博識なのは凄いと思いますが、流石にこれは少し引きます
「……なぁ、こいつらさ、以前部屋で大量発生した時以上に数いるよな、確実に」
ドアのほぼ正面に立つクリスが、うんざりしつつもこちらへと問いかける。
「……えぇと、それはほら、繁殖が極端に早い種族とかなんじゃないかな。魚とか昆虫とか一度に沢山産むよね」
「こいつら豚っぽいし仮に一度に産んでも精々六匹前後くらいだと思いたいんだけどなあ!!」
一度に部屋の中に雪崩れ込むように入ってこないで少数で襲い掛かってくるため、クリスも広範囲に発動する魔術で一度に殲滅、という手段が使えずちまちまと各個撃破してくしかないようだ。
こちらの姿を見るなり逃げ出していたような小型の個体ならそれでも問題なかったかもしれないが、襲い掛かって来る個体はどれもが中型。厄介な事に盾を持っている個体に至っては下手をすればレイピアでの攻撃が防がれ使う術によっては持ち堪えられてしまう。その隙を突くように武器を手にした中型ボギーが「ギャッフー!」などと雄叫びを上げながら襲い掛かって来る始末。
「くっ……何でこいつら無駄に連携上手いんだよ……! 新米騎士に見習ってもらいたいくらいだ」
「クリス、こいつら見習えって言われる新米騎士の気持ちになってみようか。色んな意味で心が折れるよ」
ボギーはドアがあった場所から律儀に二~三体ずつ入ってくる。やってくる場所が一か所なのでクリスもまたその正面に立ち塞がる感じで応戦しているため、今の所イリスの方へとやってくる個体は幸いにもいない。むしろイリスの方へ来るという事は、その時点でクリスがやられているのだからそうなればこんな暢気に会話をしている余裕もないわけだが。
「イグニートジャベリン! ライトニング! ブリザード!」
「クリス、呪文詠唱とかしてないのにどうして術が発動してるの?」
「前回ここに来た時に適当詠唱で術が発動したからもしかしたらと思って試しに詠唱無しで発動させてみたらできたからさ。これには私も驚いたよ」
イリスの疑問に答える程度にはまだ余裕があるようだ。
しかしあまりにも長期戦になるようならば、いつまで持ち堪える事ができるか……
手にしたレイピアだけで切り抜けるのは少々不安だと思ったのか、比較的軽そうなダガーを持ったボギーを術で仕留めると、クリスはそれを奪いレイピアからダガーに持ち替えた。
一応この部屋にはロイが罠に仕掛けるために使ったであろう武器がいくつかある。
ボウガンあたりで援護するべきだろうかと思った直後、
「イリスは間違っても援護しようとかしないでくれよ!?」
まるで見ていたかのように的確なツッコミが入る。
一瞬ちらっとボウガンに目を向けたのと同時だったため、クリスはこちらを見る余裕があるのかと思った程だ。実際背後にいるイリスに目を向ける余裕までは無さそうなので、偶然タイミングが良すぎただけだろう。
「……そうだね、万が一クリスに攻撃当たったらシャレにならないもんね。わかった、応援だけしてる」
ボウガンくらいなら使い方を知っているが、知っているからといってマトモに命中できるかどうかは別の話だ。ただ、万が一クリスが捌き切れなかった個体がこちらに向かってきた時の事を考えて、バールをしっかりと両手で握り締める。
しかしまぁ、本当にこれだけの武具、一体どこに保管されていたというのだろうか。当然ながら武器だってそれなりの費用がかかる。護身用にナイフ一つ用意するならまだしも、これだけの武器を集めるとなると一体どれくらいの費用がかかる事か……言うまでもなく、Wの仕業なのだろう。
応戦しているクリスとボギーを眺めていると、時々変な形の武器を手にしているボギーに目がいくようになった。
……あれは本当に武器なんだろうか。Wの知り合いに武器職人見習いとかがいて、実はその失敗作を譲ってもらったとかじゃなかろうか。イリスにはそういう風にしか見えない。
「クゥアイルにサイティ、ジュルはまだわかるけど、デッキ・スパッドとかどうしてここに持ち込んだんだ、それ船上武器だろうが普通!」
