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館を探索する話  作者: 猫宮蒼
一章 祖父の知り合いの館は思った以上にヤバい場所だったようです

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捜査の方は手詰まりのようです



 王国歴1005年 春 某月某日 曇り



 雨が降りそう、というわけではないのだが、まだ昼前だというのに随分と薄暗い日の事。

 イリスは父にちょっと荷物を届けてきてほしいと頼まれ、そのお使いを終わらせて家に戻る途中だった。まだ昼にもならない時間帯だ。公園に誰かがいるかどうかを確認に行くにしても少々早い。公園付近のお店でも見て時間を潰そうか、そう思った矢先――


「おや? イリスさんじゃありませんか」


 聞き覚えのある声がした。


「ウィリアムさん。あれ? 今日はお仕事お休みですか?」

「いえ、これからですよ。イリスさんは?」

「私は今お使いを終わらせたところです」

 休みの日にも白衣を着たまま、という研究者は結構いるという話を聞いていたため、そしてウィリアムとこの時間にここで遭遇するのは初めてだったためてっきり休みなのかと思っていたが、どうやら違ったらしい。


「あぁ、そうだ。道具の点検をまたお願いしたいので近々お伺いしますとトーマスさんに伝えておいてもらえますか?」

「はい、確かに伝えておきますね」


 そこで会話が終わる。

 ウィリアムはイリスの父の仕事で知り合っただけだし、向こうも仕事で世話になっている相手の娘、程度の認識しかないのだから簡単な世間話ならともかく、年も離れているし共通の話題がイリスの父親くらいしかなければこれ以上話す事などないのは当然だった。少し掘り下げて最近身の回りで起きた出来事などの世間話をしようにも、イリスは『人喰いの館』での話になりそうだしウィリアムも研究内容に関わりそうなものくらいしか話題はないだろう。


 ……流石にお互いがお互いに話すべき内容ではない。

 何となく誤魔化すように愛想笑いを浮かべるイリスに、ウィリアムもまた知っている顔を見かけたので挨拶がてら声をかけた程度だったのだろう。イリスが先に、

「それじゃあ私はこれで」

 とその場を立ち去ろうとして、ウィリアムもまた、

「それじゃあ……っ!?」

 手でも軽く振ってお互い立ち去るつもりだったはずなのだが。


 途端、ウィリアムの表情が歪む。


「……どう、したんですか?」

「いえ……っ、大丈夫です。目にゴミが入っただけだと思うので」

 銀縁の眼鏡を外し、乱暴に目元を擦る。


「あぁ、ダメですよ擦っちゃ。ちょっと、屈んでもらえますか?」

 言われるままに屈み込んだウィリアムの目元を確認する。少し手遅れだったのか、やや赤くなっていた。


「あー、まつげ刺さってますね。すいません、そのまま……はい、とれましたよ。大丈夫ですか?」

「……すみません、お手数かけました」

 眼鏡を掛けなおしたウィリアムは、まだ違和感があるのか目を何度も瞬かせている。


「あれ? お前ら知り合いだったの?」

「ぅわ!?」

 おもむろに横からかけられた声に、イリスは反射的に身を引いていた。一体いつの間にこんな至近距離まで近づいていたというのか。不思議そうに二人を見ていたのはクリスだった。ウィリアムも気付かなかったのだろう。声こそ出さなかったが、僅かにびくりと身体が跳ねていた。


「クリス、一体何してんの?」

「あ? あぁ、公園内で人目も憚らずいちゃいちゃしてる奴がいるなー、何か見知った顔だなー、こりゃあ全力でからかうしかないなーと思って気配消して接近してみた」

「してないから、いちゃいちゃしようがないから」


 確かに傍から見たら紛らわしいかもしれないが、目に入ったゴミを取るだけでいちいちそんな目に遭う意味がわからない。これが本当に相手が恋人だったらそもそも全力で揶揄われていたのか。何という災難だそれは。


