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館を探索する話  作者: 猫宮蒼
一章 祖父の知り合いの館は思った以上にヤバい場所だったようです

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最後の部屋へ辿り着きました



 一つ、話をしようか。

 前方をひょこひょこと歩く老ボギーがそんな事を言い出した。

 うっかりすると蹴り飛ばしそうになるので距離を取りつつ後ろからついて行く二人からは、老ボギーの表情は窺えない。


 廊下には他のボギーやモンスターの姿も見えないが、そこかしこで息を殺してこちらを窺うような気配だけは感じられる。老ボギーがいる事で襲ってこないのか、それとも……



 彼曰く、自分が恐らくこの館で最も古い個体なのだそうだ。ロイの最期を看取ったとも言っていた。その後しばらくはこの館の魔導器も停止する事になったため、彼らはしばしの間あのケースにて眠っていたそうだ。

 あのケースにどうやって入っているのかと問いかけた所、老ボギーはほっほと笑うだけで答えてはくれなかった。答えられないのか、老ボギー本人にもよくわかっていないのか……その反応から判断するにしてもイリスにはわからなかった。


「起きた時にはそりゃもう館の中は酷い有様じゃったよ。一体どれ程の月日を眠っていたのかと驚いたものじゃて」

「まぁ、何ていうか人の住めるような環境にはなってなかったもんね……」

「壁や床に開いた一部の穴は塞がれておったが、一体どこの素人が手を出したものかと」

「悪かったな」

 素人である事は否定しないが、溜息混じりに言われカチンとくる。何だ、あの敷かれたマットやら木目調の壁紙は当て付けかそれじゃあ。


「イリスじゃったか、お前さんが来た時点でもっと早くに出ていけば良かったのかもしれんがのう。いかんせんあの赤いのが凶悪だったでな」

「ん? ちょっとまって、一体いつの話?」

「確か雨が降っておったの。お前さん入るなり雨水そこらに飛ばしておったろ」


 雨。赤いの。

 それはつまり、クリスと来た時でかつ使用人部屋のボギーたちが出てきた時の事だろう。確か入口で誰かいませんか的な事を叫んだ記憶がある。

「ロイの目的は半分叶ったが、創造主の目論見は外れた時点でもう先は見えとったよ」

「ロイの目的って……」

 イリスの祖父ジョージをここに招く事がロイの目的だというのなら、ちっとも叶っていないように思う。

「それにこの館の事を記した本も持っていかれた以上、潮時じゃろうて」

「……つまり覚悟を決めたと?」

「そう取ってもらって構わんよ」

 そんなやり取りをしているうちに書庫の前まで到着する。先を歩いていた老ボギーがドアを開けて入るかと思いきや、ドアの横の壁に手をかけてそっと引いた。

 小さなボギーが入れそうな隙間が開く。


「もしかして館の部屋ってどれもそういう感じでドアの横に仕掛けがあるの?」

「当然じゃろ」

「いや当然って……」


 不思議そうな顔(にはあまり見えないが)でイリスを見上げる老ボギーは、何を言っているんだとばかりに隙間からするりと室内へ入っていった。

 ……鍵のかかっていた部屋とかにこいつらどうやって入っていたんだという疑問がこんな所で解消されても、あまり嬉しくない。

 これならまだ何というか不思議な魔法っぽい力で、とか言われた方がマシだった。


 書庫に入ると既に老ボギーが目的のドアの前に立ってこちらを見ていた。


「……気をつけなされよ」

「……それは罠が仕掛けられているという事か」

 恐らくそうなのだろう。しかし老ボギーは何も答えない。

 レイヴンが鍵を開けてドアを開けた直後――


 ずどん!


「…………」

「…………」

 真上から巨大な刃物が垂直落下してきた。


「……これ仕掛けたのも……」

「わしじゃ」


 ギロチンまがいな罠を仕掛けた張本人があっさり頷いたのを見て、その顎髭引っこ抜いてやろうかとすら思う。見た目がほんのり老人のせいか、それをやるのは少々躊躇われたが。

 床に深くめり込んだ刃物を避けつつ中へと入る。


 室内は至って簡素なものだった。

 何も知らないまま足を踏み入れればここも使用人部屋か何かと勘違いするほどに殺風景な室内。使用人部屋と違うのは置かれていた机が重厚な作りをしている事くらいだろうか。

 その机の上には小さな箱が置かれていた。

 ぐるりと室内を見回してみるが、他にそれっぽい物はない。つまりこの箱が目的の物だろう。

 老ボギーの様子を見るに、もう他に罠はないと思いたいが念の為レイヴンが箱を開ける。

 そこには封蝋をされた手紙が一通だけ入っていた。


「……レイヴン、それ開けよう。多分じいちゃん宛なのは確実だけど、今までの事を踏まえるとそれが本当にじいちゃん宛かどうかって疑問もあるし」

「いいのか?」

「ふむ、そりゃまぁそうなるじゃろな。……ただ、中がどうであれそれがロイが残した物であるという事は確かじゃよ」

「でも、書斎で見つけたロイの手紙には、ばあちゃんに関係する物があるって話だったよ?」


 それが実は嘘でした、というオチである可能性も捨てきれないが。

「ほっほ、流石にそこまで嘘を通すような奴ではなかったから安心せい。そうじゃ、一ついいかの?」

 なるべく綺麗に封筒を開けようとしていたレイヴンの背をよじ登り、老ボギーは机の上に降り立つ。それから箱の下に敷いてあったレースを引っ張り出した。

「これも持っていってくれんかの」

「え、なんでまた」

「何、少々証を残したかった。それだけじゃよ」


 イリスに強引に押し付けて、老ボギーは笑う。意味がわからずレースに視線を落とす。……よく見ると何となく見覚えがあった。これは確か……ミシンが置いてあった部屋でボギーが作っていたやつではないだろうか。

 証、その言葉の意味する事に何となく思い当って老ボギーを見るも、相変わらず凶悪な面構えで笑っているだけだ。

 何かを言おうにも上手く言葉が出てこない。イリスの肩をレイヴンが叩き、開けられた封筒が差し出される。

 そこには手紙と――指輪が一つ、入っていた。

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