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館を探索する話  作者: 猫宮蒼
一章 祖父の知り合いの館は思った以上にヤバい場所だったようです
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中身はただの廃墟



 ぎぎぃと軋んだ音を立て、館の扉が開く。

 思いのほかあっさりと鍵は鍵穴に刺さり、回った。ただ、扉が開く音だけが耳障りではあったが。


 足を踏み入れた時点では、何の変化もないように見えた。昨日下見に来た時と比べて劇的に何かが変わったようには見えない。


 するりと館の中へ入り、扉を閉めると鍵をかける。特に問題はないと思うけれど、他の場所を見ている時にうっかり肝試しにやってきました! なんて誰かが来ないとも限らない。そうなってしまうと後々面倒な事になりそうだったので、あくまでも念の為だ。

 施錠をする事に対してアレクは何も言わなかった。むしろ推奨していたようにも見える。

 彼もまた足を踏み入れた館で不法侵入者を捕まえる、なんていう展開はごめんなのだろう。


 日当たりの悪い場所に建てられたからか、一応まだ昼と言って差し支えない時刻だというのに館の中は薄暗い。イリスが用意しておいたランタンに火をつけようとするものの、中々上手く火がつかない。

 見かねたアレクが威力を抑えた火炎魔術を発動させる。

 ぼっ、と音を立ててランタンに火が灯った。

「おぉー……」

 目を丸くして感心するような声を出すイリスに、アレクは不思議そうに首を傾げた。

「……イリスは魔術が使えないのですか?」

「あ、はい。素質一切ないみたいでさっぱり」


 魔術が使えない人間は一定数存在している。だからこそ別に卑屈になる事もない。とはいえ、騎士団に身を置く者の大半は魔術が使えるので、一切使えないというイリスはアレクの目には珍しく映ったのだろう。

 成程、と小さく呟いたアレクはそっとイリスにランタンを手渡した。


 イリスがランタンを掲げると、光に照らされかすかに埃が舞っているのが見えた。そこはかとなく幻想的な光景に見えなくもないが、埃は埃。思わずイリスはうっ、と小さく呻く。


「……あ」

 そのまま周囲を見回して、右側へ首を向けた時だった。思わず上がったイリスの声につられるように、アレクもそちらへと視線を向ける。

「昨日はまだぶら下がってたんだけどなぁ……」

 床一面に散らばっているそれらを見て、あぁシャンデリアか――と一拍遅れてアレクが気付いた時にはイリスはそちらに歩を進めていた。


 イリスの言葉を信じるならば、昨日彼女が下見に来たという時にはまだそれは天井にあったのだろう。しかし今は無残に落下し、破片が周囲に飛び散って酷い有様だった。

 もし、昨日イリスが一人で来た時に、この下を通りかかった時に落下していたならば……まず間違いなくイリスは無事では済まなかっただろう。


 有り得たかもしれない未来にアレクの眉間に皺が寄った。


「なるほど、確かに随分老朽化が進んでいるようですね」

「でしょう。そこの階段手前の床も穴が開いてるし、上はそこ塞いでからじゃないと危ないかなって。何もないとは思うけど、二階から急いで帰る時に穴に落ちた、なんて事は避けたいし」


「昨日見に来たという時に塞ごうとはしなかったのですか?」

「昨日はそっちの壁にあった穴塞いだら結構時間かかっちゃって。板も持ってこないといけなかったしで、諦めました」

 イリスがそっち、と指した壁を見ると確かにそこには板で頑丈に塞がれた跡があった。シャンデリアがあるギリギリの範囲である。


「……こう言っちゃなんですが、その作業している時にシャンデリアが落下しなくて良かったですね」

「そうですよねー。むしろそこから侵入した直後に落下、なんて悲劇に見舞われる人がいたかもしれない、って考えると怖いですよねぇ」


 いたかもしれない被害者よりも、まず間違いなく犠牲になる可能性が高かったのはイリスなのだが、本人はそれを意識していないのか他人事のようだ。

 ふ、とシャンデリアから視線を外し、イリスは反対側へと進む。


「こっち側に昨日のうちにある程度板とか工具運び込んでおいたんですよー……とはいえ、板の数足りるかな……?」

 色々と運び込んだというのであれば、それがどれくらいかはともかく確かに穴を塞いだだけでも結構な大仕事である。床の穴を塞ぐ時間があったとしても、イリス一人では体力が続かなかったのだろう。

 最後の方はアレクに言うつもりもないただの独り言だったのかもしれないが、アレクの見立てではまず間違いなくイリスが運び込んだ道具だけでは確実に足りないだろう、とは言わずにおく。