「……彼女は仕事で世話になっている方の娘さんですよ、クリス殿」

 落ち着きを取り戻したらしいウィリアムが淡々と告げる。

「ふーん、あぁ、そういやそうだっけ。珍しい組み合わせだと思ったけどそうでもなかったみたいだね」

「……それではこれで失礼させて頂きます。イリスさん、先程はご迷惑をおかけしました」

「いえ、ウィリアムさんも災難でしたね。気を付けて」


 目にゴミが入った事よりも、クリスの餌食になりかけた事の方が災難度合いが明らかに高いだろう。やや足早に立ち去るウィリアムのその行動は、恐らく間違ってはいない。


「で、クリスは何でここに? まだ昼前だけど」

「仕事終わったから気分転換に散歩してるだけ、って言っても信じないだろ」

「あぁ……うん、そうだね、正直ちょっと……何企んでるんだろうっていう気になるね」

「ははは、そうだろうそうだろう。まぁ今更だから別にどう思われようがどうでもいいけどな」


「ところで、クリスはウィリアムさんの事知ってるの?」

「そりゃあな。研究所で何度か顔合わせた事もあるし」

「あぁ……そういや真紅騎士団も魔術に関連する研究やったりしてるって言ってたね」

 こうして考えてみると自分の知り合いほぼ城の方に関わりがある人達じゃなかろうか。


「それで、今日はどうするんだい? 館に行くなら私が行くよ。というか、私しか行ける人がいないけど」

「え、そうなの?」

「あぁ、アレクはフラッド殿に呼ばれたから恐らく今日は半日消えたも同然だろうし、モニカは琥珀騎士団の訓練の手伝いだろ、レイヴンはそういやここ数日姿を見かけてないから任務なんじゃないか?」

 指折り数えて言うクリスだったが、レイヴンの扱いが若干酷くはないだろうか。流石に他の騎士団の事まで何もかも把握できるはずがないのはわかるけれども。



 クリスがついてきてくれるというのであれば、行くべきなのだろう。普段よりもやや早い時間だが、クリスの方も特に用事があるわけではないようだったので、館へと出発する事にした。



「――ところで、前はアレクと一緒に行ったんだったね。すまないがその時の事を詳しく聞かせてくれないか?」

 道中、クリスにしては珍しくやや困ったような表情で言ってくる。

「あれ? 館に行ったら情報お互い交換しあってるんじゃなかった?」

 クリスと前回館へ行った帰り、確かそんな事を言っていたはずだが。今回アレクとは話す機会がなかったのだろうか?

「あー、いや、話聞いたんだけどさ。イリスが一心不乱にお菓子食べてる姿が小動物みたいで可愛かった、という部分しか理解できなかったんだ」

「どういう事なの」


 思わず真顔になって聞き返す。それは館へ行く前の話じゃなかろうか。スタート地点にすら立っていない気がするのは決して気のせいではないだろう。

 正直一部思い出したくない部分もあったが、そこら辺は何とか言葉を濁しつつ説明する。

「ふむ、日記にあった内容はアレクと一致しているね。良かった、そこら辺はちゃんと説明してくれたようで」

「アレク様って説明下手なんですか……?」

「そんな事はないよ。今回はちょっと若さゆえの暴走とかそんな感じでこっちが要領得なかっただけで」

「はぁ……」

 そこは深く聞いたとしても恐らく理解できないだろう。そう判断してイリスはそれ以上聞くのを止めた。


「そうそう、あれからWについて調べてみようと思ったんだけどね。Wが何かの研究をしている、という点から過去数年の研究員名簿を引っ張り出してみたんだ」

 クリスの口調はどこまでも軽い。まるで今日の夕飯について語るかのようにさらりとしているので、イリスは危うく聞き流すところだった。


「ところが過去数年どころか数十年遡っても、Wから始まる名前の人物は存在しなかった。該当するのはただ一人、ウィリアム・ローグ・ヴァレンタイン。残念ながらいきなり手詰まりだよ」

「城で働いてる研究員っていうわけじゃなくて、個人で活動してる人、って事ですか? 確かにそうなると……王都に住んでる人でWから始まる名前の人片っ端から調べた方が早いかもしれない、って気になってきますね。

 ……王都の人口考えたら気が遠くなる話だけど」


「名前の一部を使ってくれているならまだ絞りようがあったかもしれない。けれど現時点では偽名とか、たまたま思いついた適当な単語から頭文字をとっただけ、という線が濃厚だからね。Wという人物が誰なのか、っていう部分に辿り着くのは難しいかもしれないな。城勤めじゃない研究者、っていうと結構簡単に見つかるんじゃないかとも思ったけど……恐らくあまり公言はしていないだろうし。流石にモンスターまで創るような研究、大々的に言えたものじゃないからきっと限られた相手にしか研究者だとは言っていないと思うんだ」


 確かにそんな研究、誰彼構わず喋っていたらあっという間に噂になっている事だろう。

 Wは恐らく、本当に近しい一部の人間にしか話していない――そして、知ったが最後口外できないように仕向けているような気がしてならない。

 あの日記からWが何かの研究をしているという事を知っているのは、ロイが王都に来てから出来た友人とロイの二人だ。しかしその友人とやらは亡くなっているし、ロイもまたモンスターと共に暮らすという事になってしまっては、周囲に漏らす事もできないだろう。そうして誰にも言えないまま彼自身、亡くなっている。



「まぁ、今回の探索で何か有益な情報があればいいんだけどね。さぁイリス、鍵を開けてくれないか」

「……思えばこの館に来るのに楽しそうにしてる人って、クリスくらいだよね」

 話しながら進んでいるうちに館へと到着する。扉の前で早くと急かすクリスに溜息一つつきながらも鍵を開け――


 クリスが扉を開け放った直後、中型サイズのボギーが襲い掛かってきた。

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