がおかしいのか腹を抱えて笑い転げそうな勢いで笑っていた。


 これだけを見るならば、項垂れている相手が何かの失敗をやらかしてそれを笑っている一名と、慰めようとしている二人、という図に見えない事もない。

 問題は、そこにいるのがアレク、モニカ、レイヴン、クリスだという事だ。

 公園で彼らに出会う事なら以前もあったしおかしな事ではない。しかし四人同時に、というのは珍しい……以前に初めて見る光景ではないだろうか。


 お互いに用事があるならば公園ではなく城に集まった方が早いくらいだ。公園にわざわざ集まるというのは……何かあったのだろうか? ふと気になってしまい、何となくその場で眺める。声をかければいいのかもしれないが、笑いすぎているクリスの様子にドン引きしてしまいできれば近づきたくない。

 これがもう少し深刻そうな空気でも流れているならば、騎士団の仕事絡みか何かだろうと思って声をかけるのを遠慮して早々に立ち去った事だろう。しかしどう見ても仕事関係ではなさそうだ。


 六ある騎士団のうちの団長が四人もいる、という事実を珍しいと思ったのはイリスだけではないようだ。

 この暑さの中公園にいるのは元気一杯遊んでいる子供たちばかりで大人は然程いないものの、警備巡回をしている騎士はやはり気になるのかちらちらと視線をそちらに向けつつ移動している。

 恐らく休憩中の騎士に至ってはイリス同様立ち止まりそっと様子を窺っている始末である。


 イリスがいる場所からではクリスが笑っている声は聞こえるものの、それ以外は聞こえない。恐らくモニカあたりがクリスを諫めたのか、ぴたりと笑い声が止まる。しかしクリスは笑いを堪えているだけのようで、肩がふるふると震えていた。切欠があればまたすぐにでも笑い出しそうだ。


「――おい、クリス様がいるって事は今度は団長、新手の精神鍛錬でもするつもりなのか?」


 ふと近くで聞こえた声に思わず視線をそちらへと向ける。

 そこには琥珀騎士団の制服を着た青年と、白銀騎士団の制服を着た青年がいた。今の声は白銀の青年の方だろう。


「白銀の訓練が厳しいのは今に始まった事じゃないけど、流石にそれはないんじゃないか?」

 琥珀騎士がそう答える。


「でもなぁ、つい先日も団長一人でモンスター討伐に行くなんていう事やらかしたばっかだし、最近の団長己の限界を超えようとして無茶してるんじゃないかって気がするんだよ」

 心配そうに言っている白銀騎士の言葉に、イリスは耳を疑った。


 一人でモンスター討伐って何それ。罰ゲームにしても命懸けすぎやしないだろうか。


「あぁ、そういや今回の討伐延期になったんだっけなそれで」

 さらりと流す琥珀騎士。


 毎年英霊祭が終了したあたりで王都周辺のモンスター討伐に出ているのは確かだが、今年はそういやその話聞いてないなーと思っていたら、まさかの延期。


「きっと団長は今、壁にぶち当たっているんだ。だからこそあんなに荒れて……」

「いや、荒れるっていうか……いやうん、まぁいいけど。しかしあの落ち込みっぷりは凄いな。闇堕ち一歩手前みたいになってるぞ。深淵の騎士……言葉としては有りかもしれないけど」


 ずぅぅぅぅんと重苦しい空気を周囲に漂わせているアレクの姿を見て、琥珀騎士の言い分も最もだなと思ってしまう。明るい光の下にいるのにそこだけ影がとてつもなく濃くなっているように見えるのは決して気のせいなどではなく、イリス以外の――そこにいる騎士達の目にも明らかなようだ。


「ふむ、という事はもしかしてあれは新手の精神鍛錬ではなく単純にクリス様にトドメ刺される寸前とかなんじゃないのか?」

「いや流石にそれは……うわ、こっち見た」

「……行くぞ。速やかに、軽やかに」

「お、おぅ。団長は……大丈夫だよな?」

「信じろ。お前が所属している騎士団の頂点に立つ団長を」



「…………」


 何事もなかったかのようにそそくさとその場を離れる二人の騎士を、イリスは無言のまま見送った。

 こちらの声が聞こえたわけでもないのだろう。実際彼らは声を抑えて会話していた。クリスがこちらを見たのは恐らく偶然……だと思いたいが、誰が見ても何か企んでるようにしか思えないアルカイックスマイルを浮かべていれば、そりゃ逃げるわ。

 などと内心で突っ込んで。


 クリスがこちらへ視線を向けた事に特に意味はなかったのだろう。イリスに気付いた様子でもなくそのまま彼は再びアレクへと向き直る。

 何だかよくわからないけれど、面倒そうな事態のような気がするので今のうちにイリスも立ち去ろうとして。


 ぽん、と肩に手を置かれたのは直後の事だった。

「っ!?」

 声にならない声を上げ、咄嗟に振り返る。

「……レイヴン……!?」

 先程まで向こうにいたはずのレイヴンが、いつの間にやらイリスの背後に立っていた。騎士たちの会話に意識がいっていたのもあるが、一体いつの間に彼はこちらに気付いて移動してきたというのか。全く気付かなかった。

「えぇと……あれ、一体何してるの?」

「……俺にもよくわからない」

 そもそもレイヴンの気配をイリスが気付くというのは無理があるなと思いつつも、とりあえず疑問を口にする。しかしレイヴンにもわからないらしい。彼はほぼ無表情のまま首を横に振った。

「えー」

 何だそれ。それじゃあ何で一緒にいたの。


 そんな当然の疑問は顔に出てしまっていたのだろう。レイヴンの眉間に僅かばかりの皺が寄った。

「クリスに強制的に連れていかれた先がここだったんだ」

「あの人が元凶か」

 それだけで事態の八割が理解できたような気がする。あくまでも気がするだけだが。正直クリスと関わったのは片手で数える程度だが、たったそれだけでこういう認識を抱かれるというのもいかがなものか。


 果物を搾ったジュースを売っている店が近くにあったのでそこで飲み物を購入し、遠目にアレクたちを眺めながら、イリスは手近なベンチに腰掛けた。レイヴンの話のよると、ロイ・クラッズの館はクリスが英霊祭前に魔導器を停止させておいたらしい。そうして先程、レイヴンもクリスに連れられて館を確認してきたところ、館は完全に無人になっていたようだ。ボギーたちも他のモンスターの姿も、もう存在はしていない。


「痕跡一つ残さず、という点から恐らくあの言葉をしゃべるボギーが事前に手を回していたのかもしれないが、一段落といったところか」

「あとはWが何者なのか、ってのを調べるだけ?」

「……だろうな。その調べるだけ、が難航しそうだが」

 館からの帰り、早々に戻ろうとしたら何故かクリスに連れられてここまで来るはめになってしまった、というのがレイヴンの話だった。

 相変わらずクリスたちは何やら言い合っているようだ。アレクを取り巻く重苦しい空気が更に増量したようにさえ見える。モニカがクリスに向かって憤慨したような「もう!」みたいな動きをしたのでクリスがいらん事を言ったのだろう。

 それから、右手を頬にあて小首を傾げ――かすかに周囲を見回して。モニカの視線がこちらに向けられた。


「ぬ、気付いたようだな。イリス、諦めて行くぞ」

「あ、巻き込まれるの確定なんだ……」

 飲み終えたジュースのカップを近くのゴミ箱へと捨てて、仕方なく立ち上がる。

 ここから見えるモニカの表情が、困り果てているように見えて何となく嫌な予感しかしないのは決して気のせいなどではないだろう。

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