イリスの目には失敗作にしか見えない物も、どうやらちゃんとした武器で名称があったらしい。騎士団ですら使っているのかどうかも疑わしい、というかほぼ確実に使っていないだろう武器だというのに随分と詳しいな。思わず妙な所で感心してしまった。
イリスの目にはヘンテコな棒にしか見えない物も棍棒の一種らしく、それらの攻撃を避け反撃しながらも、
「何でこんなに棍棒ばっかり種類豊富に取り揃えてるんだ、棍棒専門店とかあるのか!? Wの実家棍棒専門店とかなのかもしかして!? アムードとかコチアトとかジャ・ダグナとかパツゥとかマカーナとかいい加減にしろよ何だよ利き酒ならぬ利き棍棒なのか!?」
クリスが叫ぶ。同時に発動した術によって、ボギーたちに容赦なく電撃が炸裂した。
「……むしろ、何でそんなに詳しいのクリス」
そうイリスが突っ込んだのは、それから数分後、ようやくボギーたちが襲い掛かってこなくなってからの事だった。
クリスは肩で息をしているが、戦闘による消耗というよりはツッコミによる消耗。それでいいのか真紅騎士団団長。
「……前回室内で一掃されてるから、って事で今回はあくまで個別にやってきてこちらの消耗を狙ったのかもしれないけど、残念だったね。こんなの準備運動にもならないよ」
はんっ、と鼻で笑いながらも奪い取って使用していたダガーを床に捨てる。随分乱暴な使い方をしたため既に刃がボロボロだった。最初から最後までレイピアを使っていたら途中で折れていたかもしれない。見ていて途中でひやっとする瞬間が何度かあったが、無傷で勝利を収めているためその言葉は虚勢でもなんでもなく事実なのだろう。
けれどもイリスは言いたかった。無傷のみならず、返り血すら浴びていないとかちょっと人外すぎやしませんか、と。
「行こう、流石にこの部屋に長居する理由はないし……血の臭い充満してきて気持ち悪い」
「自分でその状況作っといて被害者みたいな事言わないでよ……うわ、ちょっとそこら辺足の踏み場ある?」
「……あぁ、どっちにしろドア破壊されてるし、ここから出てもしばらくは血の臭いしてそうだね。あぁやだやだ」
折り重なるように倒れ伏しているボギーを足で押しやって足の踏み場を確保するクリスとなるべく同じ所を通るようにして、イリスも部屋を出る。ほんのちょっとの距離が妙に神経使いすぎて、やけに遠く感じられた。
「……あのさ、クリス。ドアがあった部分を術で凍らせて蓋するようにしたらそんなに臭いしないんじゃないの?」
「おっと、そこまで頭回らなかった。どうやら案外今ので疲れていたらしい」
クリスが術でドアがあった場所を凍らせている間、廊下を駆け抜けていく小型のボギーが見えた。
……本当にこいつら、一体どれくらいいるというのか。
「よし、密閉完了。行こうか」
見ると分厚く頑丈そうな氷がドアがあった場所を覆っている。どれだけ厳重に凍らせたんだ。
イリスとしては呆れと感心が半々くらいではあるが、気持ちはわかるので突っ込むのはやめておいた。
残るドアは三つ。
今出てきたこの部屋の隣と向かい側。それから、ピアノが置かれていた部屋の隣。近くから試してみようという事で向かいの部屋、隣の部屋と鍵穴に鍵を差し込んでみたが、どうやら違ったようだ。
「となるとあっちの部屋か……」
そちらへと足を運ぶ途中、ぱたぱたと軽やかな足音を立てて廊下を駆け抜けていくボギーと階段を駆け下りて行くボギーが見えたが、一先ず放置しても問題ないだろう。
――鍵を開けて室内へ足を踏み入れると、どうやらこの部屋は書斎のようだ。しっかりとした造りの机と椅子の他は、壁際全てを埋め尽くすように本棚が置かれ、ぎっしりと本が並んでいる。机の上にも何冊か、やたらと分厚い本が積み上げられていた。
背表紙に本のタイトルが書かれているものもあれば、何も記されていないものもある。しかし共通して言えるのは、全てが辞典並みの厚さを持っているという事だろうか。
背表紙に書かれているタイトルを見るが、イリスには何の本なのかさっぱりわからなかった。とにかく難しい内容の本、という事だけは想像できる。
「何だか肩が凝りそうな部屋だね……」
「そうかい? 城にある図書室に比べれば可愛いものだよ」
「そりゃあ、お城なんでしょ? ここより広いだろうし本も沢山あるとは思うけど……」
