こうして長かったお使いは終わりました
――この手紙を見ているのがもしかしたら別の誰かかもしれないが、出来る事ならジョージ、君である事を願う。
この館の中での出来事から薄々……いや、確実に気付いているかもしれないが、自分は君を殺そうとすら思っていた。動機は――ただの八つ当たりさ。
君は恐らく気付いてはいないだろうけれど、故郷を出て次に再会したのは王都じゃない。エルトリオ戦役で自分は君と出会っている。……とはいえ自分は身を隠しつつ行動していたから、君は気付いてはいなかっただろう。気付いた上で見逃していた……とは思いたくもない。
まぁいい。理由がどうであれ自分は王都で幸せそうに暮らす君を見て、自分がとにかく惨めにしか思えなくなった。逆恨みだというのはわかっている。
自分の死期を悟って、こうして君に最後の嫌がらせを仕掛けた次第だよ。
文句は生憎聞いてはやれないな。何せその頃には既に自分は死んでいるだろうからね。
それから君に渡したい物だけど、この手紙と一緒に同封してある。見ればわかるとは思うがね。
以前マーサと会った時に彼女が落としたのを拾ったまま、返しそびれた物だ。君を殺そうとしておいてなんだが、彼女には悪い事をしたかもしれない。早くに渡していれば、少しは安らかに逝けたかもしれないと思っている。……もっとも、自分が死んだとしても逝く先は彼女とは違う場所だろうから向こうで謝る事もできやしないか。
詳細を書くとこの手紙ごと処分されかねないから詳しくは書けないが、自分はある人物の協力を得て今回の事を実行した。精々彼には気をつけることだ。恐らくは何らかの手段でもって君か、君の家族に接触をしているかもしれない。自分が言えた義理ではないが、もう一度だけ言っておく。彼には気をつけろ。
レイヴンと館に行った翌日。
イリスは館で見つけた手紙を持って祖父の家を訪れていた。
内容を確認した際、館での出来事というあたりでちょっとこの手紙を抹消しようかとも考えたが、結局このまま持っていく事にした。ロイが最期に残した物であるという事を考慮して、という部分もあるが手紙の内容が思ったよりも短かったため、もしかして祖父にしかわからない何かがあるんじゃないかと深読みしたレイヴンがそのまま持っていくように言ったからというのもある。
手紙を読み終えたジョージはそっと目を伏せた。
館から戻る途中、手紙にあったエルトリオ戦役の話をレイヴンからさらっと聞いた。
確かに祖父はまぁ、色々な武勇伝を作ったかもしれないがイリスには祖父が英雄と呼ばれるような人物だとは到底思えなかった。祖父にその事を聞いたとして、確実に否定されるだろう。もし本当に英雄と呼ばれるような存在だったとしても。
「イリス……一体館で何があった?」
エルトリオ戦役の事はさておき、館で起こった出来事という部分とロイがジョージを殺そうとしていたという部分から館が単なる老朽化した建物ではないという事に気付くのは当然の流れだろう。この手紙を祖父に渡す事を決めた時点でそうくるのは予想済みだ。だからこそ昨日家に帰ってからどういう風に説明するべきか考えて、考えたからこそ簡潔に館で起こった出来事を説明する事ができた。
確かに罠の類はあった。けれどモンスターについては言わなかった。この手紙からそこまでは読み取れないだろうから。
一緒に付き添ってくれた友人の助けによってイリス自身、特に怪我をする事もなかったと言えばジョージの目許がふっと和らいだ。
「……そうか。一緒に行った人も無事だったか。それならいい」
「う、うん」
実際無事の一言で片付けていいかどうか疑問が残る人物もいたが、それを言うのは藪蛇だろう。
「……イリス、これからヒマか?」
「え? あぁうん、もう館に行く事もないし予定らしい予定はないけど」
館の鍵はレイヴンに渡した。クリスに渡してもらうよう伝えて。だからこそもうあの館へは行ったとしても入れない。
「そうか、それじゃあ、墓参りにでも行くか」
「墓……ばあちゃんの?」
「指輪が見つかった事は知らせとかんとな」
「その指輪ってそんな大切な物なの?」
「結婚指輪じゃよ」
もっとも作ってもらった時に手違いでサイズが少々大きくてな、と苦笑を浮かべて言うジョージにイリスはどう言葉を返すべきなのかわからず、へぇと小さく相づちを打つ。そういえばイリスがまだ小さかった頃、紐に指輪を通しただけのシンプルな首飾りを祖母が身に着けていた事もあったが……いつの間にか見る事がなくなっていた。
てっきり身に着けるのを止めてどこかに仕舞い込んだものだとばかり思っていたのだが、失くしていたのか。
――祖母の墓前での報告は、随分あっさりしたものだった。墓地の管理人に話を通して指輪を祖母の墓に改めて入れてもらう手続きをして、戻る。もっと色々、墓前で積もる話でもするものだと思っていたイリスはあまりのあっさり具合に思わず「もういいの?」と祖父に問いかけていた。
「どうせ数日後には英霊祭があるからな」
「……あぁ」
言われて思い出す。積もる話とやらはその時で充分という事か。
「イリスは英霊祭、どうするんじゃ?」
「友達と屋台制覇しようって約束はしてる」
「…………そうか」
祖父の表情を見る限り呆れているようだが、それでも納得はしたようだ。即答したのがいけなかったのだろうか? 恐らくそういう問題ではないのは薄々理解している。
かくして祖父のかわりにと引き受けたお使いは、思いのほか色々あったがどうにか終了した。
英霊祭が終われば季節は本格的に夏を迎える事となる。
(……Wが何者なのかってのがわかんないままだけど、まぁそれはモニカたちが調べるって言ってたし……じいちゃんの周囲にそれっぽい人はいないみたいだし大丈夫……だよ、ね?)
ここでこうして考えていても答が出るわけもなく。ここから先自分に出来る事は特に無い。あとは騎士団の仕事だと割り切って、考えている間無意識のうちに止めていた足を動かした。