「とりあえず出来る範囲で修理して、足りなくなったらまた持ってくるしかないかぁ……」

「とても今日明日で終わりそうなお使いではありませんね」

「んー、じいちゃんは急がなくてもいいとは言ってましたけど……ホントどれくらいかかるんだろ」



 イリスが資材を運び込んでおいたといった場所は、一応物置と呼んで差し支えないような部屋だった。

 入ってきたドアとは別のドアがあり、そちらを開けるとどうもそこは厨房だったらしく、ここはどうやら本来ならば食料を保管しておく部屋だったのだろう。とはいえ、今となっては見る影もないが。

 鍵のついた工具箱をイリスが持ち、板は纏めてアレクが持つ事となった。

 そうしてまずは階段前の穴を塞いでおこうという事になり、今来た道を引き返していく。


 穴を板で塞ぐ際、アレクは自らやると申し出たものの、

「あの、すごく失礼な事聞きますけど、アレク様こういうのやった事あるんですか……?」

 真顔で問いかけるイリスにあっさりと却下されてしまった。


 彼もまたモニカ同様貴族の出だ。騎士としては遠征などに出た際にある程度のサバイバル技術やら知識は身についたものの、言われてみればこの手の作業はやった事がない。イリスの方もそれを薄々感じ取っていたのだろう。


「……お役に立てず申し訳ない」

「そんな事ないですよ、私一人じゃ持ちきれないくらい板沢山持ってもらってますから、大助かりです。私一人だったらきっと何往復もしないといけないくらいですから、本当に助かってますよ」


 言いながら板を打ち付けていく。金槌を振り下ろす手は慣れたものだ。それこそあっという間に塞がれていく穴のあった場所を、アレクは目を丸くして見ていた。


「二階行く前に先に一階全体を見て来てもいいですか?」

「そうですね。そうするべきでしょう」


 イリスの祖父の友人が渡したい物、というのが何かわからない。そしてどの部屋にあるのかもわからない以上、どのみち全ての部屋を見て回らないといけないのは確かである。イリス自身、昨日下見に来たとはいえ、ほぼ壁の穴を塞ぐだけで終わってしまったのだ。

 他の部屋を全て見る余裕はなかった。もし他にも壁に穴が開いている、なんて部屋があれば侵入者対策としてそこも塞いでおかなければならない。どちらにしてもまずは一階を見て回るのは、当然の流れと言えた。


 二人が訪れたこの館は、外から見る限り三階建てのようだった。屋根裏部屋のようなものがありそうな構造でもなさそうなので、恐らくは外観通りだろう。

 この館を建てたのがイリスの祖父の友人なのか、それともどこぞの貴族が別荘として建てたものを買い取ったのかまではわからないが、老朽化が進む前ならばこの館、見て回るだけならそう時間はかからなかっただろう。


「……こっちは食堂かー」

 先程の物置と繋がっていた厨房、そこから更に続いていた部屋へ足を踏み入れたイリスが言う通り、そこは食堂だった。もっとも、長テーブルの脚は欠け、そこらに転がっている椅子もほとんどが壊れているため使い物にならないものばかりだが。


「この部屋には何もなさそうですね」

「それじゃあ次は反対側ですねー」


 食堂の床にも大穴が開いていたが、ここは放置で問題ないだろう。


 シャンデリアが落ちていた側にあった部屋を確認してみると、どうやらこちらは応接室のようだった。

 壁際にあった棚には何冊か本が入っていたが、背表紙をざっと見る限り特に重要そうなものはない。イリスの祖父に宛てた物がこれという事はないだろう。流石に。

 応接室の近くに小部屋があったが、そこはどうやらトイレ……だったのだろう。

 男女別になってはいたが、暗いしじめじめしているしどのみち現在この館は人が住む場所として機能してはいない。単純に使えない部屋、という認識しかできなかった。


「……随分シンプルな造りですね」

 一階にあったのは、これだけだった。確かに老朽化は酷いものの、壁などに穴が開いていなかっただけマシと言えるだろう。そこかしこに人が通れるくらいの穴があったなら、それらを埋めるだけであっという間に日没を迎えていたはずだ。


 正直な所『帰らずの館』『人喰いの館』なとどいう呼ばれ方を候補であるがされているものの、アレクとイリスが見た限りでは少なくとも一階部分に不審な点は何もなかった。本当に、ただの老朽化した建物である。

 これが白骨死体でもあれば話はまた違ったのかもしれないが、食堂に精々ネズミらしき死骸が転がっていた程度だ。噂は所詮噂だったのだろう。


 そんな風にお互いが自分の中で結論をつけたのだろう。小さく頷き合って、二階へと向かう事にした。

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