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館を探索する話  作者: 猫宮蒼
一章 祖父の知り合いの館は思った以上にヤバい場所だったようです

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進展はしてるはずですが、振出しに戻った感があります



 今日に限って、というべきなのだろうか。

 これがモニカやレイヴンやクリスあたりならさらっと、

「トイレ行きたい」

 と言えていた事だろう。

 この気まずさは過去何度か体験した事があるような気がする。


 例えば父親にくっついて仕事の手伝いに行った先で。

 堅苦しい話をしている横でちょっとトイレに行きたくなって、トイレ借りたいんだけど中々言い出せない時とか。

 例えばじいちゃんの家に行ったら丁度ご近所さんが遊びに来てて、流れで話の席に巻き込まれて帰りたいんだけど中々言い出せない時とか。

 気心が知れた仲じゃない相手の話の腰を折る、あの時の気まずさに近いものがあった。

 モニカとレイヴンはさておきクリスは気心が知れた仲というわけでもないが、あの人に遠慮は無用だろう。


「一階と二階にそういえばありましたね。それじゃあ行きましょうか」


 何事も無かったかのように接するその気遣いが妙に心に痛いです……いや、どういう反応されてもそれはそれで複雑な心境である事に変わりはないんだろうけれど。

 家に帰るまで我慢するという選択肢もあるにはあったが、家に着くまでが色んな意味でギリギリの闘いになってしまう。というか、我慢するならもう今すぐ家に帰るという選択をしないと間に合いそうもない。鍵か何かの情報を得た後なら帰ると言い出したとしても問題はないかもしれないが、今そんな事を言ったら明らかに不審がられる。私なら「何の進展もないのに何を言ってるんだこいつは」とか普通に思う。


 どちらにしても恥を忍んでこうするしかなかったのだろう。あぁもう、ホント泣きたい。むしろ今すぐこの場から立ち去りたい。全力疾走してしまいたい。


 そんな風に居た堪れなさたっぷりなイリスの心情にアレクが気付く事もなく。

 普通に先導してやってきたのは一階のトイレだった。


 二階のトイレの向かい側にある浴室には前回モンスターが当たり前のようにいたので、何となく落ち着かない気がしていたイリスは一階のトイレにやってくるとほっと安堵の息を吐いた。



「問題はなさそうでしたね。それでは僕はここで待ってます」

「何か、色々とすいません……」


 念の為アレクがトイレの中を確認して。特にモンスターが潜んでいたり危険な罠があったりという事はなかったようなので、とても気まずい思いをしながらもトイレの中へと足を踏み入れる。

 以前ここに来たのはアレクと来た時、掃除もされていない荒れ果てた挙句マトモに使えるかどうかもわからない状態だったが、今ではあの時見たのは幻ですと言われたら信じてしまいそうな程見違えていた。


 かつてここを見た時は水も流れていなかったのに、今はすっかり普通の一般家庭と同じように使えるようだ。……ボギー、モンスターながら家政婦としての能力はとても高いようである。家政婦? いや、家政夫? まぁどちらでもいいだろう。

 人に害を与えない友好的な種族であるなら共存も可能だろうに。あいつら平気でえげつない行為やらかすからなぁ。というか、Wがそういう風に創ったとして、どうしてもうちょっとこう……万人受けを狙わなかったのか。


 用を済ませて手を洗い、トイレから出ようとしてドアノブに手をかけたその時だった。


「イリス、聞こえてますか!? こちらがいいというまで出てきてはいけませんよ!!」

 鋭いアレクの声。何かあったのは明白だった。


「……何かあったんですか?」

「早めに終わらせます。ですからしばらくその場にいて下さい」


 そうして聞こえてくるのは、剣戟の音。明らかに交戦中である。

 ……トイレに入ってから時間はそう経過していない。そのわずかな時間で一体何があったというのか。

 アレクの剣と何かがぶつかる音。ギィンと甲高い音が時折聞こえてくる事から、ボギーではないのだろう。それ以前にボギーが相手なら一瞬で終わっている。


「ブリザード!」

 ごぁぁぁあああ。


 アレクの発動させた術をマトモに喰らったのだろうか。何かの低い鳴き声が響いた。

 ちょっとだけドアを開けてその隙間から様子を窺うべきだろうか……?


