初対面の時から薄々、とは思っていましたが納得しました
目の前できっぱりと告げた少女の表情は、特に迷っているわけでもないし、自分自身に言い聞かせるようなものでもなかった。既に充分決意が固まっている。
それは、死地に向かう同僚の目に似ていた。思わずヒュゥ、と口笛を吹きたくなったがクリスはあくまでも表面を取り繕う。
仮に。例えば。
ここでそれじゃああとは一人でどうにか頑張れ♪ などと突き放したら本当に一人で行動するのだろう。
正直言ってみたくもあるが、流石にそれは冗談の域を軽く超えてしまう。
「……クリス?」
「あぁ、何でもないよ。まぁ、確かにここで手を引くのも今更だね。それじゃあ残りのドアの鍵でも探す事にしようか」
考えていた事が顔に出ていたはずもないが、やはり不思議に思われたらしく名前を呼ばれた。適当に誤魔化す。相手は疑問に思う事もなく素直に頷いた。
「クリスってさ、一歩間違ってたら騎士じゃなくてWと同じ側にいたかもしれないタイプだよね」
「おや、そう思うかい?」
「うん。何ていうか、やっていい事と悪い事の区別はついてるけど、わかった上で実行したがるよね」
「それは……とても性質が悪いと思うんだけど」
「うん」
イリスが何を思ってそんな事を言ったのかは不明だが、面と向かって言われるとまでは思っていなかったために思わず苦笑が漏れた。そういうのはよく陰口でなら言われていたけれど、まさか真正面から言われるとは。
もしかしたらさっき考えていた事も見抜かれているような……そんな気さえしてしまう。
「ところでイリス、私がここで、それじゃああとは一人で頑張れ。私は一足先に帰る事にするよ、なんて言ったらどうする?」
「それはバール片手に大乱闘するしかないんじゃないかなぁ。で、無事に生きて帰る事ができたら真っ先にモニカに愚痴る。ついでにレイヴンに泣きついて、余裕があったらアレク様にいかにも先日楽しい事がありました、みたいな雰囲気で世間話する」
「……えぇと、うん、冗談だから。間違っても実行しないからイリスもそれはちょっと軽い気持ちで実践しないように」
見事なまでに人生が終了する予感しかしなかった。モニカをどうにか宥めてアレクも何とか言い包めても、自分の身辺を完璧なまでに潔白な状態にしてなかったら最悪レイヴンが適当な罪状引っ提げて始末しにくる。身辺まっさらとか流石にそれは無理だ。漆黒騎士団程ではないが、こちらもそれなりに後ろ暗い汚れ仕事がないとは言えない。
最小限の手間で最大限の威力を発揮する手段を迷う事なく言ってのけるイリスに、思わず戦慄した。
「まぁでも、やってみたいなーって思ったとして、本当にやったら駄目な事に関しては何だかんだでやらないよね、クリス。むしろやるとするなら今みたいな事言う前にさっさと置いて帰ってるよね。
どうせあれでしょ、魔が差したのは言うまでもないけど自分で思った以上に何かオオゴトになりそうだから自分で気の済むまで調査したいとか思った上でのさっきの発言なんでしょ? 騎士団に任せてみるとかどうとか含めて」
「え……?」
言われて考えてみる。
騎士団が動く理由は確かにある。けれど自分からわざわざそんな事を言うつもりは本当はなかったのだ。だからこそちょっとした悪戯心だと思っていたのだが。
未だ正体不明のWが住んでいた館。既にWという存在については痕跡もほぼ残ってはいないかもしれないが、まだロイの日記があるならそこから何かがわかるかもしれない。
自分が見ていない部屋にも、何か見落としがあるかもしれない。そういった場所を探してみるにしても、一人ならまだしもイリスがいると彼女を守らなければならなくなる。
……守るべき対象だというのは理解しているが、内心で足手まといだという考えもあったのは事実だ。
それならば彼女がこの一件から手を引けば――この館の事が明るみに出て騎士団が調査に来るとしても、恐らくは白銀か琥珀の担当になるだろう。しかし、それより先に自分一人で見て回るくらいの時間はあるかもしれない。
最悪彼女がこの場で亡くなれば……自分の気が済むまで調べる事だってできる。
そこまで考えて愕然とした。ちょっとした好奇心のために民間人一人を犠牲にしようとしていた? 気の迷いにしたってどうかしている。
それにここで彼女が死んだら、確かに気の済むまで調べる事はできるかもしれないが、その後彼女の友人である他の騎士団長がどういう行動に出るかは落ち着いて考えればわかる事。そこまで考えたのならば、ここで彼女が亡くなるというのはある意味で最悪の展開になる。
