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館を探索する話  作者: 猫宮蒼
一章 祖父の知り合いの館は思った以上にヤバい場所だったようです

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新たな一面を垣間見せられても困ります



 ぐるり、視線を巡らせる。

 壁にも天井にもある穴からは、矢の先端がかすかに覗いている。一度矢が発射されたらそれでおしまい、という甘い罠ではないようだ。一気に駆け抜けるにしても無傷で通り過ぎる事は難しいだろう。

 強盗対策とかそんなんにしても、ちょっと物騒すぎやしないか。この罠。どっちだ、仕掛けたの。ロイか、Wなのか。いや、それよりもこんな物騒な所にじいちゃん招こうとしてたのか、ロイ・クラッズ。

 本当に二人は友人だったのだろうかと疑問に思い始める。ちょっとしたお茶目の範囲を勢いよく突き抜けてるぞ、これ。


「……仕方ありませんね。イリス、失礼しますよ」

「え……? うわっ!?」


 さてこの状況どうしたものかなー、なるべく無事に部屋を出たいのは言うまでもないけど方法が全く浮かばないぞー、などと無い知恵捻って絞り出そうとしていたら、それより先にアレクが行動に移っていた。

 一体何事かを問う前に、アレクはイリスを抱え上げていた。お姫様抱っこじゃないにしても、これはこれでこっ恥ずかしいものがある。こういう状態が許されるのは、小さな子供を抱きかかえてるお父さんとか、あとは見てるこっちが目のやり場に困るようなイチャイチャしてる恋人共くらいだと思うのだが。

 反射的に暴れてしまいそうになったが、がっしりしっかり固定されてしまい思うように動けない。何だ新手の嫌がらせか、いっそ殺せ――そう叫びだしたくなる。


「少しの間我慢して下さいね。あと、しっかり掴まっていて下さい」

 言うだけ言って、いつぞや聞いたような言葉を紡ぎだす。これは……呪文詠唱だろうか。

 細かい部分は聞き取れなかったが、恐らく以前も耳にした詠唱だ。これは――確か二階廊下で埃やら窓ガラスやらを吹き飛ばしたあの――


「トルネード!」


 魔術の発動と同時に、アレクは駆け出していた。



「予想通り上手くいきましたね」

「せめて事前に言って下さい。危うく死ぬかと思いました……」

 無事掃除用具室からの脱出を果たし、ついでにアレクの拘束から脱したイリスはがくりと床に膝をついて項垂れていた。あぁ、床が恋しい。地に足がつくって素晴らしい。


 危うく恥ずかしさで憤死する所だった。死亡理由が恥ずか死とか笑い話にされるにしても酷すぎる。こちらがこんなに居た堪れない思いをしているというのに、その原因を作った相手はにこやかに微笑んでるし。いや、この人いなかったら確実に私ここで死んでたかもしれないんだけれども。感謝するべきなんだろうけど、どうしてだろう。素直にありがとうと言う気になれない。



 前回埃やら窓ガラスやらを吹き飛ばした術は、今回アレクを中心に発動していた。そうして同時に移動して矢の洗礼を受ける所を、風で軌道を逸らしまたは弾き飛ばし――ついでにドアをも吹き飛ばして廊下へと戻ってきたというわけだ。

 元々掃除用具室そのものがそれ程広くなかった事もあって、駆け抜ける距離が短かったのも助かった要因なのだろう。もしもっと長い通路で同じ状況になっていたとしたら、術の効果が切れるかアレクの走る速度が低下するかして大怪我をしていたかもしれない。


「く……あのボギーめ、今度会ったら問答無用で殴る。バールの威力を思い知らせてやる……!!」

 思えばあいつのせいで今回こんな目に遭ったようなものだ。あいつら一見非力そうに見せかけて地味にやる事えげつないよな……今更だけど。

 いつまでもこの場で項垂れているわけにもいかない。すっと立ち上がり、こちらにやたらと微笑ましい眼差しを向けていたアレクに、

「次……行きましょうか」

 疲れ果てながらもそう告げた。



 近い部屋から順に鍵を試して今までは順番に開いていたのだが。

 その流れでいくなら次はピアノが置いてあった部屋の隣だろうと思ったのに予想は外れ、結局鍵が開いたのはそこから離れた部屋だった。

 二階は客室として六あった部屋だが、三階は見た所四部屋しかないようだ。

 そのうち、右側奥――二階の客室でいうところのボウガンが仕掛けられていた側だ――の鍵だったらしく、ドアが開く。


 ボギーを見つけたらあの個体じゃなくてもぶん殴る、と何とも物騒な思考に支配されつつあったイリスだが、部屋に入るなりその考えが遠のいていく。

 確かにボギーはいた。いたのだが……


「……何、してるの……?」

 向こうが仮にこちらの言葉を理解していても、こちらは向こうの言葉などわからない。にも関わらずイリスは思わず問いかけていた。

 その部屋は見る限り普通の部屋だった。普通にベッドや机、クローゼットが置かれ、更には本棚もある。

 二階の客室と似た感じではあったが、こちらは特に壁と壁の間に何かを仕込んだりはしていないのだろう。普通に窓もあったしあの妙な圧迫感も存在しない。


 使用人部屋、というよりはここに普通に暮らす誰かの部屋のように思えた。客室に近い感じもしたが、ここはそれ以上に生活感らしきものが存在していた。

 ロイはここに一人で住んでいたようだから違うにしても、だとするとWの家族だろうか。……Wという人物がここに家族と住んでいたかどうかはわからないが。


 この部屋に入り込んでいたボギーは、ベッドの上に腰掛けて何やらせっせと作業をしているところだった。

 どうでもいいけど何でこいつ、割烹着なんて着てるんだ……今まで出てきたお前ら散々全裸だったじゃないか。何故今ここで服を着た。何となく理不尽な事を思いつつも、アレクと一緒にそろりとボギーが何をしているのか確認してみる。


 鈎針使って、レース編んでた。


「無駄に器用だなおい!!」

 思いのほか超大作すぎて、反射的に突っ込む。よく見るとこの部屋に置かれている机の上にはミシンまである。……ここにいた誰かは、裁縫が趣味だったのかそれともそれを仕事として生活していたのか……いやまさかこいつらのための部屋というわけでは……力作なレースを見たあとだと否定できない。

「ギッ!!」

 うるさいと言わんばかりに睨み付けられる。元々顔が凶悪なので大した変化はないが。

 そうしてごそごそと何かをベッドの中から取り出して――


 パリン。


 それは、使用人部屋で見たボギーたちが入っていたケースだった。ピアノのあった部屋でもボギーが持ち出した物と形状は全く同じだ。床の上に割れた部分から液体が広がる。

「イリス、下がって」

「ぅあ、はい」

 言われるままに壁際へと身を寄せる。ボギーの方はというと、ほぼ完成していたのだろうレースを手に小走りで部屋を出ていった。あのレース、一体どこに使うんだ。


「……一体どういう仕組みなんでしょうか」

 剣を抜いたアレクの声は、どこか戸惑っていた。ボギーが走り去る様を見ていたイリスがそちらへ視線を向けると、

「……ちょ、えぇー」

 やたらとでっかいトカゲがそこにいた。

 明らかにケースの大きさと違いすぎて、一体どうやって入っていたのか激しく疑問だ。

 これも何か魔術とかそんなイリスには理解できない技術を使っているのだろうか。アレクも疑問に思っているようだし、仮に説明されても自分には理解できない気がひしひしとする。



 ――ちなみに出てきたトカゲは、大きさの割に弱かったらしくあっさりとアレクに仕留められた。

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