クリスの目には特に何の異常も見受けられないのだろう。まぁ、騎士団とはいえ魔術の研究なんかもしてるって言ってたし、こういう雰囲気は割とよくある光景として認識しているからなのかもしれないが、イリスからするとこの部屋でのんびり読書しろと言われても到底落ち着いて本など読めそうにない。
本棚に並んでいる本は、特に整理して入れてるわけではないようだった。それ以前に、何冊か背表紙にタイトルが記されていない本がずらりと並んでいる部分もあるのだが、これでは何かあった時に探すだけでも時間がかかるだろう。
本棚を調べるとなると時間がかかりそうだが、ぎゅうぎゅうに押し込まれ一冊取り出すだけでも苦戦しそうな程に詰め込まれているところから、恐らくここに重要な何かは入れていないのだろう。扱いが雑すぎる。だからここに重要な物はない。そうだと思いたい。
「途中からはWも協力者という形でこの館に出入りしていたようだから何とも言えないけど……ロイがここの本を読んでいたと考えるよりは、Wがここを使用していたと考えた方が無難かもしれないね。
医学書だけならまだしも、アーレンハイド周辺で出没するモンスターの生態について調べた本に、魔術書。
今までのロイの日記からは彼がこういうのを好んで読むような人には思えないからなぁ……」
「医学書くらいなら確かにうちの父さんもよく読んでるからわからないでもないけど、魔術書は確かにないかも」
机の上に積まれた本を手に、適当にページを捲る。分厚いのみならず文字まで細かくびっしりと記されていて、数ページまともに読むだけで目が疲れそうだ。クリスは本を開いて最後のページまでばららっと一気に送っているので、読むというよりは先程のように間に何か挟まったりしていないか確認しているだけだろう。
「……手紙だ」
何冊か本をどかした時、下の方に白い――恐らく本の下敷きになっていたため日に焼ける事もなかったのだろう――真新しい封筒が見えた。それを手に取ってみる。
封筒に入ってはいるが封はされていない。渡すつもりがなかったのか、まだ完成していないのか……
だがここにあるという以上、Wかロイのどちらかが書いたものと考えるべきだろう。
「……えぇと、ここまでよく来てくれた。ジョージ……ってじいちゃん宛ての手紙!?」
中から取り出した紙に書かれていた文字はこの館に来てから何度か目にしたロイの文字だ。となるとこれがロイが祖父に宛てた渡したい物、なのだろうか……?
この先を読むべきか悩んだが、イリスは結局その先に目を向けた。
――ここまで来てくれたという事は、もう薄々ここが安全な場所じゃないという事は言わなくても理解できているはずだ。さて、君に渡したい物だが、この部屋には置いていない。あるのは隣の部屋だ。君が既に隣の部屋の鍵をみつけているならともかく、そうでないのならもうしばらく館の中を探し回る事になるだろう。
これ以上は危険だと思うなら、引き返したってかまわない。誰だって自分の命は惜しいのだから、ここで引き返したからといってジョージ、君を責める資格は自分には存在しない。
けれど一つ、恐らくは君にとってそれは大事な物のはずだ。心当たりはあるかい? 恐らく思い浮かばないだろう。
今引き返すならこれは性質の悪い悪戯で済ませる事もできるだろう。けれど、引き返しても構わないと言ったが出来る事なら引き返さず最後まで付き合ってほしい。その結果君自身、無事で済まないかもしれない。
けれど、君に渡したい物、それが彼女――マーサに関係する物だと言えば、きっと君は最後まで付き合ってくれる事だろう。
「マーサ……って、ばあちゃんの名前!? ばあちゃんに関係する物……って言われたら確かにじいちゃんなら……いや、でも、なぁ……」
ここに書かれた事が本当かどうかもわからない。けれども、祖父ならきっと引き返さないし引き返せない。
記されている事が真実ならば、目当ての物があるのは隣の部屋だ。
一瞬ピアノがあった部屋かと思ったが、よく部屋の中を見ると右側の壁にドアがあるのが見えた。どうやらこの部屋からしか行けないらしい。
そうして、イリスの手元に隣の部屋のドアを開ける事ができるであろう鍵は……無かった。