「ライトニング!!」

 ぐぁっふ。


 ……今の鳴き声はダメージを受けたのかどうなのかよくわからなかった。

 ただ、アレクの足音とは違う重々しい音からして、大型のなにかがいるというのはイリスにも何となく把握できた。

 下手にドアをちょっとでも開けてこちらに注意が向くのは得策ではないだろう。ここはこれ以上の逃げ場がない。こちらに向かって万一突進でもされようものなら……考えるまでもなくぺしゃんこだ。


「エクスプロージョン!」

 がふっ。


 ……えぇと……アレク様は一体何と戦っているというんだ……?

 最初に聞こえてきた鳴き声はともかく、その後の鳴き声は本当に鳴き声なのか? と疑問に思えるようなものすぎて、緊迫感がどうにも欠けてしまう。


「……イリス、もう大丈夫ですよ」

「え、さっきのがふっ、はもしかして断末魔とかだったの?」

 なんて緊迫感の無い。

 まぁ、耳をつんざくような絶叫を上げられても困るのだが。


 ドアを開けてトイレから出ると、少し離れた位置にアレクが立っているのが見えた。

 それから、シャンデリアの下あたりにやたらと大きな……岩? いや、どうやら生物ではあるようだがこれは……


「亀……?」


 甲羅が一瞬岩に見えたが、それはどうやら亀のようだった。色が黒っぽいから岩に見間違えたのだろう。

「……何か、こんがりしてますね」

「普通に戦っても長引くだけだと思い、内側から焼きました」

 さらっと言っているがそれ結構えぐくないですか……? とはあえて口にせず思うだけにしておく。


「一体何があったんですか?」

「そこから出てきました」


 そこ、とアレクが指し示したのはトイレの向かい側にある応接室だった。


「……ちょっと中見てきましょうか。以前来た時は何もなかったけど、あちこち修理されたり掃除されたりしてるし、もしかしたら何か前には無かったものが見つかるかもしれない」

「えぇ、他にもいるようなら退治しておくべきですからね。確認だけはしておきましょう」


 抜き身のままの剣を手に、アレクが応接室のドアを開けた。



 応接室の中もまた、以前見た時とは打って変わって別の場所のようだった。

 埃まみれで置かれていた家具もぼろぼろ、かつて人が住んでいた形跡こそあれど今はただの廃墟ですと言われれば誰もが納得するような室内は、何という事でしょう、恐らくはボギーの手によって廃墟の面影は欠片もなく応接室が応接室として機能しているではありませんか。

 イリスが脳内でそんなナレーションを流しながらもアレクの後に続いて入る。


 本当に同じ部屋だったのだろうか、部屋ごと新しいのと交換しましたと言われたら誰もが素直に信じてしまいそうな程だ。あの状態をここまでに仕上げろ、と言われたらイリスならば恐らく一月以上かかる。埃積もって家具だって変色してたはずなのに、微塵もそんな風には感じられない。


「……死んでるね」

「先程の奴にやられたのでしょうか」


 悪人面の男がバスローブを纏い毛の長い猫を抱え、ついでにワイングラス片手に葉巻咥えているのがしっくりくるような椅子の上に、ぴくりとも動かないボギーがいた。すぐ近くに例の割れたケースがある事から、あの亀のようなモンスターはこのボギーによって出されたのだろう。

 しかし何故こいつが死んでいるのか。


「どうやらこの部屋に他にモンスターと呼べるようなのはいないようですね」

 言いながら剣を鞘におさめる。うじゃうじゃ来られるのも問題だが、いると思ったところにいないのも何だか拍子抜けしてしまう。


「死んでいるといえば……この館に入った時に襲い掛かってきたボギーのうち、三階へ向かう途中で退治したやつらの死体が消えてましたね。あれもこいつらが片付けてるんでしょうか……?」

「多分そうなんじゃないですか?」

 退治した死骸がごろごろそこらに転がってるよりはマシだろうと思い、イリスは特に気にも留めていなかったが、アレクは何かが引っかかっているようだ。

 しかしここで考えても答が出ないと踏んだのだろう。そのまま何かありそうな場所を探し始める。


 イリスも何かないだろうかと周囲を見回して。



 本棚の中に見覚えのあるノートを発見した。

 以前来た時、確かに棚の中には何冊かの本があったがあのノートは無かったはずだ。

 ……ボギーがあちこちに運んでいるのだろうか。……何のために?

 考えた所で答えはでない。現時点で気になるような物はないため、イリスは棚からそのノートを引っ張り出した。

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