「私一人を置き去りにするっていうのはあれかな、この館の中を調べるにしても足手まといだからかな。確かに私戦えないから邪魔になるよね。でもさクリス、今そこから先をちょっとだけ考えて、はっ、自分は一体何を……!? みたいなところに行きついた感じ?」
「……もしかしてそこまで顔に出てるかな?」
「いや。さっぱりわかんないけど。出かける前に部屋の窓閉めたっけーみたいな事考えてたとか言われたら多分誰でも素直に信じるような顔してるよ」
それは一体どんな顔だ。
「何ていうか、クリスってさ、死んだうちのばあちゃんに似てるわ。性格がっていうか行動基準がっていうか、内面的なものが。だからある意味とってもわかりやすい」
ごっす。
何でさっきから心の中読んだような事言ってくるんだろうと思ったら、まさかの身内に似ている人物がいる発言。こう見えて洞察力が高いとかそういったものならまだしも、予想外な言葉に思わずクリスはずっこけていた。床に盛大に額をぶつける。ついでに鼻も打った。
「何かクリスと会った時ちょっとだけ初めて会った気がしないなーとか思ったんだけど、今すっごく納得した。クリスが女性だったらなぁ……じいちゃんに紹介したのに。きっといい茶飲み友達になれるよ。まぁ野郎で自分の伴侶の性格にそっくりとか逆にイラっとしそうだから紹介は無理そうだけどね」
「生憎こっちもじいさんと語らう趣味はないよ……!」
何だもう、一瞬自分の好奇心で亡き者にしようと考えた事とか流石に色々後悔したのに、今ので全部吹っ飛んだ。苛立ち紛れにだんっと拳を床に叩きつけ、とりあえず身を起こす。
「それで? 君はなんでそんな平然としてるんだい? 実行してないとはいえ、一瞬でも君をこの場で亡き者にしてしまおうかと考えた相手を目の前にしてるとはとても思えない落ち着きっぷりだけど」
「下手したらWと同じ側にいたかもしれない、とは言ったけど、だってクリス実際はこっち側にいるもの。Wの目的がどういうものかわからないから今のところは興味があるってだけで、実際どういうものか知ってからでしょ。
ちゃんと敵対するにしろ、寝返って向こう側に行くにしろ。更に言うと例えWがクリスにとって面白そうな事をしてるとしても、貴方がWの下につくとは思えない」
「……これがモニカなら真っ先に疑ってかかってるだろうに……それはイリスなりに私の事を信用してるって事でいいのかね?」
「うーん、まぁそこら辺はクリスの好きなように解釈すればいいんじゃない?」
そうだ、とも違う、ともどちらとも答えずにイリスはさらりと受け流す。信用していると言われたとしてもきっと素直にその言葉を受け取る事はできなかっただろうし、信用していないと言われたならばそれはそれで普段の事と受け止めてしまっていた事だろう。
そう考えるとイリスの返事はある意味最も正解のような気がしてきた。クリスはこれで自分の性格が面倒なものだという事を理解している。
しかし……自分に似た性格の祖母とか、それ相当イヤなばあさんだったんじゃ……と思わないでもない。イリスのじいさん女の趣味悪いんじゃねぇの? とは流石に口に出さない。
「ちょっとした気の迷いはもうこれまでにしておいて、そろそろサクサク行こうか。前に見たけど何もなかった部屋とかにボギーが鍵を持ち込んでる可能性もあるし、この日記にはもう特に手掛かりは……あれ?」
ぱらぱらとページを捲っていたが、日記の最後の方から何かが落ちる。ことりと音を立てて落ちたそれは、栞だった。紙を切ってそれを重ね合わせて厚みを出している、いかにも手作りといった感じの栞を拾い上げ、
「……ただ紙を合わせたにしては重たい音がしたね。……中に何か包んでる?」
何となく部屋の明かりがある方向に透かしてみる。中に何かが入っているのは間違いないが、透かした程度じゃわからなかった。
紙をそっと破く。中から出てきたのは鍵だった。
「……意外とあっさり見つかったね」
「残る鍵のかかったドアは三つ。さて、次の部屋では一体何がある事やら」
言いながらも部屋を出ようとした矢先、ドアが粉砕され中型のボギーが部屋の中へ突入してきた。
「棍棒とか一体何処から調達してきた!!」
「イリス、あれはモーニングスターっていう武器で……いや、まぁいいか。ファイアーボール」
トゲ付き鉄球を棍棒と表現するイリスに正式名称を教えている場合ではなかった。
踏み込んできたボギーは三体。それらをさくっと術で倒す。
「……どうやら、向こうは準備万端みたいだ」
「あれ、もしかしてこれって逃げられない状態?」
粉砕されたドアの向こう、廊下の方には何か大きな盾を構えたボギーたちと武器を構えたボギーたちがじりじりと距離を詰めてきていた。
完全に袋のネズミである。




